終わらせる者

 薔薇の花束を抱えて。背広姿の男が扉を叩いた。
 
 「はぃ。」
 
 甘い女性の声の後に慌しげな足音が続いて、扉が開いた。男は光るような笑顔を見せると、女性に続いて、部屋の中へと入って行った。
 
 
 
 
 「只今帰りましたよーん。」
 「お帰りなさいませ……。」
 
 面倒そうな口ぶりの男に、薄暗い部屋の奥から答えが帰ってきた
 赤黒い染みのついた花束にコンロで火をつけると、窓からそれを投げ捨てた。
 バラの深い赤を炎の橙が侵略して、その様子を横目で見つめながら男は背広を脱いだ。
 
 「事前準備が長かった割には、ボロい相手でしたな♪」
 
 男は背広の袖口についた赤いものを確認すると、花束よろしく火をつけ投げ捨てた。
 
 「……趣味でしょう?」
 「その通り♪」
 
 追及する声は、鋭く凍った声。幼さの混じる少女の声。
 
 「折角の人間との接触ですからな。どうせなら骨までしゃぶってから処理してもばちは当たらんでしょ♪」
 
 男は声のほうに見向きもせず、クローゼットを開け、ズボンをしまった。
 
 「……楽しいのですか?」
 「何が?」
 
 声の主の眼光が光ったが、男は焦る様子も無く。
 
 「……まぐわうのは。」
 「人間ならね♪」
 
 バタン、とクローゼットを閉じる音。
 
 「誰かさんのせいで人間を食うのが随分と難しくなっちゃったんでねえ。食えるときにはちゃんと食っておかないと餓死しますゆえに?」
 「……。」
 
 声を失くして俯く少女の横に、男は腰掛けた。
 
 「僕一人だけ楽しんでたこと、嫉妬してますか?」
 「……いえ。」
 
 そんな、不遜なこと。
 
 少女が告げると、男はつまらなそうに席を立った。
 
 突如の風切り音。見返る男と少女の目があった。
 男の右手は導くように後背へ流れ、その先には少女の拳、そこに握られていたのは一本のナイフ。
 
 「ぬかりないようで、重畳重畳♪」
 
 少女が握り締めた刃に血が滴るのを見て、男は満足げに微笑んだ。
 
 「そうでなくてはねっ♪」
 
 そういうと、男は奥の脱衣所へと消えた。
 
 
 「……。」
 
 カラリ、とナイフを取り落とす。手に入った亀裂を見る。
 少女の手は白銀の篭手で出来ている。ナイフはそれを切り裂いて、肉に届いていた。
 
 取り立てて鋭いナイフだった訳ではない。取った刃を少女が握りこんだだけだ。受け止めた際に篭手に入った僅かな罅を、ぐっと握って、その刃で抉り押し広げた。
 
 理由は少女にもわからない。ただそうしたかった。自分に罰を、傷みを与えたかった。それだけ。気まぐれだ。
 
 「主(あるじ)。」
 
 少女が脱衣所へと声を掛けた。
 
 「……体液の類は、残留させていませんか……?」
 
 脱衣所のガラス戸が少し開くと、水色のゴム袋が投げ出された。
 ベチャリと音を立てて着地したそれを、見据える。
 
 「心配しなくても、捕まりはしませんよ♪」
 
 響く声が返って来た。
 
 「どちらにしろ、証拠を全て消すなんて出来ないのですしな。」
 
 そんなことは少女も分かっている。大事なことは、いかに迅速に逃げ切るかだけだ。
 
 「……では何故。持ち帰ったのですか。」
 
 寧ろそちらの方が危険なのだ。証拠を全てその場に置いてきてしまえば、足取りはそこで途絶える。指紋が残っていようが体液が付着していようが関係ない。逆に、証拠を手元においている限りそれは自分が犯人であることに何よりの証左となる。
 少女はそれを良く知っていた。だからこそ、最近『主』に迂闊な仕事が多いのを気にしてもいた。
 先ほどの女性の『駆除』も、本来ならば今回のような手の込んだ接触をすべきではない。人間関係を洗われれば、疑いの目がこちらに向きかねないからだ。
 
 「ああ。そういえばそうですね、それはうっかりしていましたよ。」
 
 男の声に反省の色は無い。
 少女にはわからなかった。それほど人間というものは深く接触したい対象なのか?逮捕される危険を冒してまでも。
 
 「……。」
 
 次からは気をつける、とすら言ってはくれない。
 
 「……お言葉ですが……。最近の主は、捕まりたがっていると、しか、思えませぬ。」
 
 喉の奥から搾り出すように、言った。
 
 「カモしれませんね。」
 
 暢気な声で答えが帰ってきたのは、優に30秒の経過の後。
 
 「というより、どうでもよくなったのかもしれません。捕まろうと捕まるまいと。」
 「油断です。」
 
 きっぱりと、言い返す。
 
 「それはいけませんね。油断はよくない。それならば、次回は気をつけませぬとね♪」
 「主……なにゆえにですか。何ゆえ……どうでもよくなったのですか。」
 「それが敵であるからです。」
 
 今度の答えは早かった。
 
 「思うに。人間以外のものは蔓延りすぎている。僕は、それらを全て敵と認識しているので。悪魔の敵は悪魔と天使以外には無く、人間は僕の敵たり得ない。」
 
 魔属と呼ばれるその男は、不死の肉体を持っていた。傷つけることが出来るのは、神聖と邪悪に属する者のみ。当然、それを捕らえる機関のものも、神魔の属以外に無い。
 
 「早いか、遅いかだけということですね。僕の『敵』は悉く、僕が、滅ぼさねばならない『敵』ですから。捕らえられようと捕らえられまいと、その全てを粛清することに変わりはない。」
 「……鳩も、敵ですか。」
 
 鳩を自称するその少女もまた、魔属であった。
 「道具に敵も味方もありません。」
 「そうですね……。しかし。」
 
 鳩は、自分が道具と呼ばれたことにはさしたる反応も見せず、言葉を返す。
 
 「最近は人間も、魔を滅する為の道具を身につけております……。やはり、油断は危険です。」
 
 先ほど彼女の手を抉ったナイフも、そう言った類のもの。神聖か邪悪か、いずれかを纏った、人外を屠る為の武具。
 しかし。
 
 「そんなものは破壊します。」
 
 やや冷たい声で、男は答えた。
 
 「そんなものは、人間には必要ない。」
 「……。」
 
 シャワーの音が響いている。心臓にまで染みとおるほどに。
 
 「……では、そろそろ鳩の仕事の時間ですので……。」
 「はいはい、それでは。あ!」
 「何か……。」
 「万に一つもそんなことは無いと思いますがー。とっ捕まっても関知しませんので。死ぬ気で逃げ切ってくださいね♪」
 「……ご心配なら、鳩の手を引いてくださっては如何ですか?」
 「何、そろそろ僕も子離れの時期かなあと。」
 「……では、行って参ります。」
 
 華奢そうな肉体に似つかわしくない、巨大なアタッシュケースを抱えると、少女は部屋を出て行った。
 
 「……やれやれ。」
 
 少女の罷りを確認すると男は湯上りの体を大雑把に拭き、白く長い衣に身を包んだ。
 袖口、懐に鈍色の数々があるのを確認すると、ドアへと歩いて行った。
 
 そう。一人でなど、歩かせられるものか。
 男にとって、鳩という少女は単なる道具以外の意味を持っている。絆と言う名の呪い。魔皇と逢魔と言う名の楔。
 魔皇たる彼は、逢魔たる彼女を失うと、理性と魔力の箍が外れてしまう。
 彼自身にはどうにもできないこと。理性の死は魂の死。獣となった魔属を、最早誰が生かしておくものか。理性が無くては、逃げ切ることすらあたうまい。
 まして、先日は買い物帰りに顔面と右腕を奪われてきた迂闊者だ。主人たる自分に、ぬけぬけと。油断などといえたものだ。
 
 一人でなど、行かせられるものか。
 
 「子離れの時期?はっ。よくもまあ、そんなことを言えたものだ……。」
 
 自嘲しながらドアノブを回す。
 
 途端、引きずり出されるようにドアが開いた。
 驚く間に、喉にライフルを突きつけられていた。
 
 「その通りです、主。」
 
 無表情なハズの『道具』の、批難がましい瞳が見上げる。
 
 「……その通りですね。はい♪」
 
 男は肩を竦めて諸手を挙げた。
 
 「……では、一緒に参りましょう……。」
 「はぁあ、折角の人間との逢瀬の後に、何が悲しくて発育不良の魔属とデートなんていう延長戦を演じなきゃならんのでしょか?」
 「初めからそのおつもりだったのでしょう?」
 「では、止めますか?」
 「……『いえ』。一人ではやはり、心細いので……。援護を願います。」
 「はいはい、と。」
 
 真っ黒の連理が一組。大樹から零れ落ちるように、伸びた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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