果てしない未知

「バカ!

こんばんは鳩です……

……妄想ケルベロスブレイド……。

定めを定める者ども
ブラジル生まれだからと言ってアマゾンに慣れているとは思わないで欲しい。湿度が纏わりついて汗が流れるし、ヒルどもは歯が立つ筈もないのに皮膚を這うのをやめない。猿が唸り、虫が鳴く。ウンザリだ。お前たちがワタシを傷つけることなどできないのに。ケルベロスという神性を持った肉体にお前たちは何もすることができないのに。
パトリシア・バラン・瀬田は深いため息をついて土の上に座り込んだ。湿った赤土がむき出しの尻を包む。

「まだデスカァー!?」

苛立ちの声は木々をかき分け遠くまで響き、そして消えた。
返事はない。行かなければならない。倒すべきボスの待つ深奥へと。

ケルベロスの体は病原菌程度では傷まない。だから飢えや渇きは全く心配必要ない。
それでも産毛に覆われた手のひらほどの蜘蛛を噛み砕くのは躊躇したし、飲み下そうと掬った川の水から鉄の匂いがした時には死すら覚悟した。
あり得ぬことを想定してしまうほどの不快感。つまるところケルベロスの唯一の弱点は精神であるということだ。
ケルベロスという「寿命のある神」は、地球上に出現してまだ50年ほどしか経っていない。十分な進化を経ておらず、また、そもそも並大抵のことで死ねぬため淘汰も進まない。
地球上の環境にまるで最適化ができてない、新しく不器用な神々。それがケルベロスという存在。過渡期はありとあらゆるものにあり、永遠の時を持たないのならば過渡に全人生を使い果すこともある。
最も、過渡期でない時、などというものが存在するのであれば、だが。
8日、パトリシアは歩いた。汗をかき、疲労し、休まらぬ。銃弾や火炎放射、核兵器さえものともせぬ無敵の神は、しかし消耗を避けることだけは出来ない。

「まだデスカァー。」

夜の森に空しい声が響く。
パトリシアは気温が高い日中を避けて日没から行動するようになっていた。
動くほどに消耗する昼はむしろ休息に充て、過ごしやすい夜に進軍する。
夜行性の獣に襲われようと傷つくことはないのだから。
視界は聊か不自由になるが、それでもケルベロスの超人的な五感があれば問題になるほどではない。
川に突き当たる。夜空は星で満ちていた。MilkyWayの名の通りに淡く光る星の連なり、その周りに散らばり光る星々。日本は愚か、このブラジルでも都市部では拝むことの叶わぬ景色。
人の光さえ届かぬ未開が。邪悪も法理もない未知がもたらす純粋な闇が。淡くにぎやかな空の銀幕を作り出す。
夜明けにはまだ遠い。星のシアターはあと何時間も続く。つまりは、身の回りを包む闇も同じだけ長く。
夜行性の獣は彼女を害すること敵わない。だが。
パトリシアには一つだけ。ただ一つだけ警戒しなければいけない相手がいた。
闇に潜み、闇を扱い、闇を見て、闇を演算し、闇を狩るもの。
彼女の師匠たちの一人、鳥越・九(いちじく)。
彼女に潜伏と諜報術を叩き込んだ、ある意味最も直接的に忍者としての技術を育んでくれた師だ。
稽古をつけてもらえと言われ挑んだアマゾン熱帯雨林であるが、未だにその足跡すらわからない。

「……いい加減にしないと帰っちゃいますヨ。」

半ば本気でボヤくも、特に反応はない。
逢えませんでした、で帰るわけにはいかないことを向こうも承知しているのだ。
ため息を一つ挟んで、今夜も川を背に座り込み目を閉じて精神を集中する。
葉の擦れる音で風向と風速を知る。虫の鳴き声が喧しいほどにわかる。肉食獣の歩く音が聞こえる。鳥の羽ばたき。河川の流れる音。魚の泳ぐ音。自分の血流。心臓の鼓動。肌を覆う湿気。土の匂い。水の匂い。何もかも昨日と同じ。怪しいものは感じ取れない。
師は微動だにせずこちらの様子をうかがっているのだろう。警戒している相手にわざわざ打ち込んでくるほどあの人はお人よしではない。なればこれは相手を察知するというよりは襲撃を諦めさせるための防御体制である。こうしている限りは襲われぬ。
問題は、それを何時まで続ければよいのか、なのだが……。

夜明けの光を感じるとともに、パトリシアはその場に倒れ突っ伏した。
超人と言えど一晩中気を張り続ける疲労は並大抵ではない。一先ずまた夜は終わり、山場は越えた。次の夜の為に心と体を回復させなければならない。寝床を整える気力もなく、パトリシアはそのまま土の上で眠りに
ごきり。
……
……
……

……

「やはり死なぬのですね。」

師の声を聴き、パトリシアは目を覚ました。
そこは土ではなく草を敷き詰めた即席の寝床。横には師・鳥越・九が座っていた。
ロウティーン未満のような背丈と顔。似つかわしくない隆々とした筋肉。短く刈りそろえられた白い髪にカラーコンタクトで青く染まった瞳。
和装に身を包み、その外側には弾帯のように苦無を装填した帯を巻き付けている。

「……オハヨウゴザイマス。」
「おはようございます。」

返す言葉の見つからないパトリシアは、痛みの残る首に手を当てつつ一先ず挨拶を交わした。

「やつがれが夜にしか動けぬと考えるのは甘すぎると言わざるを得ません。」
「ソノヨウで。」

起き上がろうとするパトリシアを鳥越が手で制した。

「休息が必要です。」
「ソノヨウデ。」

鳥越はたっぷり一分ほどパトリシアの顔を見つめてから、口を開いた。

「辛抱が足りません。」

ハァ。と息を吐き出すことでしか答えられない。

「10日もしないうちに消耗や疲労が表に出るようでは到底全く使い物になりません。」
「メンボクアリマセン。」

デモ、ケッコウ頑張ったノヨ?虫も食べたシ生水も飲んだシ。
ダイタイ、稽古をつけてクレルって話だったのにいきなりぶち殺すなんてどういう了見なのヨ。

「せめてこの密林がなくなるくらいまでは粘ってくれませんと。」
「ハイ?」
「この熱帯雨林が消えていくペースは年に0.7から0.4%ほどです。単純計算ならば、少なく見積もっても250年あればこの森は消えるわけで、やつがれも戦術を変えざるを得なかったでしょう。
そうでなくとも1万年も待てば人類の歴史は大きく変わりこの場所の有様もまた影響を受ける。10万年も待てば次の氷河期も来るでしょう。100万年待てば気候変動の繰り返しでこの森は形を保てなくなる。50億年も待てば、太陽の赤色矮星化により地表に森はなくなる。」
「ジョーダン、」
「時間があれば、より正確な予測ができます。やつがれの居場所も統計的に収束していったはずだ。あなたは待てなかった。」
「正気?」

デウスエクスもケルベロスも不死ではあるが、万年という単位で生き続けられるものではない。彼女が語っている時のスケールは明らかにパトリシアの知る世界の神性存在を逸脱している。

「ワタシにそんな時間はナイワ。はっきり言って8日もここにいるのさえオーバーステイなンダシ。
今まさにデウスエクスどもと戦う力が欲しくてここに来たのに、地球の滅亡まで待ってられるワケないデショ!」
「問題はありません。ここで流れる時間と、あなたが住まう世界の時間は異なります。望むならここで数億年でも数兆年でも鍛錬をした後に、あなたの世界へ帰ればいい。」
「……ええ?」
「やつがれは……翻訳に失敗したので。あなたからこのタネローンへと来ていただいたのです。」

丘・敬次郎を始めとして、パトリシアの師匠連中は皆、「別の宇宙の別の地球」を出身とする。そこにはデウスエクスもケルベロスも存在しない、全く別の歴史を刻む地球がある。
そんな世界から生まれた彼ら彼女らがパトリシアの知る地球に出現するには、その宇宙の法則に則る必要がある。例えば、忍者の技は螺旋忍軍の技に、機械の肉体を持つ生き物はレプリカント種族に落とし込まれる。そうでなければその世界に住む者に理解されないからだ。その世界において自身を表現することができないからだ。

鳥越・九のスペックは、既存のデウスエクスやケルベロスの能力で表現することが不可能だった。
だから、彼女はここにいる。パトリシアの出身「でない」、この地球に。

「イツから……。」
「あなたがこの密林をある程度進んだあたりです。『こちら』と似たような景色を重ね合わせて、踏み入ってくるように仕込みました。どこがその境界線だったかは、またレクチャーいたしましょう。」

感情の読めない顔で鳥越が言う。

「帰してくれるんでしょうネ?」
「勿論。」

応えるその顔には愛想笑いすらない。だが鳥越はそういう女だ。忍びとしてポーカーフェイスを崩さぬよう、今この瞬間さえ、顔の筋肉を使わぬよう細心の注意を払っているのだろう。

「……ケイコをつけてくれると聞いてきたンデスケド。」
「それなら既に終わりました。」
「どういうことデス?」
「あなたは8日で音を上げた。やつがれを打倒するにはそれを遥かに上回る年月が必要だとあなたは思い知った。
今はそれで結構です。今のあなたは、まだやつがれの求める無限にたどり着いてはいけない。」

パトリシアは不満と怒りをその顔に表して見せた。

「いずれ物語は終わる。そこから先の永劫こそが我々の時間なのです。
物語が書かれ続けている間は、やつがれと言えど思うようにはできません。
しかし物語が終わってさえしまえば、そこから先のエピローグでどれほどの怪異が発生しようとどれほどの悪逆を働こうとどれほどの理不尽を顕現しようと自由です。
今のあなたはまだ、神のペンに書かれ続けている。
しかしあなたはやがて書かれなくなる。そうなったとき、あなたはやつがれが先ほど申し上げた、文明の生き死にや星の生き死にを眺め超え遥かに行く時の流れを手に入れなければなりません。」
「それがケイコ?」
「それが教えです。今のあなたは弱くてもよい。強くなりたいと願うだけで構わない。
その思いさえ保たれるなら、我らはいくらでも憎まれる。」
「……ナニモカモが終わった後で強くなったって仕方ないワ。」
「何もかもがまだ終わる前は、やつがれどもはどうすることもできません。やつがれどもは、物語から引き裂かれた永劫なのだから。世界、認識、神々から切り離されたからこそ、永劫の時を生きることができる。
今のあなたは、ただ生きることをすればいい。何なら強くならなくたっていいのです。」
「ウソつき。忘れてナイワヨ、頭がおかしくなりそうなほど稽古させられた日々のコト。」
「あれは必要最低限です。」

恨みがましい視線にも鳥越は涼しい顔を貫く。

「あなたがケルベロスとしてあの場に立ち、神の作った舞台で立ちまわるための最低限の準備、設定です。何事にも理由付けは必要ですから。
特に我らの神はそれを殊更に気にする。殺戮の経験もないようなモノを戦場に送り出すことは神自身が許さなかった。」
「誰ヨ、その神ってのは。」

鳥越はその質問には答える代わりに、パトリシアの胸元にそっと指をあてた。

「この先にあなたの心臓がある。」
「……ソレで?」
「あなたも感じているのではありませんか?あなたの中には、あなたではない者が潜んでいる。
寧ろあなた自身はそれの端末に過ぎない。」

度々見る、あまりにも現実感があり、かつ現実味に欠けた夢を思い出す。ワタシの中から何かがあふれ出す夢。触手と金属の結晶とその他の名状しがたい何かで出来た虹色に光る生物の夢。この身の正体がそれであり、この身を引き裂き宇宙まで届く力を示す夢。

「知らナイ。」
「いずれ折り合いをつけなさい。何ならこの場で。」
「エンリョします。」
「そうですか。」
「ワタシはワタシヨ。師匠達の思惑も知らない。神様なんて関係ない。ワタシはワタシの思うようにするワ。ワタシは強くなりたいの。ワタシを強くしてくれない師匠なんてこっちから願い下げよ!」
「あなたはあなたではありません。
あなた自身の意思などというものはこの世のどこにも存在しません。あなたは我々と我々の神の端末であり、単なる器です。
……あなたは我々に都合よく動く。それがあなたの運命です。」
「Fuck! そんなものが運命なら、断固として受け入れない!」
「我々に抗うと。」
「勿論!」
「勝てるつもりで?」
「勝って見せるワ!ノックアウトして3カウントフォールキメて、そしたら骨と肉をバラバラにしてじっくり煮込んで山に捨ててやる!
あなたたちが教えてくれたようにネ!」
「本気ですか?」
「マジヨ!」
「ならばよかった。」

鳥越は微笑んだ。
え、と思う間にその顔は歪み、その体も歪み、その景色ごと渦巻いて視界の全ては風呂敷のように織り込まれ消えていった。あとに残ったのは、密林の風景だけ。但し、自分が今まで見ていたそれとは異なっていた。
とっさに携帯電話を取り出すと、電波は辛うじて通じた。戻ってきたらしい。

――――ならばよかった。

何がよかったのか。初めて見た鳥越の微笑み。
心から反逆を歓迎する、そんな理由があるのだろうか。
考えようとして、やめた。どうあれ、師匠達の思惑を跳ね除けるのは変わらない。それは決めたことだから。

――――……我々に都合よく動く。それがあなたの運命です。

決められた運命などない。ワタシの抵抗で、運命の存在を反証してみせる。ワタシのうちに怪物が潜むなら飼いならして見せる。
ああ、全宇宙的恐怖が親しげにワタシを小突いた気がした。

 

以上……。」
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