白煙に消ゆ

「お前如きを生んだ親が不憫でならない。

こんばんは鳩です……

……妄想ケルベロスブレイド……。

安らぎ

彼女の師匠は体質に合わないくせにきつい煙草を好んだ。最初の一吸いですぐに捨ててしまう。それ以降はヤニの匂いが辛いからと。ボクが味わっているのは煙草じゃなくて思い出だから、と。殺し屋風情がセンチなことだと何時もなら笑ったけれど、その時のパトリシア・バラン・瀬田は泥の上に打ち倒されていたから、怒りの種にしかならなかった。

「大丈夫ですかぁ?」

パトリシア・バラン・瀬田の頭に座り込んで丘・敬次郎が、のんびりとした声をかける。丘は長く細い煙を吐き出した後、先端だけが燃えた煙草を左手で弾くと、右手に持ったメスで微塵に砕いた。
頭上からの声にパトリシアは歯噛みしようとしたが、顎の腱はとうに切られていて、軋む痛みを発生させることしかできなかった。肘も膝も肩も股関節も深く切り抉られ、力を入れることができない。

「まあ全然弱っちかったですよね♪」

楽しそうな師の声にパトリシアの怒りは更に燃え上がる。
動くことは出来なくとも魔力を編むことは出来る。全身を巡る精気に意識を集中させる。筋力は使えずとも、サイコキネシスのように魔力で以て自分の体を動かして……

「おっと。」

丘の掌がパトリシアの背に触れる。一拍おいて、パトリシアの全身から大量の蒸気が噴き出た。水分を抜き取られたパトリシアは悲鳴と共に白い霧を口から掃き出し、意識を手放した。

「不死者と言えど、渇きには勝てませんか。」

丘は懐から紺色の紙箱を取り出すと、二本目の煙草を取り出し火をつけた。

—-

水流の手裏剣を自在に飛ばす丘は接近戦を得意とするパトリシアにとって相性の悪い難敵と言えた。だが、相性の悪い相手を戦う術は身に着けている。
左手の銀籠手を盾にしつつ、隙間を狙う手裏剣を右の金籠手のジャブで打ち払いながら速いステップで距離を詰める。
飛び道具の乱射では止まらないと判断したのか、丘もメスを抜いて構える。メスと言っても戦闘用であり、刃渡りは十数センチに及ぶ。切れ味も当然人界の刃物とは比較にならず、ケルベロスやデウスエクスの手足であろうと容易く斬りおとす力を秘めている。
丘がパトリシアの喉めがけまっすぐに突き出したナイフを、パトリシアは金の右手で手首ごと押さえる。そのまま腕を引き込み銀の左拳を顔面に。しかしこれは丘の左掌が阻んだ。間髪を入れず取った手首を手掛かりに飛びつき腕十字で追撃する。が、丘は倒れない。片腕だけでパトリシアの体重を支え切り、逆に巻き付かれた右腕ごと地にたたきつける。窮地を察したパトリシアは腕を離し、顔面への足裏蹴りを置き土産に飛び退いた。

「体重に頼るのはよくないことです♪我々は、そのぐらいの重量は羽ほどにも感じない♪あなたもそうでしょう?」
「ソウネ。なら……。」

唾を吐き捨て、両手を開いて再びパトリシアが迫る。襟首狙いの両手を丘はしゃがんで避け、腹を一文字に切り裂こうとメスを構えた。が、その顎を膝で蹴り上げられた。

「ピュアなパワーで勝負っ!」

金銀の両手を組み、スレッジハンマーを振り下ろす。
地が揺れ、丘の頭部が泥の地面に深く食い込んだ。
泥……?「!」倒れた丘に、片足ではなく両足で飛び乗るようにスタンピングを行う。
パトリシアが立っていた箇所の地面から水の槍がまっすぐ上に突き立った。
上に載ったパトリシアを吹き飛ばしながら丘が飛び起き、足から着地する。

「残念、もう少しで串刺しにできたのに♪」
「イツの間ニ……。」

見れば乾いていたはずの地面はもうすっかりぬかるみ、今も尚ぞぶぞぶと音を立てて更に深く柔らかくなり続けている。

「さあ♪」

泥から盛り上がる針山に、パトリシアが辛うじて飛び退く。泥の滑る感触に冷たい汗がにじむ。今は何とかなったが、この上を駆け続ければいずれは足を滑らせてしまうだろう。そうすればワタシは串刺しの標本になるかメスで刻まれ開きになるか。

「チィッ!」

魔力の球を放ち牽制しつつ跳び退る。まだぬかるんでいない場所へ。砂利か草地か、足の滑らない方へ。
丘はゆったりと歩きながら近づく。最早手裏剣と呼ぶにはあまりにも大きな水の刃を大雑把に飛ばし斬りながら。間合いを詰める必要はない。遠距離でも十分に切り裂ける。地の利はとった。あとは勝つまで嬲るだけ。

「……ほう♪」

まだぬかるみの及んでいない草地に、パトリシアがうずくまった。目線は強く丘を捕らえており、呼吸も乱れていない。ダメージによるものではない。
――――体重に頼るのはよくないことです
――――我々は、そのぐらいの重量は羽ほどにも感じない
自身の言葉を反芻する。あれは。

「来ませい♪」

溜めに溜めた脚力がパトリシアの肉体をロケットのように噴射した。牽制に放たれた水の刃も右の金籠手が弾き破って、引き絞った左拳を笑みを浮かべる顔面に!

「ふふ♪」

光のような速さで、メスを握った丘の右手がうねった。

――――

「大丈夫ですかぁ?」

パトリシアが目覚めると、布団の中にいた。見渡すと八畳ほどの和室。
全身に包帯が巻かれており、どうやら手当をしてもらったようだと思い至る。
上半身を起こし、丘に向き直る。痛みは残るが、動きにはもう支障はない。半不死者であるケルベロスたるもの、『この程度』の外傷を何日も引きずるようでは話にならない。

「今何時デスか?」
「夜の8時半ぐらいです。6時間ほどたっぷりおねんねしてましたヨ。」
「そうデスカ。」
「ま、その様子なら心配いりませんね♪」

丘は部屋の机から灰皿を取って布団の横に胡坐をかくと、懐から煙草を取り出した。

「好きなんですネ。」
「ええ。」

丘がライターを取り出すとその手を制して、パトリシアが人差し指を立てた。その先には魔力で虹色に光る小さな炎が灯っている。

「ドウゾ。」
「こんなことも出来るんですか。」
「イロイロ研究中デス。」

お言葉に甘えて、と丘がパトリシアの指先から火を取り、ゆっくりと一吸い。
長く煙を吐き、咳き込みながら灰皿に押し付けて捨てた。

「モッタイナイ。」
「吸えないんですもの、しょうがない。」
「何で吸えないものを吸いたがるんデス?」
「僕が、実家から持ってきていいと許されている唯一のものだからです。
と言っても、実家からギってきた奴はとっくに吸い尽くして、これは自腹で買った奴ですけど。」
「この里の忍者って喫煙禁止じゃアリマセンでしたカ?」
「一吸い程度なら大目に見る、ですって。首領が。そもそも禁止じゃなくて、ヤニの匂いは目立つから気を付けろって程度の話なんで。」
「ナルホド。一本もらえマス?」
「どうぞ♪」

受け取ろうとする腕がまだ痛む。煙草は丁度よい鎮痛剤になりそうだった。
手にした左手でもらった煙草をくるくると回し見る。

「フィルターないノ?」
「父母そろってそればっかり吸ってたんで、フィルターのある煙草の方が珍しく感じたんですよね、懐かしいなあ♪」

今度は丘がパトリシアの煙草に火をつける。
パトリシアは葉を吸い込まぬよう慎重にゆっくりと吸い込み、そして吐き出した。

「キツいっていうか、生の味って感じ。」
「お気に召しませんでしたか?」
「滅相もナイ。」

パトリシアは二口目を更にゆっくりと吸い、鼻から吸った息と混ぜて薄い薄い煙を吐いた。舌についてしまった葉を指で取り、灰皿にこそいだ。

「本当は、ケルベロスじゃないんデショ?」
「はい♪」
「地球なんか簡単に壊セル。」
「はい♪」
「宇宙だって壊したい放題作りたい放題ダッケ?」
「はい♪」
「それなのに、煙草は吸えナイノ。」

丘の笑顔が、ニヤニヤしたものから柔和なものに変わる。

「人でなしではありますが、やはりどうあがいても人間だ、ってことなんでしょう。僕らは。」
「自覚あるんダ、ひとでなし。」
「思えばボクの師匠も思い出やら恋心やら大事にされていらっしゃる。
というより、そういうものがないと自分が自分でなくなっちゃうんでしょうね。」
「人でなしのクセニ。」
「人間らしさを捨てて捨てて、そうやって行ったら、多分もう、ほとんど残らなくなっちゃったんですよ。
それこそ、デウス・エクス・マキナでいいんだってなっちゃう。
でもそうじゃないんです。師匠が望むから、師匠はああなった。
僕らも、こうなった。僕はこうなった。
地球だの宇宙だの壊せるのにまだ人間らしさがある、っていうのは、うーん。多分因果が逆なんですよね。
師匠たちの、『あいつらの』人間らしさが、その強さを求めたんです。そうしなきゃいられない『人間らしさ』だったんですよ。」
「しかもマダ満足してナイ。」
「そう。追い立てられるように神を殺す力をと進むうちに、ああなっちゃった。こうなっちゃった。それ以外のやり方なんておもいつかない。今でも。」
「いい迷惑ダワ巻き込まれる方も。」
「本当です♪本当ですよ。ボクぁもっとのんびりしていたいのに。」
「本当ニ?女の子とイチャイチャしたかったりしないノ?」
「ホントホント。あの方たちだって本当は、普通になりたいはずなんだ。人間大好きですからね。
人間の振りをして人間の世界で、のんびりしたいんじゃないかな。」

丘が箱から灰皿から、自分が消した煙草を拾った。

「吸うの?二吸い目。苦手なんじゃなかったノ?」
「のんびりゆっくり、吸います。それならきっと大丈夫。」

パトリシアは自分の銜えたばこを突き出し、丘の銜えた煙草に火をつけた。

紺色の箱に鳩の意匠がついたその煙草の名は、
Peace。

以上……。」

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