月の裏側には魔王が棲んでいて、いつも地上を見つめている。いつか絶望と阿鼻の果てに滅亡させてやると嫉妬と憎悪をたぎらせて。

 「昼寝?別にいいよ?どうぞ?歯軋り?いびき?気にしないで。起きてるよりましだから。
 
 こんばんは。鳩です……。
 
 妄想シルバーレイン……。
 
 月
 
 ゴーストタウンからの帰り道。
 冬の始まりの澄んだ空気に、丸い月が浮かんでいた。
 
 丘・敬次郎は不意に立ち止まり、一緒に歩いていた少女に手で『待って』とジェスチュアする。
 イヤホンを外し、携帯電話を取り出した。
 ボタンを押して、コール音三つ。
 
 『はい、瑠璃興業でございます。』
 「お屋形様、丘です。」
 『あら、こんな夜分に何の御用で?』
 
 受話口の声が、外向けのものから内輪向けの地声に変わる。
 
 「仕事無いかな、と思いまして。」
 『幾らでもございますよ?』
 「回してもらえますか?」
 『暫く学校生活を送れなくなりますがよろしいですか?』
 「……やっぱりいいです。」
 『あなたにやってもらいたいこと、できることをこちらは回しているつもりです。
  意欲は買いますが、営業担当をそれなりに信頼するように。』
 「は。」
 『本題は。』
 「いや、ホントに仕事が欲しかっただけなんですが。」
 『金ですか?』
 「まあ、そうですね。」
 『事故でも起こしましたか。』
 「そういうのでは無いのですが。」
 『女ですか。』
 「んー、まあそうですね。」
 『どんな仕事をご所望で。』
 「身体を動かせる奴がいいです。」
 『鈍ってらっしゃる。』
 「動いてないとちょっとね、不安になっちゃって。」
 『じゃあそのまま不安になっていなさい。わたくしは必要な時に必要な命令を下します。
  あなたの精神安定の為に仕事を回すつもりはございません。』
 
 そう言って『お屋形様』は通話を切った。
 
 「……。」
 「終わりました?」
 「ええ。」
 
 少女――――セドレツィーナ・クルムロフの言葉に、丘はうつろな言葉を返す。
 
 見透かされていた。
 義務に追い立てられたいとバレていた。
 
 「どうされたのですか?」
 「は?」
 
 セドレツィーナの声に顔を向け、初めて自分が下を向いていると気づいた。
 
 「まるでリビングデッドのような顔をしておりましたが。」
 「夜風に当てられましたかねー。」
 「最近は冷えますものね。」
 
 お互い前を向く。
 左右に家が並ぶ団地の道。
 上手く立ち回れば、警邏中の官憲もすぐに撒ける定番コース。
 能力者である二人が一般人から危害を受けることなどあるはずが無いのだが、警官に言っても分かりはしまい。
 
 「話してくれなくても結構ですが。」
 「はい?」
 
 丘が再び顔を向ける。セドレツィーナの顔はまっすぐ前を向いたままだった。
 
 「わたくしは望叶(みかのう)・タマエではありませんし?」
 「ふん♪」
 
 片思いの相手の名を出され、丘は鼻で笑った。
 
 「ただ、あなたを深く知る人間の一人だという自覚はそれなりにあったんですけどね。」
 「そうですね。あなたはとても理解してくれている。」
 「……。」
 「……。」
 
 カツカツと、アスファルトを踏む音が夜空高く通る。
 こんどは丘から口を開いた。
 
 「次の趣向は囲炉裏を囲んでという事ですけど、何かリクエストはあります?」
 「肉を持ってきても?」
 
 丘が運営するサイト、『瑠璃色の丘ウェブログ』のオフ会企画。
 次回第二回は、ゴーストタウンの民家を借りての談話ということになっている。
 丘が招待した能力者たちが集まり、オフレコな話を秘密でするという内容だ。
 
 「ええ、どんな肉でもいいですよ、食べられれば♪」
 「それはよかった♪楽しみにしていますわ。」
 「こちらこそ。」
 
 「ではわたくしはこちらですので。」
 
 セドレツィーナが四辻を左に曲がる。
 
 「はい。お疲れ様でした。」
 「キューちゃんによろしく♪」
 「伝えておきます。」
 「それと、オフでは話してくださいね。さっきの電話の内容。」
 「仕事の事ですからねぇ、口外はできませんよ。」
 「わたくし、期待してますから♪」
 
 では、と頭を下げて、彼女は闇の中に紛れて行った。
 
 その小さな背中を見送らず、丘は前を向く。
 
 「女は強いな。」
 
 見透かされていた。
 まあ当然か。思い立ったように「仕事が欲しい」だなんて、不自然以外の何者でもない。
 
 外したイヤホンを耳に戻し、月を見上げる。
 里で死体を埋めに行ったときにも、こんな月夜の時があったっけ。
 
 ゴーストタウンに行くのは仕事じゃない。
 運命予報を聞いて出動するのは仕事じゃない。
 学業に励むのは仕事じゃない。
 体を鍛えるのは仕事じゃない。
 
 男のがなるような歌声が、脳を揺さぶる。
 丘は走り出した。
 ゆるいコートが鬱陶しく揺れる。
 
 全ての能力者に不幸を。
 悉くのゴーストに死を。
 あらゆるヒトに幸せを。
 
 それを。その使命を俺にくれ。俺にさせてくれ。死ぬ度胸はない、生きていたいんだ、
 俺を生かしてくれ。生きていさせてくれ。
 
 月は煌々と輝き、小さき者を嗤っていた。
 
 
 以上。
 
 参考:THE BACKHORNで、『赤眼の路上』」
 
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