霞んだ始点

 「何様のつもりなのか!俺様でもないくせに!
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 妄想……?
 
 邂逅
 
 「では、行って参ります。留守をよろしく。」
 「アイアイ、マム。今度はいつお戻りに?」
 「出来るだけ早く。一週間で戻れれば、いいですかね?」
 「了解、下っ端には二ヶ月くらいと言っときます。」
 「うふふ、よろしく、大般若。」
 
 大般若と呼ばれた隻眼の大女は、苦く笑うと、腰に下げた大太刀の鍔をかちりと持ち上げた。
 
~~~~
 
 魔人マフィア『廃屋Lapis-Lazuri』の首領は女である。
 灰色の髪をツーテールに結い、瞼の奥に碧眼を仕舞った異人。
 肌は白磁のように白く、両の手は肘から先が銀のガントレットに包まれている。
 裾や袖の長い衣服を好み、杖を突きながらしずしずと歩く。
 背丈は150センチに満たない小柄な体躯で、歳も、一集団の首領を務めるにはずいぶんと若く見える。
 だが、それは大した問題にはならない。
 彼女ら魔人の世界では“若く見える”、という事と、“若い”、という事とは、ほとんど関連の無い事象だからだ。
 実際には数万年を生きた魔女なのかもしれないし、生まれて半年にも満たぬ赤子なのかもしれない。
 
 彼女は今、霊峰富士の裾野、深い森の中を走っている。
 追っ手に追われている訳ではない。これは彼女の、トレーニングに過ぎない。
 
 手下の魔人共が彼女に従っている理由は、仁義でもなければ人徳でもない。金ですらない。恐怖だ。
 身に潜めた無数の暗器は巨体の魔物を瞬時に沈め、
 杖に仕込んだ業物はあらゆる霊的存在を両断する。
 一度拳が振るわれればその余波だけで超人も震え上がり、
 魔を秘めた瞳は全ての精神と命を飲み込むという。
 
 それらの力を維持し、高めるためのトレーニングだ。
 
 目を閉じ、片手には杖を握ったまま山道を駆ける。
 樹木を蹴り枝を打ち暗器を投擲する。
 投擲した暗器を拾って戻り、また同じ手順を繰り返す。
 
 指を支点に逆立ちしたまま山中を疾駆、散り落ちる木の葉に幾つもの剣閃を刻み、目を見開いてあたりの霊気を吸い上げる。
 彼女ほどの身体能力になると、都会では全力を発揮できる場所が無い。
 最低限のロードワークは行うが、全力疾走をしたならば、「首都高バトルが発生してしまうだろう」と彼女は笑った。
 
 あたりが夕日の色に包まれた頃、彼女は汗の滴る体でゆっくりと山を登っていた。
 ふと足を止め、目を開く。
 
 するとそこには、彼女に良く似た女が立っていた。
 
 「お久しぶりです、筧・小鳩。」
 「お久しゅうございます、パティ・ガントレット♪」
 
 よく似た姿の二人だったが、異なる点も幾つかあった。
 筧・小鳩と呼ばれた女の瞳はパティよりも濃い瑠璃色で、衣服はパティよりも和風寄りである。
 杖も突いておらず汗もかいていない。
 何よりも、小鳩の姿は霧に浮かんでいるかのように半透明であった。
 
 それ以外は、全く同じ。体形、髪型、声や態度すらも。
 
 「相変わらず、精が出ますね。」
 「都会住まいも中々、苦労が絶えませぬ。
  山里を持っているあなたが羨ましい。」
 
 小鳩が笑いかけると、パティも笑顔で返す。
 
 「わたくしが胡坐をかいていられぬのも、あなたがそうやって力を維持して下さるからです。」
 「おや、胡坐をかいていらっしゃるので?それはよろしくありませんな。」
 「いえいえ、物の例えでございますよ、鍛錬は抜かりなく。と言えども、」
 「未だ神魔の悉くを滅するほどには至らず?」
 「お互いに♪」
 
 笑う。小鳩はにこやかに、パティは口元を押さえクスクスと。
 
 「さて。」
 
 ひとしきり談笑を終えると、パティは唐突に杖から仕込み刀を抜いた。
 刃を四つ振り、鞘に収める。
 四角く切り取られた景色がはらりと落ち、その先に実体感のある小鳩の姿が見えた。
 
 「これを。」
 
 仕込み杖を、差し出す。
 
 「……何故?」
 「必要になるからです。」
 「しかし。」
 「あなたの世界に無く、
  こちらの世界でも他に無い霊剣。
  詠唱兵器でも人間の武器でもないこれは、きっとあなたをより特別な地平へ押し上げるでしょう。」
 「……あなたの分は。」
 「何、丁度打ち直そうと思っていたのでね。
  心配も遠慮も、無用です。」
 「然様であるならば♪」
 
 小鳩は差し出された杖を受け取り、またにっこりと笑んだ。
 
 「また、暫く。」
 「はい、いずれ。」
 
 空間の裂け目はゆらゆらとその境界を曖昧にしながら、次第に閉じつつあった。
 小鳩がにっこりと笑み、パティは再び瞳を閉じて静かに笑む。
 
 「あなたの笑い方は……次郎様に良く似ている。」
 「ほめ言葉と、受け取っておきましょう♪」
 
 それを最後に、小鳩の姿は消えた。
 残るのはパティ一人。
 宵闇と梟の声が包む。
 
 また、もう一走り。
 地を蹴る音と共に、魔人は宙を駆けた。
 
 以上。」
 
 
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