white breast

 誰かと心を通わせることに、最近主は必死になっているように見える。
 
 筧・次郎という魔人は元から社交的であったし、それが「ああいう生き物」が生きていくための唯一の手段であることも鳩は了解している。しているはずだ。鳩の目は冷静なはずだ。
 
 湯船に口元までつけて、戯れに泡を立ててみる。
 
 鳩と知り合った頃から、あの方は笑顔を絶やさなかった。誰もその懐には入れなかった。手に抱くことはあっても、胸の内を覗かせたことはない。主の全ての行動を知っている、わけではないけれど。
 もしかしたら、鳩の知らないところで主は見知らぬ誰かにも心を開いているのかもしれない。
「自分は人殺しが大好きでこれからも止める気はないんですけど、付き合っていただけますか?」
 
 鳩は、主の全てを知っているわけではない。
 
 湯が温くなってきた。赤いシールの蛇口をひねる。
 
 ぶくりともう一泡。
 そうだ。鳩はあの方の全てなんて知っちゃあ居ない。ただ鳩はあの方の懐を見たことがあるだけ。あの方が鳩にしかその懐を見せないと、勝手に思い込んでいるだけだ。
 
 我が父母は、結婚観がほかの種族とは、いや、同じレプリカントの中でも少し異質だった。
 結婚とは、生涯の伴侶を求めるあり方であって、恋愛感情とは別のもの。子をなし、互いに支え合って生き続けるという苦行は、恋愛感情などという一時の興奮で決めていいものではない。
 たしか、父の結婚観だった気がする。それを母に打ち明けて、母はそれに賛同して。そして鳩は生まれた。
 
 鳩もそれは正しいと思う。
 というより、この話は鳩が幼い頃から何かの折があるごとに聞かされてきたことだから、刷り込みにも近い。
 
 鳩は主の全てを知っているわけではない。
 湯の表面に熱い湯が浮いてきて、首元がちくちくと痛い。
 脚を一蹴りして湯をかき混ぜると、また少し潜水。
 
 さて、この空虚な感覚は恋愛感情なのか、否か。少々考える必要がある。
 誰か一人の人生の全てを掌握などできるはずがない。こうして入浴している最中も、外で主が何を着てどこに行き何を思っているのかはさっぱりわからないのだから。
 それは当たり前のことだったはずだ。だからさほど問題ではない。
 問題なのは、何故そんなことで鳩は不安を感じてしまったか、なのだ。
 
 一つは慢心。主は自分にだけ全てを見せてくれていると思っていた。「くれていると思っていた。」そんな保証はどこにもないのに。そんな必要もどこにもないのに。
 無論、主の正体について他人に言えない部分も鳩は知っている。だからと言って、それを鳩しか知っていないということには全くならない。
 主は自分だけを信頼してくれている、自分には全てを見せてくれている、そう疑わなかった慢心。
 
 慢心だ。自分は主の唯一無二であるという自惚れ。
 
 もう一つは。
 慢心で片付けたくないと思っている心のどこかだ。
 全てを知ることなんて出来ないはずだとわかっていても割り切れない、何か。
 わかっていても尚全てを知りたいと願う鳩自身。
 忠誠を分解していったら出てくるのだろうか。それとも、もっと別のところにあるのだろうか。
 
 唯一無二でありたい、と願うのなら、それは忠誠というカテゴリで片付けても構わないだろう。
 主にとって鳩がどういう存在であっても構わない。ただ、その場所だけは譲らないし譲れない。
 
 忠誠でなかったなら。
 そう思うと、またぞっとする。主をお慕い申し上げているのは逢魔として当然の感情。だが、それが単に忠誠心で留まらないのならば。
 それこそなんと身の程知らずな。殺人鬼を愛する凶器などあるものか。身の程知らずは主が最も嫌うものだ。
 
 頭が熱くなって来たのをやっと自覚して、赤い蛇口を閉める。
 
 そういえば、何故こんな下らないことを考え始めたのだっけ。
 
 ……ああ、そうだ。主が最近他人とよく話をしようとしているからだ。他の魔皇と深く付き合おうとしているからだ。
 
 
 
 ……。
 
 これは、ただの嫉妬ではないか。
 
 長々と考えて、出てきた結論にはいよいよ閉口した。
 
 
 そんなものだ。多分、そういうことで構わない。それ以上は追求しない。そう鳩は決めました。
 
 とだけ。
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