Glorious Anthem

「失われてすらいない。存在しない。貴様ごときの望むものなど未来永劫。

こんばんは鳩です……。

さてさて妄想バロックナイトイクリプス……。

Haunting Hymn



――――引き裂いた闇が吠え 震える帝都に



兎に角早老症という病は加藤・ゲオルギエヴィチ・敏伍という男の人生をまるで早回しにしてしまったのである。
外に出されることはなかったし、彼自身も誰かの前に出ることなく死ぬのであろう人生について、諦めるともなく諦めていた。何しろ絶望する前に希望のかけらもなかったわけだし、彼と一緒に幽閉された失敗作達は彼自身と同じくまともな姿をしていなかったから。
彼は本当にただ運が良かっただけだ。同室の子らは心を病んで暴れて死んだり、身体を病んで腐って死んだりした。いずれ自分の番だとおもっていたし、実際彼の体は老いに蝕まれ、あるときから動くのも億劫になり、食事も苦痛になり、息をするのさえ窮屈に感じるようになった。
僕は死ぬのだ。
そう思い寝て起きてまだ生きている。今度こそ死ぬのだ。そう思い寝て起きてまた生きている。
生きていることに希望などなかったから、死への不安でいっぱいだった。
息苦しさに目覚めると、今まさに自分は死ぬところであった。息ができない。腹にも胸にも力が入らない。指の一本も動かない。苦しいのに苦しいと伝える術もない。伝える相手さえここにはいない。死ぬのだ。死ぬ。でも誰にも伝えられないのは嫌だ。苦しい。苦しい。苦しいと誰かわかってくれ。
酸欠に意識が途絶え、苦痛が幾分和らいだ瞬間、彼の心臓が激しく脈打った。
肺が生命を取り戻し、急速に息を吸う。自分の荒い呼吸の音。こんなに強く息をすることはついぞなかった。それだけでなく、四肢の筋肉にも力が漲る。
ベッドから立ち上がると、彼は唐突に自分の身の理不尽を理解した。
そうか。そうか。僕のこの有様は異常で、僕の身の回りのこれらも異常で、本当はもっと沢山の人生がこの世にはあるんだ。

「十五号。おめでとう。」

狩衣を着た男がいつの間にか横に立っていて、さほどめでたくもなさそうにそう言った。
​​
​​
加藤の誕生はとにかくそういう風であったから、彼が依頼する仕事もしばしば、無茶な場合がある。
しかもそれを笑顔で言うのだ。

「そんな期日では間に合いませんよ。」

鳩目・ラプラース・あばたがにべもなく言えば、

「では別の方を当たりましょう、今日はご足労ありがとうございました。お帰りください。」

と笑顔で返す。

あの時死んだ自分の心臓を動かしたのは、きっと何かの怨念なのだと彼は思っている。

「もう二日あれば準備ができるのですが。」
「二日も超過してはダメなのですよ。ダメ、ダメなんです。まったくダメなんだ。」
「何でそんな我儘なクライアントから仕事を受けるのか。」
「僕にもきっと時間がないからです。」

早回しされた時間は、今はまだ止まってくれている。いつ動き出すかはわからない。
怨念は言ったのだ。帝都を滅ぼすまでは、我は不滅であると。
また、違う声色でこうも言った。凍土を汚す血はまだ流れきっていないと。

そんなのは戯言で幻だ。付き合うのも馬鹿らしい。
だから、付き合ってやろう。育ち損なった非力な肉体、死に損なった哀れな魂。
そんな人生の中で唯一確かな物が怨念が残した戯言と幻というのならそれに縋るしかないではないか。
だから彼は笑って言うのだ。

「拾った命だ。楽しくいきましょう!」



――――悪を蹴散らして 正義を示すのだ



先手さえ取れていれば、というつぶやきが口から溢れそうになり、鳩目・ラプラース・あばたは奥歯を噛み締める。捨てさせられた銃からはもう10mも離れている。人質となったサラリーマン風の男は首筋にナイフを突き付けられている恐怖より寧ろ首を抱えられた窒息によって目を白黒させているようだった。
人質を抱えたターゲットはそのままビルの出口へとあとずさり、そして人ならぬ脚力で一気に走り去る。させじと追いすがるリリ・シュヴァイヤーの脳内に声が響いた。

『後ろです!』

振り向いたリリと鳩目。もう一人のターゲットが二人の視界に映った時には、彼は既に呪印を完成させていた。
ターゲットの頭上に煌めくセーマンから黒縄のごとき呪いが伸びる。リリはすんでで身を翻したが鳩目はかわせず縛りあげられてしまう。

「鳩目様!」
「前、前!」

他人より自分を心配しろと叫んだ鳩目だが、皮肉にもターゲットが突撃してきたのはその鳩目の方。屈強そうな肉体から放たれた掌打が鳩目の胸部を強く打った。衝撃はプロテクターを貫通し、肺の臓と心の臓を激しく揺らす。

『そいつを拾って!』

走り寄るリリに、喀血に詰まる喉の代わりにテレパシーで指示する。掌打に続く蹴りは身を捩って何とかクリーンヒットを防いだものの、バランスを取りきれず鳩目はそのまま床に転がってしまう。

「これですかっ!」

リリの足元のほど近くには、鳩目が捨てさせられた銃器が転がっていた。
ベルト給弾式小銃『シュレーディンガー』と拳銃『マクスウェル』。
鳩目はこれを片手に一丁ずつ持って使っていた。自分が捨てさせられた武器はまだ遠い、これを使うしかない。

(重……!)

長大な見た目より更に大きい重量にリリの動きが一瞬止まる。男はリリの動きを見逃さず、狙いを定めると素早く呪縛の印を練る。だがその脚に鳩目が脚を搦め引き倒す。
リリが放った銃弾から跳ね逃げ、男は壁を走り机の影に身を隠した。
呪縛から逃れた鳩目は走り出し迷わずリリの銃を拾う。
『十戒』と『Dies irae』。祈りの右手銃と裁きの左手銃。初めから二丁で扱うために作られた神秘の魔銃は、鳩目の膂力には如何にも軽く、頼りなく感じられた。
鳩目とリリは視線を交わす。武器を返し合いたいところだが、そんな隙を見せる余裕はない。手にしたこれのままいくしかない。リリは『シュレーディンガー』の給弾用背嚢を背負い、鳩目は『十戒』と『Dies irae』のマガジンの残弾を確認した。
二人は銃を構え、男が隠れた机を撃つ。燻しだされた男は壁と天井に吸いつくように走り、彼女らの背後を取ろうと動く。

(何て重い銃……!これを持って動き回るなんてとてもできない!)

リリが男に向けて銃を撃つも間に合わない。だが、弾痕は正確に狙った場所を穿っていた。

(弾丸が重く初速が速いから弾道がズレない。銃自体が重いから反動を受けても銃口がブレない。鳩目様の命中精度の秘訣はこれですか。)

「……ならばこうです!」

リリは腰を落とし、両手の銃を腰だめに構えた。動き回ることは諦め、自分の体重と技量で狙い撃つことに専念する。瞑目し集中して、その一瞬を探る。

(軽い。それにこの銃、弾丸を撃っているわけではないな。)

鳩目が男を狙って銃を撃つ。銃口の狙いはピタリではあるが、放たれた魔弾は彼のかざすナイフに遮られる。

(持ち手の魔力をそのまま撃ち出している。なれば弾頭には重さや速さを期待すべくもなし。わたしは魔力に優れてはいませんからね。)

「ならばこう!」

鳩目はプロテクターを脱ぎ捨て、地を蹴り男に追いすがった。

鳩目が立体的に打ち出す弾幕は男のゆく手を追い詰める。脚が止まればリリの銃が火を噴きその身を抉る。出口への道を塞がれた男は屋上を目指すため階段室へと入った。二人は迷わず追う。
男は壁走りを用いて驚異的なスピードで登って行く。まともに地を走っては間に合わない。撃ち落とすしかないが、階段が邪魔になり射線は極めて通しにくい。鳩目の脳髄が解を求めて高速で演算を開始する。

(銃に対しての先入観を捨てろ)
(慣れない武器で下手に狙っても当たらない、数を撃たなければ)
(この銃で可能な、最適な攻撃、それは)

「技巧複製開始。」
鳩目の両手の銃から光の曲線が大量に発射された。階段を貫き壁を穿ち男の行く手を塞ぎ。そして男自身を何度も撃ちすえる。

――弾獄世界――

スターサジタリーの妙技『弾幕世界』を真似たそれは、男を階段から弾き落とした。

(手にしているのはただの銃)
(魔力ではなく威力で制する重くて硬い鉄の銃)
(この銃で可能な、最適な攻撃、それは)

「お祈りを始めます。」
腰を落としたリリの銃口が、落ちる男をまっすぐに狙う。
唯狙いさえすればいい。後は銃の性能が、引き金に刻まれた指の跡が導いてくれる。

――サイレントプレア――

放たれた弾丸は音より早く、男に死をもたらした。

仲間が合流したのはその少し後。

「よう、そっちも終わったか。」

人質を攫って逃げた男は、屋外で構えていた禍原・福松と犬束うさぎが捕らえていた。

「ええ。禍原様も犬束様も、お疲れさまでした。」
「お疲れ様でした。」

リリが深く礼をし、鳩目が笑顔を返す。
苦戦したようだな、と崩れた階段を見て禍原は苦笑し、鳩目の珍しい笑顔に犬束は幽かな疑念を募らせた。
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――――悪を滅ぼして 正義を示すのだ
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「彼女さんとは最近どうですか。」

鳩目・ラプラース・あばたの問いに新田・快は盃を傾ける手を止めた。

「唐突だね。」
「そういや前の飲みでは浮気云々の話をしたっけ、などと思い出しまして。」

鳩目はカンパチ一尾丸ごとの塩焼きをつついている。白い身がほぐれるごとに湯気と香りが淡く煙って消える。

「元気にやってるよ。」
「まるで遠くにいるような言い様ですね。」
「あまり苛めないでくれ。」

新田は苦笑いしながらお猪口の酒を飲み干した。

「不満はない。それでいいだろう?」
「そうおっしゃるのならば。」
「聞いたよ、身内で依頼を出したんだって?」

鳩目の眉が小さく動いた。

「残念ながら、集まりは良くありませんでした。」
「でも成功したそうじゃないか。おめでとう。」
「ありがとうございます。そちらの『わかもと』のような華やかさは全くありませんでしたが。」
「華やかかあ、華やかって言うのかな、あれは。」

食材がエリューション化する、という事態に何度も襲われているてんぷら屋があり、新田はそこでエリューションの討伐=食べつくす依頼を何度か行っている。

「少なくともわたしは羨ましい。」
「何なら、次は来るかい?」
「……いえ、遠慮しておきましょう。わたしと卓を囲むことを良しとしない方もいらっしゃるかもしれませんし。」
「……良しとしないのは、君の方だろ?」
「ノーコメントで。」
「話を戻すけど君の依頼、」
「ノーコメントで。」
「あー、そう……。」

鳩目の表情のない横顔を、新田はどこか冷めた目で見つめていた。
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――――アークを切り捨てて 正義を示すのだ
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「何度も使える手ではありませんよ?」
「てめーが無茶ぶりをするからです。」

加藤・ゲオルギエヴィチ・敏伍の言葉に、鳩目は冷ややかな目線で返す。

「並みのチンピラに任せるより確かでしょう?」
「まあそりゃそうですがね。」

依頼内容は、『E能力者の抜け忍の始末』。
この日本のどこかには、由緒正しき忍者の技を守る里がある。そこから抜け出したものを粛清せよ、という依頼であった。
同じ里の出身である鳩目は彼らの戦闘能力と感知能力、隠密能力をある程度知っていたし、アークの第一線リベリスタと言えど二対一は分が悪い。だからこそ短い納期に渋った。

「それに、『リベリスタ』が『フィクサード』を倒す分には、誰も文句を言わない。」

手っ取り早く確実に手練のE能力者を集められ、かつ大義名分が手に入る。『フィクサード同士の内乱』であれば治安を乱すアークの敵として感知されうるが、初めからアーク対フィクサードの形にしているならばその恐れもない。
誰も損をしない。

「陰陽に通じていれば、陰も陽もどちらも使える。確かに鳩目さん、あなたは便利な立場だ。」
「何か文句でも?」
「裏取りをされたら困るのは誰ですかね。」
「お前でしょうジジイ。」
「ふむ。」
「心配せずとも、多用するつもりはありませんよ。わたしだって出生や育ちを探られるような真似は極力避けたい。アークのシステムを私的に利用することもあまりよくないことぐらいわかっています。怪しまれればわたしの立場も危うい。
でも、あの時あなたの依頼を要望通り完遂する為に最も合理的な方法はアレだった。」
「……うん。おっしゃる通り。」
「今後は避けます。以上。」
「そうしてくれると助かります。では、ご苦労様でした。」

加藤がカウンターに差し出した分厚い封筒を鳩目は手に取り、中身を透視で確認すると、鞄にしまって去って行った。

「残念ながら、あなたの立場など僕には如何ほどの価値もないのですがね♪」

次の依頼は、きっとまたすぐに。

以上……。」
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