答えは認めたくないけれど

「純粋に人類社会文明の為に一刻も早く消えよと申し上げている。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

本日もこちらの方を借り上げまする……。もう少し、何とかしてみたく。

終わらない歪み

地獄は落ちる場所じゃなく、迷い込む場所だ。
迷い込むような道筋にどれほどの罪があるかは分からぬが。

東京郊外のラブホテル「ホテル53X」の煙突からかすかな煙が上る日は。鼻の奥を刺激臭が微かに突く日は。その地下室で、人が殺された日だ。
遺留品を引き渡した後、ホテルのオーナーであるパトリシア・バランは去る車を見送った後真っ直ぐに地下室に戻った。
体液を流し去った後の水滴がまだ残っている。もともとシャワー室として作られた部屋だから、気兼ねなく汚せる。
残っているのは薬品の匂い。血の匂い。それらも轟音を立てる換気扇がいずれ吸い消してくれるだろう。
パトリシアはポケットから煙草の箱を取り出すと、一本引き出してシガレットホルダーに刺し、魔力の炎で火をつけた。

「た、煙草、喫うんです、ね。」
「エエ。」

戸口に立っていたウィルマ・ゴールドクレストに、振り向きもせず応えた。

「ただの真似事だけどネ。」

そう言ってホルダーから煙草を抜き去ると、魔性の炎で焼き尽くして投げ捨てた。

「あ、わ、わたしは気にしません、けど。」
「これもただの真似事ヨ。」

別に意味なんかないワ。
パトリシアは立ち上がり、ウィルマの横を抜けて部屋を出て行く。

「あの。」

ウィルマの声に、振り向かない。
焼き捨てた煙草の煙は、長く尾を引いて排気口へと吸い込まれていった。

――――

「見て、ません、から。」

ホテルのバックヤードでパトリシアと二人きり、ウィルマは椅子に座っていた。

「フライドポテトでも食べる?」
「はい。」

立ち上がったパトリシアの背に声を返す。

「決定的な瞬間、は、見てません、から。わ、わたしは、証人になりえません。あの部屋でパティが何をしたか、は。大体察しはつくというか、実は、その、見るとめんどくさいな、と、思って、わ、わかってて寝たふりをしてたというか。いや、わかってはいないんです、よ?」
「イイワヨ。」

フライヤーに火を入れ、冷凍庫から業務用フライドポテトの袋を取り出す。

「あなたには前に教えたシ。ワタシの本当の仕事はヤクザだって。」

油を温めている間に大皿に紙を敷き、ケチャップと塩とうま味調味料を用意する。ケチャップは小鉢にあけ、塩とうま味調味料をフライヤーのそばにスタンバイさせる。

「は。はい。」
「通報とかシナイってとっくに信頼してるカラ。」
「ありがとう、ございます。はい。」
「……。」
「……。」

フライヤーの画面が適温をしめしたので、四角いテボに冷凍ポテトフライをザクザクと流し込んで油に沈めると音と湯気が湧いて出た。ポテトの香りを空気に吹き込み、そして換気扇へと消えていく。

「よ、よく作るんですか、料理。」
「ゼーンゼン。」
「お肉とかサラダ、とか、よく出してくれています、けど。」
「焼くだけ切るだけだしネエ。見栄えも考えない味付けもドレッシングやらクレイジーソルトやらにお任せのアレを料理と呼ぶのは抵抗あるワ。」
「そ、そんな料理未満だと自覚しているもの、を、わたしたちに出していた、と。いうことですか。」
「我ながらいい面の皮してると思うワ。これだって冷凍品だしネ。」

そう言ってテボを引き上げ油を切ると、ポテトを大皿にあけ、塩とうま味調味料を振りサービングスプーンを使ってまんべんなく和える。

「お待ちドオ。」

テーブルの真ん中にポテトの乗った大皿とケチャップの入った小皿、そしてガーリックの小瓶を置いて、食物を挟むようにウィルマの正面にパトリシアが座った。

「いただき、ます。」

パトリシアはいつの間にやらビールの小瓶を手にしていて、栓を親指で軽々と弾くと、豪快にラッパ飲みした。

「シラフでする話でもないしネ。」
「あ、あの。特に問題化するつもりは。」
「わかってるっテバ。暇そうだったからおもてなししただけ。イケナイ?」
「いえ。大丈夫です。はい。今日は、暇です。今日は。」
「何か言いたいことがありそうだったし。」
「……仕事、は。楽しいんですか?」

ウィルマの問いに、パトリシアが視線を返した。

「快楽もなく、憎しみも、怒りも、なく。殺すって。ちょっとその。想像できなくて。」
「前にもそういう話、したワヨネ。」
「ホテルの常連で腹割って話そうって、ありました、ね。」
「失敗したケド。」
「その時、は。答えを聞きそびれ、ました。」
「……。」

パトリシアは椅子に掛けてあった上着のポケットをまさぐった。
取り出したのは紙箱とシガーホルダーと携帯灰皿。

「吸っても?」
「ど、どうぞ。できればあちらを向いて、ください。」
「ドウモ。」

紙箱から煙草を一本取り出しホルダーに番え、指先から出した炎で火をつける。
ホルダーの吸い口をほんの軽く銜え、口の隙間の空気ごとゆっくりと吸いあげ、そして長く薄い煙を横を向いて吐き出した。

「快楽が伴うのは拷問のトキですネ。」

思い返してみれば、デスケド。
ポテトを一本口に入れ、飲み込んでから言葉を続ける。

「作業デスネ、ハッキリ言って。
拷問だって手順は決まってるシ。殺すのはモット単純デス。
多分、多分ネ、これはワタシが下請けだからだと思イマス。」
「下請け、です、か。」
「憎い相手ってワケデモナイし、好みの顔してるワケデモナイ。そりゃあ、拷問するトキはそれなりに宥めすかしたりシマスケド、それだってほとんどroutineデス。手順通りに言って聞かせて痛めつければ大抵のことはゲロってクレマスし、吐かなければ吐くまで放置なり見せしめにバラすなり。」
「な、るほど。」
「仕事は愛してるかもしれないケド、ターゲットは愛してナイってコトカナ♪」
「愛してるんです、か。仕事。」
「……。」

返事の代わりに、パトリシアは深く煙草を吸い込んだ。

「辛くなければ、煙草、吸ったりしないと思います。けど。パティは、普段は皆の前で煙草吸ったり、しません、し。」
「どんな仕事だって楽じゃナイモノ。」
「殺す、仕事。辛そうに、見えます。」
「誰もやりたがらないから仕事になるんデショ。」
「殺すの、向いてないんじゃないですか。パティ。」

エメラルドグリーンの瞳が、前髪に隠されたウィルマの瞳を睨んだ。

「このホテルのオーナーに、なれるほど、お金があって。それなのに、やりたくもない、下請け。どうしてやってるんですか。」
「逆ヨ、逆。順序が逆ナノ。
汚れ仕事を請け負う代わりニ、金とコネと権利を持たされてるノ。」
「持ち逃げ、すればいいじゃないんです、か。
パティなら。人間のヤクザぐらい、楽勝、でしょう?」
「人間だけならネ。」
「ケルベロスのヤクザ、なんて。それこそ表立って動けるわけが、ないと。思います。バックれて、自由になれるんじゃ、ありません、か。そう、思うんです、けど。」
「ワタシは今ダッテ自由にやってるワ。」
「どこが、ですか?」

ウィルマの荒れた茶色い髪の奥に、漆黒の瞳がちらつく。パトリシアはそれをのぞき込む。深淵のようなその闇を。

「わたしたち、を。もてなすほどのお金が、あって。料理……と、パティは認めませんでしたけど、わたしたち、に出せるぐらいには凝る余裕が、あって。
それなのに、や、やりたくもない仕事を、しなければいけない、のは。しっくりこない、というか。」
「だからそれは因果が逆なんだッテ。」
「少なくとも、自由ではありません、よね。」

煙草の先端から煙が直上へと延びる。
パトリシアの指先は動かない。

「したくないことを、させられてる。」
「あなたはそうじゃないってイウノ。」
「今はパティの、話です。」
「一般論の話デショウ?やりたくないコトをしなきゃいけないトキは誰にだってあるってイウ。」
「パティはそれが。不自然過ぎる。」
「……アァン?」
「だ、だって。脅されてるんだか何だか知りません、けど。人を拷問、して、殺して。それが単に『やりたくないこと』なんて。そんなのおかしい、じゃ、ないですか。」

ポテトを一本ずつつまんでは食べる、を4回ほど繰り返した後、ウィルマは言葉を続けた。

「凄くやりたくないこと、か。好きでやってるか。そういうこと、じゃないんですか?そういうものじゃないんですか?人殺しって。
パティだって、凄くやりたくない、からこそ、そうやっていつも吸わない煙草を吸って。」
「『煙草如きで済んじまう程度のこと』なのヨ、ウィルマ。」

パトリシアはホルダーから煙草を外すと、携帯灰皿に押しつけ消してしまいこんだ。

「ワタシが殺しに向いてるかドウカ。ワタシにも正直わからないワ。でもワタシはそれをずっとやってキタ。その延長でデウスエクスも躊躇いなく殺せる。
いや……敵(デウスエクス)を躊躇いなく殺せるようにする為に、里はワタシに人殺しをさせ続けたのカモ。それで今こうしてまだ仕事ができてるってことは。結果論だけど、ワタシは殺しに向いているのダワ、きっと。」

ケチャップを滴るほどつけて、ポテトを口に運ぶ。

「あなただってデウスエクスは躊躇いなくぶっ殺せちゃうデショ?
……アー、イヤ、言い方が悪カッタデース。
『人殺しとデウスエクス殺しを切り分けられる』んデショ?アナタは。
ワタシは切り分けられないノ。
人もデウスエクスも、等しく『ただの他人』。だから殺せる。デウスエクスを殺すときはワタシが望んで依頼に入ったときダケド、人を殺すのは誰かから依頼されたとき。
煙草吸いたくなるほど人殺しが憂鬱ナノハ、押し付けられた仕事だからヨ。」
「じゃ、じゃあ、自由ではない、んです、ね。やっぱり。」
「シガラミがあるのダワ、ワタシにも。
で、そこから逃れたいとは思わないくらいニハ、そのシガラミがワタシには……。
……アー、長くなるケド。聞く?」
「ぜ、是非。」
「結果論で言えバ、いいことも悪いことも全部天秤にかけた上で、ワタシは『人殺しを選べる奴なんだ』ってコト。」

そう、そうなのだ。
そうでなければ。
そう生まれそう育ったのでなければ。
今の自分はあり得ない。
様々な選択肢からここに至る道を選んだ。それ以外を選ぶ自分がそこには居なかった。たらればを何度重ねても、今ここにいる自分は変わらない。

地獄は迷い込む場所ではなく、望んで行く場所だ。

「そうなるに至るにはイロイロあったのヨー。酔っ払いの繰り言、聞いてもらうワヨ。」

『望まされたのだ』、としても。

 

以上……。」

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