ヤミノカナタ

  「冗長なりし愚かな歴史が作った傀儡、その我が来た。もう、心配はいらない。
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 この方の偉大なる創作により、
 
 タクシー居酒屋と繋がったそうですので、こちらの方を無許可で借り上げて、
 
 タクシー居酒屋→暴力団と繋いでみようかと。
 
 いざ目を開け、鳩の夢の具現体、パティ・ガントレット堕落したもの・鳩。あなたの世界を見せなさい……。
 
 悲しみの雨を降らせ、心を壊す、最悪の狂夢を。
 
 死神になり、相応しき死をもたらすのだ。
 
 
 「悪いね、もう看板なんやけど。」
 
 カウンター越しにそう言う友峨谷・涼香の声は、いつもよりほんの少しだけ、明るさを失っていた。
 
 「あら、それは申し訳ありません……。」
 
 笑顔で謝罪の礼をする女性の髪は銀のツーテール。その目は閉じたまま。左手には杖を握っている。
 
 「静かな空気に、アルコールの匂いがしましたので、今のわたくしの気分にちょうど良いかと思ってお邪魔したのですが。」
 
 閉店だったらそれも道理ですね。そう言ってにこりと笑ってみせる小柄な盲人に、しかし涼香の目は聊か冷たい。
 
 「残念やけどね。また明日来たってや。飲ませてあげたいのはやまやまやけど、今からやと如何しても明日の仕込みにずれこんでくるんで、ごめんね。」
 「いえ、他のお客様にご迷惑をかけてまで呑もうとも思いませぬし、こちらも確認を怠りました。失礼致します。」
 
 いつもの涼香なら、まあええわ何にする、とでも言って引き止めただろう。店の都合で客を帰すような真似は、しない。普通の客なら。
 しかし。
 涼香の退魔師としての勘は、この女を『普通の客』ではないと告げていた。
 表と裏が、ほんの少し入り混じった境地で、涼香はその女を見る。
 心の中で、その者を客ではなく『女』と呼んでいることを自覚する。これは、そう。大袈裟な言い方をするなら、『敵意』を含む呼称。
 否。
 大袈裟などでは、ない。
 勘でわかるほどの魔。勘が即座に『敵』と認識できるほどの『匂い』。
 
 「あ、待って。」
 「はい?」
 
 帰ろうとしたその背中に、涼香は声をかけた。
 
 「やっぱり折角来てもらったのに、いきなり追い返すのもあれやし。少しだけなら、閉店延長でけるよ。」
 「……嬉しいですね。」
 
 女は冷酒を頼み、まずは猪口に注いだソレを一気に干した。
 
 「お客さんこの辺に住んではるの?」
 「ええ……。」
 「……。」
 
 盛り上がらない。
 
 
 「いつもは賑やかな店やから、あれかな。お客さんの好みじゃなかったのかな。」
 「ええ……。」
 
 盛り上がらない。
 
 
 「……何がおかしいのん。」
 
 見えていないはずの目刺を器用につまむ女がクスクスと笑い出したのを見て、涼香は聞いた。
 
 「いえ、厄介な客を必死にもてなそうとする姿が、健気で。」
 「……うちは、そういう性格やから。」
 
 そう。そう。客なら。客ならば。たとえ、人類の敵でも。カウンターに座って酒を呑んでいる限り、それは涼香のもてなすべき客なのだ。
 だから、留めた。飽くまで自分は居酒屋の看板娘なのだから。客は分け隔てなくもてなさなければならない。
 光のある場所に影は見えない。見せてはいけない。
 
 ただ、今回は相手がどうも悪かった。
 時間も悪かった。閉店直後。照らすはずの明かりを消し、涼香の影が現れる余地が生まれていた時間。
 
 ふと女の方を見ると、目が合った。
 唐突に記憶が頭を巡る。いろいろなことを思い出す。次々と浮かんでは消える映像と感情。
 その走馬灯はあまりに早く視界を埋め尽くしてしまっていたから
 
 「!」
 
 その女が目を開けていたことに気づくのが、遅れてしまった。
 カウンター越しに押し合ったのは、紅蓮に輝く刀と杖に仕込みの刃。
 
 「何者。」
 「……表に出ましょうか。ここでは……明日の仕込みに障るでしょう♪」
 
 きりきりと空間が罅割れそうに刃をあてがいながらも、女は笑った。
 
 
 
 
 夜。
 公園。
 瘴気。
 霊気。
 その中に、女二人。
 
 「改めて聞くで。何者や。」
 「パティ・ガントレット、と言います。」
 「パティ、ね。」
 
 紅蓮と切り結べるほどの腕前。
 超一流の退魔である自分が知らない名前。
 
 「本名は。」
 「……よろしい。では、こういえばわかりますか。瑠璃色の、鳩と。」
 
 女が手袋を脱いで見せた銀色の指先をみて、涼香は全てを理解した。
 そうか。あれか。あの魔人の、お供だった、あれか。あの図書館で偶然出遭ったあの道化のような魔人のそばにいた、寡黙な銀色の篭手を持つ魔人、自称『道具・鳩』。
 この東京で偶然擦れ違った時は、これほどとは思わなかった。彼女の目にも呪は宿っていなかった。
 明らかにと言う言葉すら似合わないほど、とてつもなく強大になっている。別物と言ってもいい。
 
 「うちのこと知ってたんやね、ズルいわ。」
 「違いますよ、本当にお酒を飲みに来ただけだったのです。ただ、よく似た匂いがしましたので。ちょっとあなたの世界をのぞかせていただきました。」
 「ほんっま趣味悪いわ。」
 
 涼香が吐き捨てる。眼光はもう、退魔師のそれ。
 
 「よし、おしゃべりはもう終わり。目え開けぇや。」
 「よろしいので?」
 「勝手にハンデ負ったまま死んで、本気じゃなかったと勝手に化けて出られても困るからな。」
 
 手に、符を握り力を漲らせる。パティもそれを感じ取ったらしく。
 
 「……では。」
 
 開いた目に飛び込んだのは視界一杯の青い雷光。
 
 「うっ!」
 
 迂闊!網膜まで焼きつき、思わず呻く。初めからこれを狙っていた。
 見るだけで相手を呪える厄介極まりないその目を、塞ぐ。
 激しい金属の衝突音。雷光と共に切り込んだ紅蓮の刃が、やはり仕込み刀に止められる。
 
 「一つ、訊き忘れとったわ。」
 「何です?」
 
 目を閉じたまま神速の刃を受け流したパティが、ニコリと笑う。
 
 「その剣、何?」
 「……魂の緒を切る刀。銘を、次郎羅猛と言います。」
 
 ただの奇襲用の刀ではないのは、店内での一合でわかっていた。
 紅蓮を受け、刃こぼれもなし。それはもう、国宝レベルの代物だ。
 
 「ジローラモォ?」
 「ええ。」
 「けったいな名前やな!」
 
 二合、三合。
 威力を語るなら、工業用裁断機。
 速さを語るなら、ジェット戦闘機。
 そんな剣戟が舞い飛び、しかし互いに一打も許さない。
 涼香が符を撒けば、鳩は羅漢銭を飛ばしそれを潰す。必殺の一打を振りぬけばそれをかわし、振りぬいた隙を突けばそれは罠。
 譲らず、しかし、均衡は唐突に破れた。
 紅蓮が、遂に次郎羅猛を弾いたのだ。
――――違う!
 涼香の勘が告げる。手ごたえが軽すぎる。弾いたのではない。パティが捨てたのだ。次が来る。何が来る。何をする!
 
 それはまるで砲撃だった。咄嗟に符を重ね刃を盾にできたのは、涼香の尋常ならざる技量があってこそ許された回避行動。
 
 「……冗談やろ?」
 
 銀色の砲撃、その正体は、正拳突き。
 2mは吹き飛ばされた涼香が目を見開く。
 今まで感じていた刃の重さなど比較にならない。
 この銀色の拳こそ、パティの真骨頂。道具・鳩のもっとも得意とした武器。マフィア頭目の切り札。
 
 「……あなたは、何故、退魔を為しますか。」
 「……。」
 
 目を閉じたまま、パティが言う。涼香は警戒を解かない。
 
 「何故?」
 「……。」
 
 決まっている。
 
 「あんたみたいなのから、守るためや。」
 
 大事なものを。大事なひとを。たとえば、みどりのような。掛け替えのない、自分の半身を。
 
 「ならば、同じですね。」
 
 パティが殺気を解く。
 
 「わたくしと。」
 「何が同じやねん。」
 「この東京には、あやかしが多すぎる。そうは思いませぬか。」
 
 パティが語り始める。
 
 「本来、これらの魔属は夜と共に消え去ったはずのもの。
  この東京だけが、時代に取り残されたまま、時を刻んでいる。
  人間は、火を手に入れ、災害を退け、獣を調伏し、夜を祓って、ここまできた。
  しかしこの東京はどうです?人間ではないものが平然と住む。
  文明を切り開く過程で淘汰されたはずのものが、人間と同居している。」
 「ええやないか。皆仲良く、いう奴や。」
 「いけませんね。
  確かに個体同士は仲良くなれるかもしれない。
  しかし、人と言う種が栄え発達する途上で、わたくしも含めたバケモノは、人間に倒されなければいけないのです。」
 「そんなもん。くそくらえ、やっ!」
 
 雷光の符を投げる、が、発動しない。パティが一瞬だけ目を開いたのが見えた。煌いて呪を握りつぶしたアイスブルーの瞳。マフィア頭目の、『奥の手』。
 目が、治っておったか!
 
 「人間を、守るだけです。わたくしは。
  この東京の歪みを正す。
  あなたの能力もまたそういうものの筈。人の身でありながら、バケモノを倒す力を宿している。
  力には責任が伴います。あなたは、その剣で何万人の命を背負っているということを自覚なさい。」
 「ふん。」
 「あなたが人の敵に回るなら。それはね。トモガヤスズカ。それは。ただのわがままということですよ。そして、ただの災害になって果てる。
  いつかアナタがみどり様を護るために行った美談は、まあ、いい。
  でもそれで本当に世界を敵に回すなら。」
 「うちは世界に焼かれてもいい。」 
 「そのために世界はどれほどの生贄を捧げねばならんのでしょうね?やはりわがままですよ。ただの。」
 
 パティが背を向けた。
 
 「何処へ行く!」
 
 体が動かない。あの一瞬。あの一瞬の眼光を覗いてしまった。神経が麻痺している。感覚がない。力がはいらない。自分の体ではないかのようだ。
 
 「魔を狩りに。」
 
 パティの声は確かに笑っていた。
 
 「人間の敵を調伏し、わたくしとともに、すべてのバケモノを彼岸へ。本当は人がなすべきだったことです。本当は人がとっくになしとげていることです。
  そうして、文明の明かりを引き戻す。
  それがわたくしの目的です。
 「あんたもただのわがままや。
  人間のためなら、何を敵に回してもええ、そういうことやろ?」
 「ええ♪」
 
 振り返り、そして振りかぶる。
 
 「わたくしは、バケモノですから♪」
 
 翻ったツーテール。
 地面に打ち込まれた銀の拳が土煙を巻き上げ、パティの姿を隠し、そして。
 涼香の神経が元に戻る頃には、影も形も気配もなく、彼女の姿は消えていた。
 
 「……バケモノ、か。」
 
 覚悟は、している。大切なもののためなら、何でもする。許せないのだ。魂が許してくれないのだ。
 合理などくそくらえ。愛しているもののためなら。愛しているから。それ以上の理由などない。それ以外の理屈などない。それに勝る理(ことわり)など存在しない。
 そのために世界を敵に回すなら。
 
 「バケモノでも、ええわ。それであんたが殺しにくるなら。」
 
 うちは、退魔をなすだけや。
 
 
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 
 居酒屋の親父の存在をすっかり忘れていたことに関して特にごめんなさい。」
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ヤミノカナタ への2件のフィードバック

  1. @ より:

    田吾作殿の不思議なヒカリに導かれてやってまいりました…こちらでは初めまして、youです。
    …っていうか本気で驚いたんですが…!(笑
    いやもうホントありがとうございます、前からチョコチョコ覗いてはいたんですが、こんな風にSSとか書いてもらえるとは思っていなかったので!
    っていうか鳩さんのカッコよさに惚れそうです。涼香自身にはかなりぐさぐさ言葉が突き刺さってるでしょうけど(笑
     
    ちなみに居酒屋の親父は、基本的にコロンボの奥さん的人物なので何も問題ありませんです、はい(笑

  2. きうい より:

    勝手に借り上げてしまってもうしわけありませんが勝手に借り上げることでサプライズも狙っていましたので、
    あえてコメントにご報告もいたしませんでした。
    気分を害さなかったなら、それだけで幸いでございます。

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