少年の残滓

 「死について考えること?
 
 たまにあります。でも、すぐに忘れてしまいます。何と言ったって、わたくしは一度も死んだことが無いのですから。
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 ……やや、触発されまして。
 
 
 妄想シルバーレイン
 
 駄々
 
 「むぐ。」
 
 美しくない。
 びちびちと震える奈落の蟲を踏み潰しながら、丘はセーラー帽を抑えた。
 
 ルームメイトと、久方ぶりの手ひどい喧嘩。
 その憂さ晴らしに来たのだけれど。
 お目当てのチャイナは手に入らないわ、撤退寸前まで追い込まれるわ、全く気は晴れなかった。
 
――――
 
  「嘘でしょう?天の川を知らなかったなんて、そんな馬鹿な。」
  「お前に馬鹿って言われたら死にたくなるな。」
  「死んだら如何ですか。
  「お前が死ね!」
  「嫌です、ボケ。一般常識の無い奴になんで殺されなきゃならんのですか。」
 
――――
 
 それから口げんかになり、つつきあいになりどつきあいになり。
 
 
  『何で俺が死ななきゃならんのだ。』
  『天の川なんて理科の授業でも習うだろうが。』
  『見たこと無いなんてどんだけ引きこもりなんだよ。』
 
 
 言い返す言葉ならいくらでも沸いて出る。
 謝罪の言葉は全く出てこない。
 打ち負かしてしまいたい気分で一杯で、後のことなんかどうでもいい。死ねばいい。
 死ねばいい。死ねばいい。不快だから死ねばいい。
 チャイナは出ないし死に掛けるし。あんな奴死んでればいい。ああ、帰らなくちゃいけないのに帰ったらあいつがいるんだくそ死ね、死んでろ、死んでいろ。いなくなれ。
 
 やり方はわかっている。
 もう15歳だ。口喧嘩のエスカレートなんて慣れっこ。
 ただ黙ってお互い不機嫌に、障らないように一日過ごせばいい。
 そうして、お互いに忘れた振りをしながら必要最低限の会話を続けていれば、本当に忘れることができる。
 
 それでも、僕は今不愉快だ。
 
 
 「ただいま。」
 「……おかえり。」
 
 低い声は予想の範囲内だ。
 あいつも不機嫌なら、こっちも不機嫌なのだ。つつくつもりもつつかれるつもりも無い。黙っていよう。
 
 「なあ。」
 「はい?」
 
 意外にも、声をかけてきたのは向こうだった。
 
 「死ねって言ったな。」
 
 丘は内心ため息をついた。
 ああ、僕が思ってるより引きずっていやがる。
 わかれよ、空気読めよ。ここはお互い、寄らず触らずで知らん振りしてほとぼりが冷めるのを待つターンだろうが。
 
 苛立ちを再燃させつつも、丘は「ええ。」と応えた。
 
 「何で、そんなことが言えるんだろうな。」
 「死んで欲しいからでしょうよ。」
 「本当に?」
 「多分ね。」
 
 今更説教かよ。
 “『死ね』なんて言ってはいけません。”
 んなこたあわかってんだよニュアンスで分かれよ。『死ね』ってのは、『命を絶て』って意味じゃない。
 
 「死んじまった方がよっぽどややこしいのにな。」
 「……はい?」
 「葬儀屋の手配もしなきゃなんないし、遺族にゃ恨まれるし手続きもろもろ。」
 「だったら行方不明にでもしますか。」
 「車で山まで持っていくのか。それも酷い手間だね。」
 「後先も手順もどうでもいいんですよ、『死ね』。ただそれだけだ。」
 「どんなに面倒でもか。」
 「……美味いものを食ってるときに、洗い物の面倒さを思ったら台無しでしょうが。考えたくも無い。食べてる間は少なくとも、意識もしない。」
 「殺してる間は、後始末なんて考えない。」
 「……僕は忍者ですが、その手の質問には答えかねます。」
 「いや、いい。
  ただ、ずいぶん気になっただけなんだ。悪口としての『死ね』って、本当は何なんだ。って。」
 
 うぜえ。
 うぜえよ。
 うるせえよ。黙ってろよ。俺は今苛苛してるんだよ。
 ほとぼりが冷めるまで待ってろよ。俺は今お前の声も聞きたか無いんだよ。
 
 「いなくなれ、ってことだな。跡形も無く。」
 「できるなら、酷い目にあった後で、ね。」
 
 お前がな。
 
 「不愉快だから消えろ、消滅しろ、お前が存在しなくなれば不快の根源が消えるから気分が晴れる、だから消えろ。」
 「そのとおりです。『死ね』は『死ね』じゃない。『殺す』でもない。酷い目にあって嫌な気分になって、そして目の前から消えて俺を清々とさせろ。」
 「……ひっでえなあ。」
 
 ルームメイトは、顔を抑えて笑った。
 
 「小学生の頃から『死ね』『死ね』って、そんな意味を込めてべらべら言い合ってたんだ。無垢も糞も無いな。」
 「この上なく純粋だと思いますけど。」
 「どこのGT?」
 「蟲ヤカタのGTです。」
 「そう。」
 
 丘に向けられた目には、もう怒りはこもっていないようだった。
 何だよ、苛苛してんのは俺だけかよ。お前だけすっきりしやがって、ああ、腹の立つふざけんな、俺はまだこんなにムシャクシャしてんのに、しらねえだろ俺があそこでどんな目にあったか畜生め。
 
 「お疲れ。」
 「疲れましたよ。」
 「よかったろ?」
 「何が?」
 「後始末の心配も無く、消し去って清々できるんだから。」
 「……。」
 「どうした。」
 「もう一回行って来ます。」
 
 座布団から丘が立ち上がる。
 
 「どうした。」
 
 背を傾けてルームメイトが丘を見上げる。
 
 「実のところ、逃げ帰って来てね。」
 
 語気があからさまに荒い。
 腹の立っている相手に不覚を告白したから。 
 
 「ぶっ潰さないと収まらない。」
 「何にやられたの?」
 「最後の蟲ですよ、ボロボロボロボロ後から出てきやがって、周り囲まれて回復がおっつかない間にジリジリジリ削られて鬱陶しいったら!
  腹の虫が収まらないからもう一回叩きのめしてきます。」
 「俺も蟲つぶし行きたいなー。」
 「……。」
 
 こんなとき、忍者ならなんて言うべきなのだろうか。
 本当は蟲GTでこいつの頭を引っつかんで机の角にでも叩き付けたい気分なのだけれど。
 もうすっきりしたらしいこいつのご機嫌を取っておくべきなのか?どうせ明日には自分もすっきりしているのだし。
 考えた末、丘は笑顔で返した。
 
 「いいですよ♪」
 「途中で蹴っ飛ばすかもしれないけどいいか。」
 「あはー♪」
 
 その言葉で全部救われた。
 
 「もし蹴ったら、殴り倒します♪」
 
 相手もまだ怒っていて、自分と同じようにムシャクシャしている。
 
 「お前が『死ね』よ。」
 「お先に『死ね』。」
 
 自分だけがアホみたいに拘ってるわけじゃなかったのだ。二人してクスクスと笑う。

 

 

 「元革命勢力のアジトだっけ、何をどう革命するんだっけかなあ。」
 「学生運動とかそういう奴ですよねー。今の日本は穏やかに規律正しく支配されていて、まるで夢のようです。
  利権はあの頃よりきっとずっと腐って熟成してますけどさ。」
 「何がしたかったのかなあ。」
 「だから多分、政府『死ね』、ってことだったんでしょ?」
 「後先も考えずに。」
 「消えてなくして清々したいぜー!」
 「くだらねえ。」
 「くだらねえです。」
 
 二人して、過ぎた歴史を嘲笑する。
 
 「そんなくだらねえ事情で地縛霊か。」
 「それこそ正にくだらない。」
 「ああ、苛苛してきた。くだらないな、本当にあいつら。」
 「ぐちゃぐちゃにしてやりましょう♪」
 
 互いへの苛立ちはもはや消えて。
 『お前が俺を不愉快にする原因だから、消してしまえばすっきりする』
 憎しみのロジックがカチリと回りだす。
 
 GT帰還時の苛立ちの理由を丘はかみ締めていた。
 勝つのが目的じゃない。『殺す』のが目的なんだ。
 踏み潰せて当然のものに『負ける』というありえない事実を突きつけられたから、こんなにムカつくんだな。
 
 殺してやる。
 きっと、僕の殺意は、子供じみたムカつき以上の意味なんていつまでたっても持たないんだろう。
 
 玄関ホール、6匹の蟲が出迎えるのを見る頃には、丘は完全にいつもの笑いを取り戻していた。
 
 
 BGM:岸田教団で、「Telegnosis」
 以上。」
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