少年時代

 「月までとどけ、届いて消えろ。
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 妄想シルバーレイン
 
 二心
 
 「帰りの会を終わります。」
 
 声と同時に、鞄を持ち上げる音で教室がざわめいた。
 一日の緊張が終わる瞬間。
 丘・敬次郎はポケットからMP3プレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に入れて、教室を出た。
 
 今日はちょっと、他愛も無い居残り話をする気もなくて。
 
 寮へ帰る短い道のり。できれば誰にも話しかけられたくない、と願っていた。
 
 別に人付き合いが嫌なわけではなくて。考え事をするには、じっとしているより歩いているときの方が集中できるというだけだ。
 
 
 流れていくのは見慣れた景色だから、まるでそれは自分のもののようにも思えて。
 
 だから、その風景は丘敬次郎の意識の中で、彼自身の世界にゆっくりと置き換わり、丘敬次郎は軽やかに自分の世界へと落ちていく。
 
 
 楽しいことを考える。
 自分にとって一番大事なことを考える。
 14歳、思春期の男子だから、まあ、女子のことなのだけれど。
 
 美人を見ると、切り裂くたくなる。
 みずみずしい肌の中を見たくてしょうがなくなる。
 美しく均整の取れた肉体を鮮やかに破壊したい。その滑らかさを保ったままで。
 肌のぬくもりと柔らかさを存分に味わいつくした後で。
 
 抱きしめたくなる、抱きたくなる、交尾したくなる。
 見た瞬間に劣情を催す対象と言うのは、たくさんある。これはもう、『感覚』なのだ。
 
 ただ、不思議なことに。
 自分がもっと違う意味で好きな女子のことを考えると、自分の卑猥さに消え入りたくなってもしまう。
 色々と考える。なでる。抱きしめる。切り裂く。
 でもどれも違うのだ。その中に、『もしも彼女が自分のことを嫌いになるなら』という前提が入ると、途端に全てが色あせる。
 更に言ってしまえば、その女子は特に美人でも、セックスアピールが強いわけでもない。
 『普通』。きわめて普通。特別な関心を持つ理由が特に見つからない異性。
 それでも、その女子には特に嫌われたくなくて、特に話をしたくて、だから、特にデリケートに考えなくてはならなくて。
 
 これが恋なのだ、と自覚はしている。
 でも、その正体が何なのかはさっぱりわからない。
 ラブソングを聞くと自分の心を重ねて甘酸っぱい気分にもなれるが、そうじゃないのだ。そうじゃないはずなのだ。
 
 愛しいものは、切り裂くべきもので、好きなものは食らうべきもの。
 
 そんなケダモノの欲望をずっと肯定してきたのに、今になって自分が、こんなにも『心』を欲しいと思うなんて。
 そんな普通の人間みたいな『正しい好意』が、この胸から起こるとは思わなかったから。整理がつかない。
 
 好きではなくても、艶があるなら狂おしいほど抱きたくなる。
 一方で、好きなその子は、肌を重ねたいわけじゃあない。
 
 恋愛なのはわかる。ただ、欲望の矛先がわからない。自分があの子に何を求めているのかがわからない。
 
 「とりあえずそのツーテールを切らないと進展はないよ。」
 「進展っていうかどこに進んでいいかわからないんですよね。」
 
 胸の内を打ち明けられたルームメイトの男子がジュースをすすると、丘もあわせてコップを空にする。
 
 「初々しいな、おい。」
 「初々しい、ですか。」
 「告白すればいいじゃん。」
 「その後どうするかなんですよー。色々考えるんですけどさ。デートするとかベッドインするとか。でもね、何か違うんですよ。そういうこともしたいけど、そうじゃないんだ。もしかしたら僕は、あの人のことを女性と思ってないのかもしれない。」
 「受け入れてもらえる前提かよ。」
 「妄想するのは自由です。ってか告白すればって言った口からてめえはそれを嘲笑うのかよ。」
 「本気なのはわかる。今までにないオカケイジロウを見た感じ。」
 「そーなんですよねー。僕こんなに善人じゃないと思ってたんですが。
  どっちかってーと、目的の為なら女子供を踏みにじるぐらいの悪党だと。一応忍者ですしねー。」
 「……ん。それはね。多分。」
 「はい?」
 
 ルームメイトが、急に神妙な顔つきになった。
 
 「お前が、初めて誰かを大切にしようと思っただけだと思うんだよ。」
 
 丘が眉を顰める。
 
 「よくも悪くも、世の中の奴は自分が中心で生きてる。何事も自分が生きる為の糧さ。遠慮も、躊躇も、礼儀も、あつかましさも、何もかも。
  だって、世の中で自分は自分しかわからないだから。世界には自分がたった一人しかいないんだから。
  この世界を認識できる自分にとっての唯一つの端末、それが自分。自分自身でもありながら、それは認識する全ての世界そのものでもある。
  逆に言えば、それ以外の世界は『ない』んだ。認識のしようがない。」
 
 窓の外では、雨が降り始めていた。
 
 「お前は多分、そこを意識しすぎてたんだと思うよ。俺も少なからず、だけどね。」
 「……続きを。」
 「これは、俺が『お前の世界』を勝手に想像して言うことなのだけど。
  お前は『多分』、この世界で自分が一番大事だと結構早くに気づいて、それに忠実に生きてるんじゃないかな、と思うわけ。
  で『多分』、それは悪なのだよ。」
 「……悪ですね。自分にしかわからない欲望は、悪です。社会に取り入れられないのだから、排除されるしかない。」
 「そう。おまえ自身が、『悪いこと』だってわかってる。
  自分の好きなことは、『悪いこと』なんだと。
  でも、欲望はほとんどは確かに『悪いこと』なんだけど、イコールじゃないんだ。まっすぐな欲望でも、『悪くない』ものがある。
  だから戸惑う。背徳感のない欲望を抱いている自分が、背徳的に感じる。」
 
 『自分は純粋なんかじゃない』
 そうわかった後から、純粋な成分に気づく。『自分はそうじゃないはずなのに』。
 
 「不純さを基準に欲望を考えるから、訳が分からなくなるのさ。
  誰かを大切にしたくてしょうがないっていう、『喜び』が、あるんだよ。忍者のお前にも残念ながら。」
 「困りましたね、そんな善人では任務に支障を来たしますよ。」
 「多分本物の忍者は、それを含めて清濁併せ呑んでるんだと思うぜ。お前は、『濁りをわざわざ選んで呑んで』、大人になった気分になってるだけだよ。」
 「……困りますね。」
 
 行き場が無い。誰かを大切にしたいと思う。実に単純なその気持ちは、何とも消しようがない。
 大切にしたいという欲求には、終わりも区切りも無いからだ。
 
 「そうか、そうですか。」
 「あん。」
 「やっと気づいた。だからもてあましていたんだ。」
 
 この欲望は、『果たす』ものではないのだ。『維持する』ことで初めて満たされる。欲望を持っていることそれ自体が喜びだから、果たす、という意味では『もう、終わっている』。これ以上に終わらせようが無い。
 
 「だから、このわだかまりは消しようが無いんですね。」
 「ま、仲良くなったらいいんじゃないの?別に悪いことじゃなし、嫌われまいとうだうだ悩んでる甘酸っぱいオカケイジロウも結構新鮮だしな。」
 「んー、告白してみますかねえ。玉砕したらしたで、仲良くなるコースがあるわけですし。」
 「仲良くなってからでもいいんじゃねーの?アプローチかけつつとかさ。」
 「うーん。」
 「悩め悩め♪そしてできれば悩んだ果てに砕けてしまえ木っ端微塵に!」
 「畜生目♪ ただねえ、あの子とは時間帯が合わないんですよね。話をするにも。キャンパス違うからなかなか顔も見れませんし。」
 「何?どこのクラスなの?」
 「小等部なんですけど。」
 「お前そういうとこだけ本当裏切らないよな!てか小学生相手にセックスしてみるとか想定すんじゃねえよ!」
 
 丘敬次郎だけはガチのロリコン。」
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