弾道計算

「馬に死ぬまで蹴られろ。

こんばんは、鳩です……。

妄想バロックナイトイクリプス……。

ブラックダイヤモンド

鳩目・ラプラース・あばたは仕事が終わるたびに手袋を焼く。
シンクに陶器の器を置いて、細切れにした手袋に火をつける。伸びた煙がゆっくりと換気扇に吸い込まれるのを、鳩目はじっと見ている。
やがて炎は小さくなり、ちり、ちり、と赤く小さな点に変わり、それも尽きれば皿の上には手の形をした灰が二つ重なった。
水栓を捻るときゅるりと軋み蛇口が強い水流を吐き出す。皿の表面を荒く撫で灰を排水溝に流し、水栓を閉じて皿をカゴに突っ込む。

今日の鳩目にはもう一つ仕事があった。クローゼットを開けた後、予備の手袋の入った棚を前に暫し考える。
結局、手袋は着けて行くことにした。

—-

自分の革靴の音が遠くまで響く。一日を終えた体は疲れ、鞄の重みが手に喰いこむ。
ビル風ならぬマンション風がゆるく吹き、汗ばんだ体を冷ます。
風呂の後の晩酌と肴に思いを巡らしていると、夜道をこちらにかけてくる少女。
そりゃあ誰だって立ち止まる。

「倉島さんですよね?」

名字を呼ばれれば目を見てしまう。

「わたし、博子さんと同じクラスの森川と言います。」

娘の名前まで言われたら、無視して去ることなど出来まい。

「こんな夜中に何だ。」
「あの、博子のことでどうしても……伝えておきたい、ことが。ありまして。」

森川と名乗る少女は目線を泳がせる呼吸も早く、何やら焦っているようだ。

「落ち着きなさい。何だい。」
「すみません……あ、あの、ちょっと座ってもいいですか。」

手袋をはめた手を口に当て、森川は苦しそうに震えた。

「大丈夫か?じゃあ、そこの公園に。」
「はい。ありがとうございます。」

公園に入り、ベンチに並んで腰掛ける。

「ふう。」

倉島は鞄を横に置くと息を吐いた。

「で。」

放った声は自分で思った以上に語気が強く、反省する。
冷えた風が吹く。

「……何だ。博子の事で話と言うのは。」
「はい……。」

背後で車が止まる音がした。

「あの」

意を決し身を乗り出した森川。
倉島がその瞳をしかと見つめると、森川は片手で倉島の手を強く引き込み、もう片方の手で倉島の首を握り骨を潰した。
虫の声が変わらず響いていた。

—-

窓のない応接間。空の灰皿が証明を反射して光っている。
テーブルの上には何枚かの書類と、カラーの画像を全画面表示させたノートパソコンが置かれていた。画像は鳩目が夜の公園で男性の首を握りつぶす瞬間を捉えたものである。

「フィクサードであると断じられて然るべき内容です。」
「はい。」

アークの職員は机越しの鳩目に告げた。
「倉岡」という名前を訊いた時は名前の類似に少しだけどきりとしたが、今はもう全く冷静に返答ができる。

「万華鏡(カレイド・システム)に引っかかった時には、フォーチュナは目を疑ったそうです。」
「でしょうね。」

万華鏡はフォーチュナという予見に長けたエリューションによる予知システムだ。
鳩目の仕事の現場が見つかった、ということは、実際には仕事が行われる前にそれを捕捉していたということになる。
鳩目の手で一般人が殺される。それが分かっていながら。

「見逃して頂いた。ありがたいことです。」
「敵に回すつもりですか。アークを。」

蛍光灯がチカチカと点滅した。鳩目を睨む倉岡の瞳も点滅して見えた。

「……仲良くしたいとは、思っています。」
「あなたの事はこれが初めてではありません。」

倉岡がクリアファイルを鞄から取り出し、テーブルに投げる。

「今までにも何件か観測されています。これらは、」
「フィクサードならどうするおつもりですか。」

蛍光灯がチカ、チカと鳴った。

「リベリスタとフィクサードが別のものだと思っていますか。」

鳩目が睨め上げる。少女にしか見えぬその風貌ながら、眼光だけは淀み切ったヤクザのそれだ。

「わたしはそうは思わない。
わたし達は確かに、エリューションでありながらフェイトを得て、この世を『崩界』に導かない稀有なる存在です。
ですが、それ自体に善悪は無いでしょう?
ある面からみればわたし達はリベリスタだが、ある面では私利私欲で人間社会を混沌に陥れているフィクサードだ。」
「詭弁ですね。」
「承知しています。
しかし、『わたしの思う正義』と『アークの思う正義』が一致していないのは当然のことです。
増して、アーク側からの依頼には殺人を目的とする者もある。
わたし達はリベリスタでありながらフィクサードでもある。」
「そうであったとして、今回のあなたの殺人行為が悪であることに変わりはありません。」
「そうであったとして、あなた方はわたしをどうするつもりなのですか。」

扉の外に何人かの兵が控えているのは感知していた。同時に、彼らは『倉岡』の身を守るために居るのであって、鳩目・ラプラース・あばたというフィクサードを討伐するために居る訳ではないこともわかっていた。
アークは人手不足だ。例え人格に問題があろうと、そこそこ有力なリベリスタを自ら始末する余裕はない。
また、リベリスタを糾弾することは、他のリベリスタへの士気にもかかわる。リベリスタは一般人と比較して特殊な生い立ち、特殊な生活をしている者が多く、それゆえかなりの自由を約束する必要がある。鳩目を処刑することは、『アークの意向に反する者は処分する』という誤ったメッセージを発する恐れもあった。
鳩目もそれを知っている。アークは自分に「お願い」までしかできないと。

「帰ってもよろしいですか?」
「……はい。」

蛍光灯は、またチカチカと点滅した。鳩目が席を立ち扉に手をかける。

「長生きできませんよ。」

倉岡構成員が言う。

「存じております。」

それでも、あなたがたより一日ぐらいは長生きします。あなた方の息の根を止めるのがほかならぬわたしであるが故に。

扉の先に居たリベリスタ達を手で制し、鳩目は廊下を歩いて行った。
彼女の足音はリノリウムに反射してよく響いた。

以上……。

アイコン

広告

kiwivege について

nothing
カテゴリー: バロックナイトイクリプス パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中