本当に危ないことは、誰も知らない陰謀の中で。

 「選民思想じゃない。お前が民じゃないだけ。
 
 こんばんは、鳩です……。
 
 妄想シルバーレイン……。
 
 淫夢の化身に暁を
 
 「……。」
 
 得物のナイフを研ぐ。
 
 おかしなものだ。
 忍者として、敵と相対するとき一度だって気を緩めたつもりはない。
 けれど、いざ戦争となれば気を入れて手入れをしてしまう。
 己の愛着のある武器で戦おうとしてしまう。
 
 そも、武器に愛着を抱くこと自体、凶手失格物の思想であるはずなのだけど。
 
 暗殺の場合、「何かに見せかける」必要がない限り、凶器はその場に捨てていく。
 押収され指紋が取られようと関係ない。
 指紋と自分自身をつなぐ情報がなければ、捜査の手がここまでたどり着くことは無い。
 それよりも「持っているところを見つかる」方が致命的だ。
 証拠が逮捕の決め手になるのは万国共通。得物を持ち歩いている限り、どこに逃げても逮捕の危険がある。
 だから得物はできるだけすぐに手放して逃げる。
 そのはずなのだが。
 
 「……。」
 
 丘・敬次郎は今、2年連れ添ったナイフを磨いている。
 能力者という非常な境遇において、凶手の常識など通用しない。
 世界の理屈に反する存在である丘は、その行いを一般人に関知されることがない。
 だから逮捕の危険もなく、また、能力者の殺し合いにおいて成否を分かつのは手練や準備よりも純粋な戦闘能力だから。
 より強い武器をもつことが優先。
 どうせ彼の殺戮は誰にも知られることが無いのだから。
 
――――理屈に合わぬ出来事を握りつぶす。
 それは、『世界結界』と呼ばれる地球全体に張り巡らされた結界の成す業。
 これが時には人に幻を見せ、時には記憶さえ奪い取り、能力者やゴーストの存在を世界から隠蔽し続けている。
 
 今回の戦いに、『巡礼士』と呼ばれる一派がかかわっていると言う。
 彼らは千余年前に、この世界結界を作った組織だ。
 即ち、丘・敬次郎の、彼の属する瑠璃忍者団の、真の敵だ。
 
――――何故、瑠璃忍者団は彼らを敵とするのか?
 それは。
 
 
…………………
 
 「我々と彼らがケダモノだからです。」
 
 鎌倉某所喫茶店にて。
 短く刈った髪を白く染めた少女が、パフェを崩す手を止めて言った。
 彼女の青い瞳が、正面に座る、妙なヘルメットを被った少女を見据える。
 

 「彼らは、人を容易に殺す力を持ちながら、人の社会からライセンスを許されていない。
  だから、ケダモノなのです。」

 『頬にクリーム』

 「失敬。」
 
 メットの少女がノートパソコンのキーボードを叩き、ディスプレイに文字を出すと、
 短髪の少女がナプキンをとって顔を脱ぐった。
 
 短髪の少女の名は、鳥越・九(いちじく)。
 瑠璃忍者団百々目鬼衆筆頭補佐。
 丘・敬次郎と同じく銀誓館学園に通う、12歳の若い能力者だ。
 

 「巡礼士が世界結界を張ったとするなら、それは、怪異と人を切り離したということです。
  人間が人間として人間の危機を乗り越えるべきチャンスを、1000年に渡り奪った、と。
  お屋形様も大変ご立腹です。

 『その話は 嫌というほど ケイジロから聞いた』

 「そうですか。」
 
 メットの少女の名は、明美。
 元は丘・敬次郎の使役ゴーストであり、サキュバスと呼ばれる種に属する。
 サキュバスはゴーストの持つ殺戮衝動から逃れた代わりに、声を発する力を失っている。
 
 ……だからと言って、パソコンまであてがわれるのは極めて珍しいことだが。
 
 『ケダモノだから ヒトじゃないから とか
  正直 死にたがりの 自己嫌悪には うんざり』
 「丘様は死にたがりではありません。」
 
 三つ目のパフェを制圧しにかかっていた手を止め、鳥越が応える。
 
 「『長くは生きられない』と自覚しているだけです。」
 
…………………
 
 ナイフが手になじむのは、単に戦闘経験からだけではない。
 丘の趣味に、否、性的嗜好に、「解剖」がある。
 筋繊維の繋がり。張り巡らされる神経と血管。
 血液、体液、電気信号を用いて、極めて精密に動くその仕組み。
 彼はその中に淫らさと美を見いだした。
 里は彼のために定期的に少女を誘拐し提供するほど。
 
 だからこそ、丘はゴーストや能力者が憎い。
 
 ヒトという種が数十万年という時を経て身に付けた精巧な仕組みを、彼らの存在が否定する。
 腐肉、あるいは霊体、あるいはリリス、あるいは能力者。
 それらは、厳然と存在する人間の機構を無視して駆動する。
 丘にはそれが許せない。
 自分の大事なオカズを否定されるのは、性欲旺盛な少年が殺意を抱くに十分な理由だ。
 
 だからお前をバラバラにする。
 「揺籠の君」、おまえには皮膚の下を、臓腑の表面を、骨の中身を鑑賞する程度の価値しかない。
 『他のすべての銀の落とし子と同じく』、当たり前のように死んで失せろ。
 
 銀誓館は、未だかつて大規模な作戦行動で敗北したことが無い。
 万を数えるその戦力にあらゆる敵は屈服した。
 
 丘は笑う。
 圧倒的な力と淫靡の引力でリリスの群れを率いるお前も。
 時に逃げを打ち、時に囮を放ち賢しく立ちまわっていたように見えるお前も。
 やはり当初見立てた通りに、阿呆だった。
 
 「いや、やはりそれも、大御神の意向なのですかね?
  ならば、互いに哀れな人形でありますことよ。」
 
…………………
 
 「不自然なほどです。」
 
 鳥越は既に四つ目のパフェを略奪し切り、オレンジジュースにて胃袋を休ませているところであった。
 
 『そのミニマムな体に パフェが4つも収まるほうが 不自然』
 「今まで姑息に動くことを躊躇わなかった彼女が、
  ここにきて城壁を築いた。
  ……聖杯というメガリスの準備にどれほどの時間がかかるのか知りませんが、
  銀誓館の物量作戦の呼び水を撒いたのは、理解しかねる愚挙だと判断します。」
 『彼女は 贄を必要としていた
  戦場に現れる 学園生徒たちを ささげるつもりなんじゃないの』
 「警戒の必要はあるでしょうね。
  ただ、違和感、といいますか、ちぐはぐな感じはあります。
  こちらを迎え撃つ準備をしているが、あまりにも「迎え撃つ」方に偏り過ぎているというか。
  退けて守る、という意図が見えないのです。」
 『誘いじゃないの』
 「かといって、防御に割かれている戦力が餌兵のようにも見えない。
  それなりに全力で抵抗してくる様子。
  ……その上で、戦場の我らを生贄にする術式を仕込んでいるなら敗北を認めますが。」
 『そこまで頭良くはみえないよね 細君は』
 「はい。あれには戦術はあっても、戦略がありません。
  あれは、ケダモノです。」
 
…………………
 
 丘が拘るのは、その点もある。
 人は、自らの力で武器を発明し、未開の土地に潜む獣を駆逐していった。
 善悪はどうあれ、人間社会の外にある獣を排除することで、人は文明を押し広げていった。
 
 ならば、ヒトの価値観に阿りもせず、ただ我欲で殺戮を続ける『アレ』は、
 紛うこと無きケダモノだ。
 ヒトの手によって殺されているべきもの。
 
 ヒトがヒトのヒトたる強さによって駆逐するべき、ヒトの不倶戴天の敵でありながら、
 そう「認識することもできない」。
 
 腹立たしい限りだ。揺籠の君も、世界結界も。
 
 揺籠の君は、能力者や人間、同胞のはずのリリスにさえ、極めて超然とした態度をとっている。
 何が起こってもペースを崩さず、気にもかけない。
 それこそそこらのリリスの方がまだ話が通じるぐらいだ。
 
 なまじ人間のような形をして、言語を操るからややこしく思う。 
 アレは、野犬の群れのボスのようなものだと思えば、すべてはクリアになる。
 ケダモノだから、アレは思慮や信念の見えない行動しかしない。
 
 価値観を共有できぬ害獣。生活圏を奪い合う別種。
 ヒトの手によって殺せぬなら、ヒトの道具たる我らがやる。
 
 『我ら』でなくとも、『瑠璃忍者団』がやる。
 
 もはや解剖する気も失せた。
 理性と感情のある人間のナカミだから、イイのに。
 
 粛々と、ただヒトのために。
 全く、命を張るには高揚の足りない戦だ。
 
…………………
 
 鳥越と明美、喫茶店から帰る道すがら。
 3月も下旬。春の陽気は俄かに気温を上げ、厚着の肌は少々蒸した。
 鳥越は鞄に上着をしまい、明美は片手に提げ、並んで歩く。
 
 「明美様、あなたは此度参戦されますか?」
 『ケイジロが 呼ばないなら 行かない』
 
 ノートパソコンに代わって、携帯電話のディスプレイで明美が応じる。
 
 「仲がおよろしいようで。」
 『契約が無いだけ 仲は悪いよ』
 「では、丘様が呼べば行くと。」
 『契約には 逆らえないから』
 「行きたくはないのですね?」
 『痛い目みるのは 好きじゃない』
 「でも契約があれば行く。」
 『何が聴きたいの』
 「別に。」
 
 行動どころか、感情や意思すらも、上位存在に操られている。
 それは我ら瑠璃の忍者だけでなく、あなたも、揺籠の君でさえも、そうなのではないか。
 
 ふと、思っただけだ。
 
 
 
 以上。」

 
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