白薔薇色の模倣犯

 
 「また、薔薇ですか……。」
 
 主は白い紙に包まれたその花束に、コンロで火をつけて窓から放った。前にそうしたように。
 
 「また、同じ手ですか……。」
 「不服ですか?」
 「いえ、効果的ならば、問題ありません……。」
 
 いつぞやも、主は同じように薔薇の花束で、同じように格好良く見せたスーツで、仕事をしに行った。
 そしてその時鳩は、手の込んだやり方をすることで看す証拠を残しかねない、主の油断を糾弾したのだ。
 
 「もうこれっきりです。」
 
 主はそう言って、赤い染みのついたスーツを焼いた。
 
 「何度も同じ手で女性に触れるというのは、面白くありません♪」
 「……。」
 「何だか彼女等を舐めているようで申し訳ないし、それに。」
 
 そこで主は言葉を切った。
 火の付いた服を窓の外に投げた後も、言葉を続けてはくれなかったので、鳩が促した。
 
 「……それに、何です?」
 「あの花束。買うたびに焼くのは、忍びないと思ったので。」
 
 だから今回で最後にします、と。
 
 「忍びない……。」
 「おーお、よく燃える。流石は熱情の赤薔薇ですな。あの花屋に頼んでよかった♪」
 
 花屋。
 
 「……良い傾向です。」
 「何が?」
 「証拠を残すやり方をやめることが、です。」
 「お前に評価されることなど、何もありません。前にも言ったはずです、捕まることは、実は大した問題じゃない。」
 
 主は前に言った。
 捕まるということは、単に時期が早まるだけだということ。
 
 いずれ、敵に回すべきはこの世の総てなのだから、官憲が敵に回ればその時から主の反逆は具体化する。
 
 早いか、遅いかだけ。
 
 「……捕まって、欲しくはないのですが。」
 「ええ、そのような間抜けを行うのは、効率的ではない。」
 
 効率。
 捕縛されることを効率で測るか。違うだろう。主、違うでしょう。それは破滅ではないか。
 
 「主……。」
 「余り深く考えたくないのです。警察が邪魔なのと、警察が嫌いなのとでは意味が違う。
 昔、警察は邪魔なだけでしたが、今の警察は『嫌い』だ。だから掃除してスッキリするだけの価値しかない。」
 「……。」
 「邪魔なものはかわすが、嫌いな物は殴りたいでしょう?殴れる機会が回避できないなら、喜んでぶん殴る。」
 「主……。」
 「非効率だから、しないんです。今の僕では、まだあの警察組織に勝てるとも思いませんし。
 他に質問は?」
 「いえ……。」
 
 主はにっこりと笑ってから、脱衣所の戸を開けた。
 
 「……一つ。」
 
 それを呼び止める。
 
 「何です?」
 「……人間の女性との接触は、楽しいですか?」
 「当然です。」
 「魔属は?」
 「何故そんなことを聞きますか?いつもと同じ、あなたと僕の関係性の議論のおつもり?」
 「花屋、です……。」
 
 気になっていた。何故主は、同じ手を使ったのか。
 同じ薔薇で、同じ花束で、同じような目標に、同じような服で。
 
 「たまたま、似たような仕事が入ったので同じ手を使ってみただけです。」
 「鳩が欲しい答えはそれではありません。」
 
 今回の花束は、購入する際、鳩も立ち会っている。あの花屋は、人間ではなく、魔人が経営している。
 派手な場所でもない。わざわざ選ばなければ足を運ぶこともないだろう店だ。
 
 「何故、あの花屋なのです?」
 「少しだけえにしがありましてね?」
 「魔属です。敵です。」
 「そうですよ?」
 「憎くはないのですか?」
 「……あなたは、いまだに僕のことをあんまり理解してくれていないみたいですね。」
 
 主は珍しく、困ったような顔で振り向いた。
 
 「種を憎悪することと、個人を憎悪することは違います。」
 「……しかし。」
 「きまぐれですよ。深く考えることじゃあない、僕も深く考えてはいないのだから。」
 「……あの花屋は、戦力にはなりませんよ。」
 
 いずれ来る、主の望むカタストロフ。その望みからは余りにも離れた、滅びの激情に与しない『淀んだ』魔属。芥のように滅ぶべき無辜の民。そんなものとわざわざ接触する意味がどこに。
 
 「深く考えていないと言ったでしょ?」
 「では、『単なる好意』を持って?」
 「そうです。」
 
 その言葉に、鳩は、脳を針で打ち抜かれたようになった。
 
 「……。」
 「嫉妬ですか?」
 「……。」
 「ご安心なさい、どうせ魔人だ、死ぬ前に戯れてもいいと思っただけ。」
 「……。」
 「そう、あれが死ぬ前に、或いは。」
 「……。」
 「僕の手で殺す前に。」
 
 嫉妬だろうか。なんだろうか。魔属の者に好意を持つ主。
 考えたこともなかった。いや、考えることを忌避していただけか。
 他の魔属に対し好色なポーズは見せても、実際にそうであることはなかった。なかったと鳩は信じている。
 つまり、意味もなく魔人を愛したり、そんなそぶりを見せたりしない。全ては保身のため。
 
 逆に言えば、『深く考える意味もない好意』など。あるはずもない。あるはずが、ない。
 単なる好意?そんな、馬鹿な。
 
 「主。」
 「次は何です?」
 「……どこを。あの花屋のどこを。」
 「顔。声。あとは、まあ性格かな。」
 
 そんな、片思いの相手を語る様に。やめてください。
 
 「それこそ、深い意味はないのですよ。
 以前ちょっとえにしがあって、どうせなら、ちょっとだけ本気で遊んでみてもいいかなと思っただけです♪さっきも言ったが、いずれ早晩消える『花』なのだから♪」
 「……。」
 「嫉妬ですよね?それは。パティ?」
 「……。」
 「いやはや、僕ももてるようになったものだ!」
 
 はっはっはっは、と笑って、今度こそ主はその戸を閉じた。
 
 嫉妬ではない。そうではない。
 近いが違う。主が誰と付き合おうと関係ない。それを悔しいとも思わない。
 大事なのは主が鳩を裏切ったということなのだ。
 
 『種を憎悪することと個人を憎悪することとは違う。』
 
 主は言った。
 たとえ魔人であろうと、気に入る部分があれば、その『メス』を女性と認めても構わないということか。
 ああ、それで本当にいいのですか?あなたの狂気はそんなものなのですか。
 
 
 
 あの時買った薔薇から、何本かは抜いて、ロビーの花瓶に生けていた。
 
 今一度、誓いを。主の願いを。
 
 鳩は雑記帖を開き、薔薇に関する資料を調べた。
 それから、花瓶の薔薇から咲いているものを二本抜いて、蕾を三輪、咲いているものを一輪に。
 そして、掌にナイフで傷を入れ、真っ赤な花弁に赤黒く塗りたくる。
 
 『この世界は間違っている。神話は神話に。神魔は塵に。神は無に。そして全ては、人類のモノに還れ。』
 
 そう祈って。
 
 
 主がいつか語った理想だ。
 
 
 このローテローゼが枯れたなら、また買いに行こう。
 あの魔属の花屋のところに。
 
 そうすれば、祈りをきっと、きっと忘れまい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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