緩やか過ぎる終焉

 「この禁治産者!
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 
 妄想シルバーレイン……。
 
 星
 
――――掃除屋と道具。
――――其の名前を聞くと、少しだけ懐かしそうに目を細めるのだ。
――――『ただの交尾だから、興奮する。』
――――『示威の為の暴力だから、悦びがある。』
――――『理性を踏み越えるから、魅力的なのだ』
――――『それを多分、うつくしいことだ、というのだよ』
 
――――だから。
――――うつくしいものばかりの、この外道から
――――戻らないと、決めた。
――――おそらくは、ずっと昔に。
 
 
 「……わかりました。何時がよろしい?」
 
 電話の相手に、丘・敬次郎はいつもの軽口ではなく、真剣な声で問うた。
 何故、という問いは飲み込んだ。
 問い詰めらたら、沈黙の末に、「やはりいい。」と拒絶してしまいそうだったから。
 電話の相手、楠森・統次郎は、そういう男だった。
 
 
 数日後。
 丘から紹介されたのは、神奈川県厚木市のとあるワンルームのマンション。
 
 電車を乗り継ぎ数分歩いた。
 2階の、指示された号室の呼び鈴を鳴らす。
 ……返事が無い。
 もう一度鳴らす。
 ……留守か。
 もう一度鳴らし、「楠森ですが。」と告げる。
 
 扉の奥から人のいる気配が発生して、程なく、ノブが捻られた。
 
 「どうも初めまして♪
  『筧・次郎』です♪」
 
 
 「すみませんでした、呼び鈴押して名乗らないのは訪問販売と相場が決まっていますので、
  居留守を使うことにしているんですよ♪」
 
 どうぞ、と通された部屋は人が使っていない家特有の、新しく懐かしい匂いがした。
 みるとカーペットすら敷かれて居ない。
 むき出しのフローリング、コップの一つもないキッチン、テーブルも座布団もない、本当にただの、普通ではないが、ただの部屋。
 
 「いやはや、殺風景で申しわけありません♪
  流星の瞬きのように美しい色男で通っている僕にはとても似合わぬ部屋なのは重々承知しているのですが、
  何分、移動も多いし企業秘密を扱うことも多いと言う厄介な仕事をしてまして♪
  ご迷惑をおかけします♪」
 「いえ。」
 
 むき出しのフローリングに正座させられ、楠森は少しばかり居心地悪そうに帽子を脱ぐ。
 
 「背が高くいらっしゃる♪」
 「……ええ。」
 「うらやましいですなあ。
  モンゴロイドにしては珍しい。」
 
 言う彼、次郎も、楠森ほどではないが、黄色人種にしては背が高い方だった。
 187センチなんですが、負けちゃってますねえ。
 知り合いに2m越えが居るには居るんですが、そいつは日本人じゃありませんし。
 
 「そうですか。」
 
 表情を変えずに、相槌を打つ。
 これが、丘の師匠。
 『無力な奴を踏み潰すのが好き』で、
 『ぐっちゃぐっちゃに叩きのめして思い知らせるのが好き』で、
 『この世界はそんなに平和じゃないよ、僕みたいな奴もいるんだよーん♪』と、犠牲者をあざ笑うことが何よりも悦びという、魔人。
 
 筧の顔は、ずっと笑顔だ。
 ありえないほどの穏やかな笑顔。
 ……人の笑いは、馬鹿笑いをするか、嘲笑うか、苦笑いかのいずれかが大半だ。
 優しく微笑むのは、実に難しい。
 増して微笑み続けるとなれば、もうそれは狂っているか、狂気を演じているか。人間の、なんらかの平均値を踏み越えた、か。
 
 「……あの。」
 「はい?」
 
 まくしたてる筧を遮るように、楠森が声を発した。
 自分が思ったより小さく掠れた声。
 怯えている。恐れている。此処から先に。
 
 「丘……君の。」
 「はい。」
 「……。」
 
 続きを促す笑顔が、楠森には苦しかった。
 
 「……お師匠様だと、聞いて。」
 「ええ。」
 「……。」
 
 言葉が出てこない。
 聞きたいことなど、無かったのかもしれない。
 逢ってみたい。
 どんな外見で、どんな意見を持っているのか。興味がある。
 
 
 けれど、楠森には。
 決定的に言葉が不足していた。
 
 「あなた能力者なんですってね?」
 「……はい。」
 
 丘から聞いたのだろう。
 
 「銀誓館に登録してますよね?」
 「はい。」
 「ああ、やはり。」
 
 筧の顔が、うれしそうに笑んだ。
 
 「不肖の弟子がお世話になっています。」
 「こちらこそ……。」
 「さて、僕をご指名ということは、お仕事のご依頼で?」
 「……いえ。」
 「でしょうね♪
  では、ご用向きは何でございましょう♪」
 「……。」
 
 丁寧な言葉遣いのはずなのに、妙に耳に障る。
 ああ、確かに丘の師匠だ。受け継いでいる、な。
 
 茶色い瞳が、楠森の目を覗き込む。
 覗いてくれと呼ぶような、真っ黒い瞳孔に底無しの悪意を携えて。
 
 「……。」
 痺れた足をもぞもぞと組み替える。
 
    逃げるな。
 
 内なる声が囁く。
 
    そいつはただの、幽霊だ。
    お前の生みの親のように、『この世界には本当はいない』、架空の人物だ。
    感心はしても、恐れる必要は、無い。
    逃げたいのは、ただ、お前がお前から逃げたいだけなのだから。
 
 内なる声が励ます。
 
 どうやら幸い筧氏は、この手の長引く問答に慣れているようであったし。
 勝てぬのも逃げ切れぬのも、そして、殺されぬのも、分かっていたから。
 茶色い彼の瞳を、じっと見た。
 
 夜はまだ、長い。
 
 
 以上。」
 
 
広告

kiwivege について

nothing
カテゴリー: シルバーレイン パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中