TAKE THAT !

 
 夜深い居酒屋に駆け出し芸能人二人。
 それも片方は黒人のクォーターとなれば、それは目を引こうと言う物だ。
 当の二人、森宮恭香とミカエラ・バラン・瀬田はそんな事実などお構い無しに談笑している。
 
 「あはー、なるほど!青田さんと同じ劇団だったんですね!」
 「夜更けに外でセリフ入れるノッテ、寒くはありませんでシタカ?」
 「すいませーん!この、骨せんべいってヤツを二つお願いできます?」
 「あ、ワタシ、何か蒸留酒のお湯割りクダサイ!」
 「アバウトー!」
 
 キョーカは見たところ20歳前後、ミカは30代半ばと言ったところ。
 新人とベテランの付き合いのようにも見えるが、実は芸暦はそう違わない。これも芸能という仕事の複雑怪奇な部分だ。
 
 「しかし、見られルとはネエ……。」
 
 ほう、と酒臭い息を吐きながら黒い女が頬杖をついた。
 
 「え?えーっとあたしは出てこない方がよかったのかな?」
 
 ここで飲み始める前、キョーカはミカがナイトウォーカーと戦う様を偶然見てしまっていた。
 そもそもそれが今回の酒宴のきっかけでもあったのだけれど。
 
 「イヤ、あなたに見られる、ってことは。『他の誰かにも見られているかもしれない』ってコトでしょウ?」
 
 獣人とその捕食者ナイトウォーカー。
 どちらも、その存在を一般人には知られてはいけないトップシークレット。
 だからこそWEAという組織が存在する。芸能活動という表舞台を演出することで獣人にまつわるありとあらゆる情報をシャットダウンしているのだ。
 
 「大丈夫なんじゃないかなあ、あのあたりあの時間、誰もいないし。」
 
 だからこそあたしも好みの場所だったわけで。
 
 そう付け加えながら、キョーカがビールを口にする。
 
 「ふゥむ……。」
 
 それでもミカの表情は曇ったまま。
 
 「あ、骨せんべい来ましたよー♪」
 「すごイ!本当にホネですネ!」
 「あはー、そりゃそうでしょう。」
 
 ちょっとした異文化交流をしているミカにけらけらと笑うキョーカ。その八重歯でバリバリと躊躇無く魚の骨の丸揚げを齧る姿を見て、ミカも恐る恐る手を伸ばす。
 一口パリ。
 
 「あラ!」
 「いけるでしょ!」
 「しょっぱイ!」
 
 ずっこけてテーブルに額をぶつけるキョーカ。
 
 「だいじょブですか?」
 「むう……いわゆる旨みの文化って日本だけだと聞いてたけど本当だったんだなあ……。」
 
 この骨の旨みがいいのに……。パキパキと齧りながらキョーカが残念そうな顔をする。残念ながら南米出身の36歳には、表面に振られた塩の味しか感じられなかったらしい。
 ミカは親の敵のように骨せんべいをバキバキと食べ尽くして泡盛で一気に飲み込むと、「無難に」と鶏の唐揚げを追加。
 皿を下げに来た店員に「ゴチソウサマデシタ」と両手を合わせた。
 
 「まあ、いいんじゃないですか?誰にも見られてませんし、見られてたとしても……。」
 「してモ?」
 
 いいながら思い返していた。
 なじり、ねじり、かじり、えぐる。
 自分の目の前で行われた、およそサディズムの集大成のような殺『虫』劇。
 
 「誰も信じませんよ♪」
 
 ニカっと笑ってビールをもう一口。
 
 「あなたは信じたジャない。」
 「そりゃわたしは……。」
 
 獣人ですから、という言葉を飲み込む。一応ここは、『一般人の領域』だ。
 
 「同業者ですから。」
 「『たまたま』同業者だっただけデショ?」
 「だから同業者じゃなかったらとても信じられないってことですよ!」
 
 むーん、と唸りながらお絞りを顔に押し付けるミカ。火照り、少しばかり赤みが差した褐色の顔を上に向けながら、ミカはぼんやりと呟いた。
 
 「単純に、『見られたくなかった』のもあるノデスけどネー……」
 「?」
 「キライなんでスヨ、あの姿。」
 
 ミカの心配の根源をキョーカはようやく悟ったようだった。
 
 「ええー、かっこよかったですよ?」
 「そうデスカ?毛が生えて、爪も伸びて、耳も違う形になる。明らかに人間じゃナイ何かにナル。」
 「……。」
 「自分が、『実は生物の進化の歴史に存在しないよくわからないモノ』であるということを実感サセラレル。なまじ元が人間ッポイ形ダカラ。」
 「……それは、皆一緒なんじゃ無いですか?」
 
 獣人である限り、そんなことは「当たり前」だ。
 猿から進化した事を気に病む人間がいないのと同じように、普通は意識しないこと。
 
 「わたしはパパンがとんでもなかったカラね。」
 「お父さんはどんな職業を?」
 「クラッカー。」
 「アコース?」
 「何で初代(ファースト)ガンダムデスカ。」
 
 何で付いていけるんですかお二人。
 
 「ちょびっと法をすり抜けるお仕事デスよ。」
 「ふーむ。」
 「わたしが人間の姿を守るように育てられる一方デ、パパンはいっつも完全獣化でパソコンに向かってたからネ。」
 「ああああーーーーー。」
 「その背中を毎日見てたカラ。別にパパンがキライな訳じゃないノデスケド……。」
 
 確かに、自分の父親が明らかに自分と違う形をしているのを毎日目撃するのは、年頃の娘にはちょっと辛い日常であったろう。
 
 「意識するようになっちゃったんだ。」
 「そうデスネー。」
 
 あ、さっきのお酒もう一杯お願イします、と店員を捕まえるミカ。
 
 「でも。」
 「はイ?」
 「綺麗でしたよ。」
 
 屈託のない瞳がミカの緑色の眼を見つめる。
 
 「綺麗。」
 「なんていうか、目が離せないっていうか。うーん。言葉にするのは難しいですけど。」
 「ふうん?悪趣味なだけだと思ウケド、あんなザマ。」
 
 ミカが自虐的に笑う。
 
 「実はちょうど、そんな役柄を演じるってことで。」
 「ああ、詰まってたって言ってマシタわネ。そんな役柄って、SMのクイーンでもヤルの?」
 「いえ、違くて。」
 
 自分に無いものをやらなくてはいけない。「演じる」ということは、どこまで行っても自分を表現することが限界なのであって、役者は経験を積んでその限界を押し広げなくてはいけない。でも残念ながら、今自分に割り当てられた役は自分の中に「無い」。
 黒くてどろどろとした果てしない怨峻が求められていて、そんなもの自分は知らないからやりようがないのだ、と。
 
 「でも、ヒントみたいなものが見えたんで。」
 「ツマリ、戦うわたしは傍から見てもとっても憎しみに満ちていた感じだったと。」
 「あははー、そうなります♪」
 「まあその通りデスしネ。」
 
 ミカも笑う。
 
 「『ああ言う』仕事は、やっぱりどこか振り切れないトダメなんだと思いマスよ。」
 「『振り切れる』?」
 「うーん。」
 
 一声唸った後、ミカは「Take That!」と小さく叫んで拳を思い切りテーブルに叩き付けた。
 
 「きゃ、」
 
 激しい音に、キョーカは思わず身を縮めた。
 店員が慌てて駆け寄る。
 
 「お客様どうしました?」
 「ああ、いやスイマセン、ちょっと虫がいたものダカラ。」
 「それは失礼を……。」
 「いやいや、小さな蛾か何かだったカラ、多分わたしの服に付いて来ちゃったノデスワ。お騒がせしてすいません♪」
 
 「ま、こんな感ジデスカネ。」
 「あー。」
 
 キョーカは目が点になったままだ。よくわからない、と顔に書かれているのを読み取って、ミカが続ける。
 
 「あの一瞬だけ、わたしは周りのことを何も考えずにただ思いっきり叩き付けタ。叩きつけたかったカラ。顔も汚く歪んでたでショウ?」
 「……あー。」
 
 汚いかどうかは別にしても、確かに力を込める緊張でぐぐっと顔中に皺が寄っていたのは思い出せる。
 
 「だから、キライなの。」
 「?」
 「こういう、『周りのことなんてどうでもイイ』一瞬がわたしは確かに楽しく感じてるカラ。それが生きがいだから。その瞬間、わたしは確かにバケモノになってるカラ。」
 「……。」
 
 バケモノ。
 
 人間的な何かを振り切る。振り切る切欠。『思い切り叩きつける』。『何も考えず』。
 
 「やっぱり、逢えて良かったです。」
 「はイ?」
 「何だか、パズルのピースがまた見つかった感じ。完成にはもうちょっとかかりそうですけど。」
 「わたしにとってはただの失敗談なんデスケドね。」
 「他山の石ってヤツですよ♪」
 
 思い切り叩きつけるときの快感。そうか。何だ。いつもやってることだ。いつも演じる時にやっている、『あの感じ』か。
 
 うん、できそう。切欠はつかめた感じかな。
 
 きょとんとするミカに、キョーカは目を細めて、得意の人懐っこい八重歯スマイルを向けた。
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