ロールプレイングゲーム2

「お前をクソと言ってしまったら、クソの方がクソ以下に穢れる。
 妄想バロックナイトイクリプス……。


歩き出せません

アスファルトにスニーカーの靴底が焼き付いている。
地面が靴の形に陥没し罅割れている。天下の三高平市と言えど、「またぞろエリューションの仕業か」では済まないのだ。

動画サイトの時報に思考を遮られ、鳩目あばたは顔をしかめながら500mlのビール缶をゆるりとキーボードの横に置いた。引き戸の奥の暗闇では、幼い娘が寝息を立てている。
ctrl+sを押してエディタのソースを保存。す、と立ち上がり、足元に立ててあった500mlの空き缶を拾うと、音をたてぬよう流しにそっと置いた。クローゼットからコートを引っ張り出し財布をポケットに突っ込む。
先ほどキーボード横に置いた缶にはまだ半ばほど液体が残っていたが、飲み切らぬうちに補給をしたかった。
ベッドのそばに立ち、娘の顔を見下ろす。左耳に痛々しい古傷。彼女を見受けする前、鳩目が戯れに撃ち抜いた痕。
傷口を覆うように右手でそっと掴んでみる。傷の隠れた頭をじっと見つめる。
溜息と共に手を放すと、鳩目は部屋を出た。

マンションの廊下を歩きながら、携帯音楽端末をくるくると操作する。口ずさむ彼女を咎める者はいない。エレベーターを降りエントランスを出ると空気は別物の冷たさに変わった。鼻歌は白い息になり、彼女の行く手を彩る。

コンビニには曲が2ループするころに辿り着いた。
ビーフジャーキーと裂きイカとスナック菓子、それに500mlビール6缶セットを籠に突っ込んでレジへ。「余分」があると言う安心と愉悦が欲しくて二晩分ほどを購入した。
店を出ようとするとガチャンと音をして鳩目の首がひきつった。幻視をかけて見えぬようにしていた彼女の頭のアンテナがガラス戸にひっかかったのだ。店員の視線を背後に感じつつ、そそくさと早足で立ち去る。

普段であればしない油断。酔いを自覚する。酒とつまみを二晩分も買ってしまったのも、己知らず浮かれていたからだろう。
ギガントフレームの体温調節機能は非常に優秀だから、火照りは全く感じない。それでもイヤホンから聞こえる音楽に声を合わせれば顔がほころんでしまうから、ビール1リットル分に相応しいだけの酩酊は確かなようだ。

同じプロジェクトの人達は知るまいな、わたしの登録するコードが酔っぱらった状態で書かれたものであるなどと。コミットする際のコメントには「慎重に改良させて頂きました」だの「役立ててもらえれば幸いです」などと殊勝なことを書いているが、実態はこの通り。まるで嘘だ。ネットの海を隔てた嘘。虚栄。虚構。

それで何が悪いか。動いていればいいじゃないか。それでお互いにハッピーだろう?

そう笑って口ずさむ声を大きくした矢先だったから、肩を叩かれた時は逃げ出したくなるほどびくりとした。
鳩目が振り向くと、白いスーツを着た青年が笑っていた。

「もう一杯どうぞ。」

青年はそう言った。
鳩目がイヤホンを外して「はい?」と聞き直すと、青年は「もう一杯どうぞ」とリピートする。

「幻覚は悪魔の領域ですから。」

鳩目はもう一度「はい?」と聞き返す。

「あなたの考える神や悪魔が、この世界にまともな形で姿を現せるはずがないでしょう?」

鳩目は言葉は返さず、男をにらみ返す。視線をそらさぬままレジ袋をそっと地面に置き、ポケットから黒い革手袋を取り出して嵌めた。

「一つだけ質問をする。」

そういうあばたの腕からかすかな機械音がした。

「はい。」

男は憎らしいほど爽やかな笑顔で答える。

「わたしの名前を言ってみろ。」
「『鳩目・ラプラース・あばた』。」

言い終わるのを待たずあばたの脚が地面を蹴った。手が青年の首を狙って伸びる。手ごたえは無い。あばたは身体ごと青年の身体を突き抜けた。つんのめった身体を立て直し振り向くと、青年も笑顔で振り返っていた。

「さあ、もう一杯。」

レジ袋から引き抜かれたビール缶を鳩目が奪い取る。幻影のくせに物に触ることは出来るらしい。もぎ取ったビールを袋に戻しつつ、鳩目は青年を観察する。
つま先立ちの青年の身体はまるで宙に浮いているようだ。身体をすかして夜の闇や家屋の明かりが見える。本人の申告通り、彼が幻影であるのは間違いがないようだ。

「さあ、もう一杯。」

同じ言葉を繰り返す幻影に鳩目はうんざりした顔で天を仰いで。
アクセスファンタズムから銃を実体化させた。破界器(アーティファクト)ならばあるいは。
音がするから使いたくは無かったが、と眉を顰めながら引き金を引く。サプレッサーで抑え込まれた銃声がビルディングに反響する。幻影は、水面のように少し揺らめいた。効いている、とは言い難い。

「……目的は?」
「……さあ?」

鳩目の問いに、青年は肩を竦めた。
誰、とは聴かない。鳩目あばたの名前を知った上で現れた、それだけで十分だ。

「酔えば分かるかもしれませんよ?」

青年の言葉を聞き流しつつ、鳩目は千里眼のスキルを起動させた。
実体をもたない幻影、ただし都合よく物には触ることができる。化物(エリューション)連中の中でもかなり特異だ。彼自身がエリューションであるのではなく、「こういうもの」を作り出すようなアーティファクトか何かが近くにある可能性の方が高い。鳩目はそう判断した。

「……出てきてください、師匠。」

果たしてその目論見は結実する。
ビルの角から、長い黒髪をツーテールに結った青年が歩み出た。

「あー、そう言えば千里眼使えるんでしたっけ?」
「何の冗談ですかこれは。」
「まだ酔いが足りないと思いまして。」
「覚めちまいましたよすっかり。」

銃口は下げないまま。白いスーツの青年の姿はいつの間にか消えていた。

「ではもっと飲んでください。」
「だから何故。」
「ボクらと。踊る為に。」

銃声。男が頭をのけぞらせて吹っ飛んだ。
起き上がりかけた男の顔面にさらに銃弾が撃ち込まれる。衝撃で男の身体が地を擦る。

「いいんですか?そんなに派手に音を立てて♪」

首を向ける男の顔には傷跡ひとつない。

「……どうすればあなたは死ぬのですか。」
「酔いなさい。」

男は埃を払いながら立ち、笑う。

「そうすれば、僕らを捉える事が出来る。」
「御免蒙ります。」
「何故?」
「わたしは……。」

男の身体が唐突に横に倒れた。その背後には日本刀を振り切った鹿毛・E(イージィ)・ロウが立っていた。

「無事ですか?我が主。」
「一応はな。」
「全く、こんな場所でバカスカ撃つなんてらしくもありませんね♪」
「……。」

主君鳩目に軽口を叩きつつ、鹿毛は手に残る感触に驚愕していた。
エリューションを切り伏せる太刀「大般若」が、まるで木刀で丸太を叩いたように弾かれた。物理無効の障壁を疑ったが、押し倒すことはできている。物理的な衝撃、運動量は受けている。
鹿毛の脳内に最悪の想定が浮かんだ。

「鹿毛君でしたっけ?」

男は立ち上がり、鹿毛にも笑顔を向けた。

「ナメた名前にもほどがありますね、と僕も言われたことがあります。」
「へえ、どなたからですか?」
「あなたの知らない人です。」

交差点をバンが一台通り抜けた。鹿毛の刀が車のライトを反射して光る。

「鹿毛、下がれ。」
「……御意。」

鳩目の言葉に、刀を構えたまま下がる。

「さあ、二人でお飲みなさい♪」

男がビール缶を差しだす。その手にはいつの間にかレジ袋が握られていた。

「返してください。」
「返しますとも、さあどうぞお飲みください。そして酔って僕と、」

差しだされた手が鹿毛の刀に寄って跳ね上げられた。ビール缶が高く高く宙を舞い、応じてジャンプした鹿毛の手に収まる。

「我が主の物を盗むのは例え主の師と言えど許容しかねます。」

鳩目の出した手に鹿毛は恭しくビール缶を納める。

「いい教育してますねえ、あばたちゃん♪」

男はうれしそうに笑った。

「わたしは教えた覚えはありません。」
「どうしても飲めませんか?」
「何故酔わねばならないのですか。」
「さもなくば、あなたたちは神に届かない。」

男が片眉を上げる。

「神とは、異次元の者です。
パンケーキのように重なったチャンネルを横から見る者。
物語を自在にザッピングし時空を超えて読む者。
そして、物語の中にまともな形では現れ出でることが出来ない者。
幻、例外。そういうものは、この世から足を踏み出さないと触れることが出来ない。」
「あなたには触れる。」
「でも通じない。
僕もまた、向こうに片足突っ込んでる存在ですから。
アザーバイドでもミラーミスでもなく、ただただ神と呼ぶしかない無力で全能な存在に。」

その言葉に鹿毛は自分の斬撃や主の銃弾が通じなかった理由を理解する。
神の領域に至りつつあるこの男には、恐らく攻撃そのものが通じない。
物理現象としての衝撃や運動は受け入れても、絶対にダメージは受け付けない。だからこそ、銃弾も刀も身体に食い込まない。食い込まないから衝撃だけはもろに受け、押し倒される。
なんとか帰ってもらうしかないのか。鹿毛が思案している中、鳩目が口を開いた。

「無力で全能、とは。」
「言葉通りの意味です。
僕は君らに何でも出来るが、この世界には何にも出来ない。
僕が今この場で君らを殺そうと、ビルを壊そうと、日本を沈没させようと世界を崩壊させようと、明日には変わらず君らは生き、何も起こらないまま世界は進む。
読者に物語を改変することができないように。」
「ここが。この世界が物語だと。」
「いずれ君も理解します。
だから飲んでください。そうして幻に触れ、僕らと本当の対話をしてください。」

銃声。男の身体が再び地面に突き倒された。

「帰ってください。」

鳩目は強くそう言った。

「あまり音を立てるのは感心しませんね。神秘の隠匿とやらも大事なのでしょう?」
「そんなものは糞食らえです。」

左手の機関銃の引き金を思い切り引き絞る。連続して吐き出された銃弾が男の身体をはるか後方へ押し飛ばした。

「主、そろそろまずいですよ。」
「神秘を隠匿しなければ滅びるような人類なら滅びるがいい!」

右手の銃からさらに鋭い弾を放つ。

「何が本当の対話だ。
本当のことなど何一つない!娘も!わたしも!神秘が秘匿されたこの世界も!全てが嘘だ!
わたしはあなたの為に嘘を暴いたりしません。
わたしたちが作り物ならあなたも作り物だ。
ですからわたしはこの作り物の世界であなたを待ちます。
神も悪魔もこの嘘の中に引きずり降ろし、この嘘の中で迎え撃つ。」

だから帰れ。

「はははははははははは……!」

男は高笑いしながら立ち上がり、べろりと舌を出して鳩目をねめ上げた。

「わかりました。それじゃあ帰ります。楽しみにしていますよ♪」

そう言って、男の姿は霧となって消えた。
遠くパトカーのサイレンが聞こえる。

「主、そろそろ行かないと。」
「わかっている。」

鳩目は落ちた薬莢を拾うと鹿毛の手をとり共に地を蹴った。

アスファルトにスニーカーの靴底が焼き付いていた。

以上……。」

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