sin 域

 「自覚以上にできることなんぞお前にはねえよ。
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 ……妄想シルバーレイン……。
 
 ショウタイム
 
 「ようこそ♪」
 
 津ヶ森小中学校の朽ちたグラウンドで待っていたのは、白い服を着た長身のモンゴロイドだった。
 
 「……。」
 
 丘・敬次郎が進み出ると、彼はリビングデッドの真っ赤な首を投げて捨てた。
 
 「浮かない顔をしてますね、何かありましたかな?」
 
 彼の通り名は、『先生』。
 ネット上にゴーストタウン攻略動画をアップロード続けている二人一組の能力者の片割れ。
 本名を筧・次郎と言い、丘に武術を叩き込んだ師匠でもある。
 
 「あまり、学園の所有物に手を出さないで頂けるとありがたいんですが。」
 「所有物。ああ、確かにその通りですね♪」
 
 銀誓館学園は、ゴーストが発生しやすい特定の区域を『ゴーストタウン』と呼び、発見、調査の後、生徒に鍛錬の場として開放している。
 毎日何百人という生徒が訪れる地獄の釜は、対外的にはどうあれ、実質銀誓館の所有物であると言えた。
 
 すべてのゴーストタウンには終着点がある。
 その場をゴーストの溜まり場にしてしまうほどの引力を持った強力なゴースト。
 ゴーストタウンの最深部には必ず、そう言った『支配者』がいる。
 次郎が投げ捨てた首はまさに、この津ヶ森小中学校の支配者の首だった。
 
 「他の生徒がいつ来るともわかりませんし。」
 「ですから、迅速に辿り着けるよう掃除はしたつもりですけども。」
 
 丘はここまで来るのに、一度もゴーストと出会わなかった。
 代わりに彼を待っていたのは、腐った肉片と燻る残留思念だけ。
 
 次郎は、ここに至るまでのすべてを皆殺しにして待っていたのだ。
 
 「弟子の成長を見たいと思いましてね♪」
 「なぜ里では無くここで?」
 「里遠いんですもの?」
 
 無駄話はおしまい♪
 
 とんっ、と地面を蹴って次郎が丘の眼前に着地した。
―― 他の奴が来る前に。
―― とっとと済ませましょう。
 
 両者の手が同時に出た。
 
~~~~~
 
 最初は互角。
 多少のクリーンヒットと流血はあったが、些細なもの。
 互いに武器を抜く暇すら与えない徒手空拳での闘いであったが、やはり能力者だけあって、威力は通常の人間のそれよりもはるかに大きく強烈だった。
 異変は急激に訪れる。
 丘が次郎の捌きを捌き返し、自分の掌が次郎の顎に接近した一瞬を突いて爆水掌を放ったのだ。
 跳ね上がった次郎の顔が前に戻ってくると、その表情には悪鬼が宿っていた。
 
 途端、連打が襲う。横腹、打たれてのめった頭部、手でかばおうとしたら脛を蹴られた。
 痛みに反応した顎に更に追撃が突き刺さる。
 必死で手を振るも、丘の攻撃は、あらかじめ分かっていたかのように悉くすり抜ける。
 
 訪れた違和は、土煙。地が揺れ、割れる感触。捲土を更にかき混ぜる次郎の足運び。
 
 武道の達人は、相手の間合いに入ったまま鋭い一撃をゆっくりに見える動きで交わすという。
 実はそのようなぬるりとした動きに必要なのは、速さであると次郎は語る。
 相手の予備動作から敵の攻撃の軌道を予測、決定し、その攻撃が狙い通り飛んでくることを確信してから最小限に身を交わす。
 相手が攻撃の軌道を決定するまで、一切回避動作を見せてはいけない。その上で交わす。
 
 逸れは確かに、あらゆる面での速さを要求される動作であった。
 
 『雷光』
 
 彼が全力で駆ければ自動車ですら追いつけない。
 何だと気づいたときには既に『事故』が発生している。
 
 その手口を、今まさに丘は見せ付けられていた。
 こちらの攻撃をフットワークでかわしきり、次の瞬間、地面を踏みしめた芯まで通る一撃が飛んでくる。
 
 もはやその魔速の足元は煙って見ることはできないが、時折起こるパン、パン、という破裂音から、超音速で動いているのは分かる。
 カウンターには大きく分けて二種類ある。
 相手の攻撃を避け切って、泳いでいる体を狙い打つもの。
 相手の攻撃の先を取り、潰してしまうもの。
 次郎の攻撃は明らかに前者だった。
 彼の異常な点は、『避けながらの攻撃』ではないこと。
 『完全に避けきる』『攻撃を打つ』この全力の二挙動を、丘の一撃の間にやってのけてしまう。
 次郎が、『避けてから打つ』という戦術を取ると、結果としてカウンターになってしまうだけなのだ。
 
 当たらない。触れない。突き出す手が悉く空を切る。
 反撃の手は早く正確で、防御を固めてもカバーしていない場所に間違いなく差し込んでくる。
 
―― せめて一撃、せめて一撃……。
 
 そう願いながら、丘の意識は途切れた。
 
 気がついたとき、目の前には注射器を持った師匠の姿があった。
 袖を捲くられた左腕には針の痕。
 
 「ただの気つけ薬ですよ、心配しなさんな♪」
 
 動揺した目線に次郎は笑って応える。
 
 丘は手足を動かしてみる。ダメージはまだ残っているが、不自然な痺れや弛緩は無い。
 注射された薬はひとまず、毒としては機能していないようだ。
 
 「参りました。」
 「ふふ。まだこれからですよ。」
 
 
 丘の敗北宣言を聞いて、次郎は背を向けた。
 
 「まだとは?」
 「これで最後のワンピース。」
 
 次郎はリビングデッドの首を拾うと、グラウンド中央に向かって投げつけた。
 そこには、既に1,2,3、……8人分の高校球児の姿をした死体が積み上がっていた。
 
 あれらこそ、この津ヶ森小中学校の元締め。無念の死を遂げた高等部野球部員の亡霊、『野球ゾンビ』。
 
 いや、『野球ゾンビだったもの』。
 
 「……これは。また。」
 「僕は、これの可能性を確かめたくてここに来たんですよ。」
 
 積み上げられた野球ゾンビの死体が動き出す。
 バラバラにされた肉体がもがく中に、どこからとも無く残留思念達が集まってきた。
 
 「丘君。このゴーストタウンを制圧したのは、何回目ですか?」
 「……数えてはいませんね。まあ、10回前後ってところですか。」
 「そう、そうなんです。」
 
 ゴーストタウンは、どの生徒にも平等に戦いの場を提供する。
 何度制圧されようと、だ。
 
 それは、支配者たるゴーストが真なる死を迎えていないからに他ならない。
 原理はともかく、ゴーストタウンには無尽蔵にゴーストが沸き続ける。
 どんなに踏み荒らされても、何度叩き潰されても。
 まるで『そうであること』が一つの現象であるかのように、その砦は元の姿に戻る。
 
 「来ましたよ。」 
 
 野球ゾンビを地縛霊がつなぎ合わせ、リリスが乗り込んだ姿。
 
 誰も見たことの無い、融合ゴースト。
 
 「お師匠、様?」
 「何度でも沸き続ける、地獄の釜、それがゴーストタウンの正体。
  地勢なのか、ボス共が真なる不死に辿り着いたからなのかは知りませんが、
  ゴーストタウンというのは一種の……無限の生命力を孕んでいると、考えられる。」
 
 次郎が両腕の袖から無数の暗器を引き出した。
 
 「それを、確かめにきたのです。」
 
 動き出したゴーストの塊に、次郎が叫んだ。
 
 
~~~~
 
 決着はあっという間だった。
 
 継ぎ接ぎのゴーストは次郎が放つ魔弾に穴を空けられ、ナイフで切り開かれ、拳で打ち砕かれ、バラバラにされた。
 最早元が何であったかもわからない。
 それでも、肉片はまだピクピクと動いていた。
 次郎は蟲の死骸を散らかしたような景色に踵を返す。
 
 「ふん。」
 
 鼻息一つを残して。
 
 「何を、確かめたかったと。」
 「僕らが世界最強のゴーストになれる可能性。」
 
 僕ら、とは、すなわち彼とと『お屋形様』のことだ。
 
 いずれ能力者を含む全ての異能を滅ぼすことを熱望する、悪鬼と悪魔。それが彼ら。
 
 「世界中の全てのゴーストを引きずり出して一箇所に集めることができる、という可能性です。」
 
 唯一無二の最強になれる可能性。
 裏返せば、『それさえ倒せば世界は平和になる』という、諸悪の根源に変化することのできる可能性。
 
 それを、探していた。 
 
 「収穫はあったと言って良いでしょう。」
 
~~~~
 
 次郎の肩に担がれながら、丘は津ヶ森小中学校を後にした。
 
 「あの……時。」
 「はい?」
 
 痛みをこらえながら、丘が口を開く。
 
 「なぜ……途中でギアを変えたんですか。」
 
 手合わせの最中、丘の一撃をきっかけに、次郎は確かに速度を増した。
 その後はまともな反撃すらも許されぬままズルズルと倒された。
 
 「何故って、僕が君を侮りすぎていたからですね?
  侮りを半分ぐらいにしたらああなっただけです。」
 
 あれで半分舐められてたのかよ……。
 ギャグだ、最早それはギャグ。苦笑を漏らす丘に、次郎は怪訝な顔をした。
 
 「僕の100分の1ぐらいに到達しましたよ、凄い成長力です。
  僕が対等に闘える相手がおらず、僕自身の力が伸び悩んでいるというのを差し引いても、
  銀誓館のコミュニティの力はすさまじいものだと認めざるを得ません。
  まああなたが100人で襲ってきても僕は負けはしませんが。」
 
~~~~
 
 「ここまでで、十分です。」
 「そうですか。」
 
 寮の前で、次郎は丘の肩をそっと下ろした。
 丘はまだ辛そうではあったが、どうやら立って歩くぐらいはできるようだった。 
 
 「おや、どこへ行くんです?」
 
 寮の入り口ではない方へ歩く丘に、次郎が声をかける。
 
 「こんな時間に、帰れないでしょう……。
  窓から入るんですよ。」
 「それはそれは♪では、お元気で。」
 
 白いコートに包まれた背中を見送ってから、丘は自分の部屋のベランダめざして歩き始めた。
 幽かに明かりが漏れる。あの部屋だ。
 手足の痛みをこらえてベランダに上がる。窓をたたくと、ルームメイトの明美が、めんどくさそうに鍵を開けた。
 
 『こっぴどくやられたね』
 
 言葉を話すことのできない明美がノートパソコンに文字を打ち込むと、丘ははい、と頷いて、布団に横になった。
 その後、明美が何事も無かったかのようにネットゲームの続きをはじめたので、丘は死力を振り絞って蹴りを見舞った。
 
 
 以上。」
明美の肖像
 
 
 
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