正気の呼び声

「他人が深く考えるなどと期待するな!

こんばんは鳩です……

……妄想ケルベロスブレイド……。

Call of Sanity
狂ってしまった方が楽だと思う?生皮を素手で引きはがしながらパトリシア・バランは言った。
そんなことない。狂気とは脳が選択した最適化の一つに過ぎず、苛みが終わるわけではない。終わりのない痛みを覚悟し、終わりのない痛みに対して正気を保っている暇がないと判断した結果に過ぎない。何も楽にはならない。
だから、早く吐いた方がいいヨ。脳みそが狂った形になってしまう前に。脳が自分から痛みなしには居られない回路に成り果てる前に。劃して、証言は取れた。尋問を終えた人間はブルーシートに包んで車のトランクに積んである。

「それでは、姐さん。」

黒服が一礼と共に札束を渡して車に乗り込むと、パトリシアはひらひらと手を振って見送った。

ホテル53Xはその道では多少知られた「処理場」だ。
隠蔽された地下室では換気扇が絶えずごうごうと唸りをあげ、死臭を巻き取っている。
先ほど搬送された男から出た血も、もう部屋の隅の排水溝に流れ切った。
『多人数用シャワー室』という名目で建築された部屋ではあるが、設置された刃物や拷問具を見ればそんな用途に使うつもりがないことは一目でわかる。

拷問には二種類ある。単純に尋問手段としての拷問と、痛めつけることそのものを目的とした拷問だ。
後者は最終的に殺してしまうので、その人間の口から何が吐かれようが、あるいは吐かれなかろうが知ったことではない。そして、パトリシアが請け負うのはそっちの方の拷問だ。
ヤクザが吐かせろと言ったら、それは「そいつは生かしておかなくていい」ということと同義だ。
ワカリマシタ、とカタコトで応えれば商談は成立。
歯や眼球など取り返しのつかない類の傷を与え、希望をちらつかせ、気持ちをへし折って知る限りを叫ばせたら、適当に首を折って殺す。
喜びは伴わない。忍者の里で得たノウハウをただ使うだけだ。
血と汚物の匂いや絶叫や殺害行為に痛んでいた心はもう慣れ切った。脳がそれを処理できるようになった。もう戻ることはない。
適度に休めば痛みは消える。終わりのない痛みではなく、上限と期限つきの痛みに過ぎない。パトリシアは狂ってなどいない。決して。
ケルベロス仲間相手に笑顔を向けられる。デウスエクスの齎す被害に心から悲しむことができる。だからまだ狂っていない。
わたしは大丈夫。暗算だって出来るし料理だって出来るし会話だって出来る。だからまだ狂っていない。
わたしが狂っているなら、ジャパニーズヤクザの連中は皆狂っていることになる。そんなことはない。だからまだ狂っていない。
わたしはあの仕事が穢れ仕事だと自覚している。だからまだ狂っていない。
わたしは自分が汚れ物だと自覚している。だからまだ狂っていない。
わたしは汚れ物としての分を弁えている。だからまだ狂っていない。
まともじゃないのはわかっている。だからまだ狂っていない。
自律と節制を以て暴力を行使できる。だからまだ狂っていない。

ああ、狂ってしまえたらどんなに楽だろう。
自分の正気をいちいち疑わなくていい。でもきっと違うんだ。狂うとは。わたしが狂うとは、正気の確認に狂うということだ。『その時』わたしは、正気だと確かめ続けようとする狂気に呑まれるのだろう。
自分が正気だという証拠を確かめるためだけに奔走する狂人に。証拠を一つ見つけるたびに自分が正気だと確認する狂人に。心の安らぐ間もなく、正気の証拠を探し続ける状態を常態として受け入れる狂人に。

わたしは大丈夫。わたしはまだ狂っていない。
常人の感性を保ったまま、嫌悪を感じながらこの酷い仕事をしているから。この仕事が酷いものだと理解しているから。
わたしは大丈夫。鏡に口紅で五芒星を描き、その中心に燃える目を加えた。

何も起こらない。起こるはずがない。わたしの内面の狂気は神話に語られるものとはまるで違う。なんのつながりもない。
鏡に映る自分の姿が揺らめいて搔き消えたことも、何も。

以上……。」

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