試練の為に悪魔を呼べ

「バカバカ!

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

銀色の月の魔王

​集中する好奇心の眼差しにサキュバスの背筋が喜びで震えた。
彼女の前に立つ少女は灰色の髪を揺らして朗らかに微笑み群衆へ手を挙げて返礼する。
見世物にするつもり?とサキュバスが問えば、お嫌いですかと少女は返し、いいえ望むところとサキュバスは笑った。
サキュバスことパトリシア・バラン・瀬田が金の右籠手と銀の左籠手を前後に構えると、灰色髪の少女は白銀で出来た両腕を左右に開き膨らみの薄い胸をそびやかした。
​​
「合図ハ?」
「いつでもどうぞ。」
​​
パトリシアはしばらく拳を握りステップを踏んでいたが、やがて動きを止め、手を開いた。
そして歩く。何気なく歩いて接近する。
少女の眼前に辿り着き、見下ろす。
​​
「御屋形様。反撃シナイって、ホント?」
「本当です。」
​​
パトリシアの瞳を、少女の青い瞳が見つめ返す。透明度の高いガラス玉のような少女の瞳には何も見出すことは出来ない。薄氷色はどこまでも透き通り、パトリシア自身の顔を映した。
そこには嘘も、真実さえもない。少女自身の意思などというものは、まるでこの世に微塵も存在しないようであった。
それを見てパトリシアは一瞬だけ悲しげな顔をしてからにんまりと笑った。
​​
右脚で横薙ぎに蹴り込んだ。少女の左腕に命中。続いて少女の胸部を踏みつけるように押し蹴る。これも問題なく命中した。
群衆から歓声が聞こえ、そして少女は微動だにしていなかった。
​​
「……。」
​​
右脚で地面を二度三度踏みしめ、感触を思い出す。それから両腕を構え、金銀の籠手でパンチを繰り出した。
再び観衆が沸く。
金色の右ジャブが少女の顔面を殴打し、銀色の左フック、アッパーがこめかみや腹部、胸部を叩く。
それでも少女は動かない。ありのままパトリシアの攻撃を受け入れている。
パトリシアはそれからもパンチを繰り出したが、5,60発も打ち込んだところで手を止めた。
​​
「どうしました?バラン。」
​​
『御屋形様』と呼ばれた少女が視線を向ける。
パトリシアは手足に残った感触と、少女の足元をみて、ため息をついた。
キックもパンチも、少女の肉体に触れた瞬間に止まった。反動さえも返ってこない。そこから先に進めないのに、何の感触もない。まるで寸止めでもしたかのように「当たってから先」の感覚が消滅してしまう。
そして、少女の足元は微塵も動いていなかった。パトリシアの攻撃を踏みこらえていたわけではない。パトリシアが与えたエネルギーは、少女に当たった瞬間消えたのだ。
​​
「……それが『御屋形様』の不死性、って訳なのネ。」
​​
自分を傷つけうる衝撃・エネルギーを自動で無効化する。エントロピーもエネルギー保存則もクソもない、『自身は不死である』というルールを最優先で世界に刻み込む神魔の領域の所業。
​​
「色々試してみてください♪」
​​
楽し気な表情を向けられてパトリシアは激昂した。走り寄り、手首を掴んで腕を背面へと捻り上げる。
だが、関節の駆動域以上まで動かそうとするとびたりと止まる。殴り蹴った時のように、加えた力の手ごたえが消滅していく。
​​
「ある神話の序章では……。」
​​
少女が腕を極められたまま語り出す。
​​
「一般の人間が悪魔を相手に関節技をかけ、それが効いていました。曰く、『自身の肉体が成す痛みだから、不死性を突破して効かせることが出来る』と。
確かに、我ら神魔は自身には自身の攻撃が効いてしまいますが、かと言って一般人でも対抗手段がある、となると神魔とヒトとの間の断絶という前提に穴が開いてしまいます。
従って、少なくともわたくしどもの目の届く範囲では『関節技であろうとも外部からの攻撃とみなし無効化する』とルールを書き換えております。」
「ルール……。」
​​
師匠連中はいつもこうだ。終わってしまった物語の登場人物は、その後の去就を誰にも縛られない。
『神になったってかまわない』。だから『神になった』。
ルールを書き換えられるなら、この見世物は全く意味がない。
パトリシア・バランが何をしようと全くダメージを受けないとルールを決めたら、「そう」なってしまう。既に「そう」なのだろう。
危機の無いところで高見の見物。
対等の勝負に見せかけた、パトリシアを嘲笑するためだけの舞台。
今この場に立つ、その事実自体が屈辱となってパトリシアの心を焼く。
金銀の籠手で顔面を滅多打ちにする。
​​
「お気に入りのようですね。その拳は。」
​​
喋る口を塞ぐようにパンチを叩き込む。
​​
「里を出る前よりずっと強くなった。フォームも筋力も段違いだ。その銀の籠手も気に入ってくれているようで何よりです。」
​​
殴られながら『御屋形様』は平然と語る。
パトリシアの左の銀籠手は、『御屋形様』の銀の両腕の一部を削ったものを溶かしこんで作られている。
パトリシアがケルベロスとして活躍する中に、わずかでも『神』とのつながりを確保するために。
​​
「カアッ!!」
​​
効かぬ打撃に業を煮やしたパトリシアが、少女の背後に回った。
左腕で頭部を抱え、右腕で引き絞り締め上げる。
​​
ヘッドロック。
関節技でも投げ技でも絞殺技でもない。ただただ痛みを与えるだけの「締め」技。
​​
「……。」
​​
だが、『御屋形様』は今日初めて表情を変えた。
​​
パトリシアの腕には、少女の頭蓋を変形させる微かな感触が確かにある。
神魔の不死性を無効化できるのは神魔のみ。
神魔たる『御屋形様』自身の肉体を含む左腕の銀籠手は、神魔に届くのだ。
だがそれだけでは足りない。左の籠手が『御屋形様』の不死性を突破できるなら、パンチもダメージになっていたはず。そうならなかったのは、単にパンチの力が足りなかったからだ。
不死性を突破した上で尚、頑健な肉体を破壊する力が無ければ意味がない。
パトリシアは腕に、そして背筋に魔力を注ぎ込む。わずかに姿を見せた突破口を抉じ開ける為、総力を集中させる。
​​
――――出来ないというただ一点を除けば、『死ぬまで殺し続ければ死ぬ』んです。
​​
もう一人の師匠、丘・敬次郎の言葉を思い出す。
​​
――――嘘でもはったりでも、不可能を不可能のままにしている前提条件を塗り替えるモノだけが味方になってくれる。味方に引き入れなければいけない。
――――これは単なる精神論じゃないんですよ。そういう魔法が必要になる時が来る。そういう魔法でなければ太刀打ちできない相手が、実在する。
​​
左腕に力を込める。さらさらとした、色素の無い髪の軽い感触。それが微かに重くなる。湿気を吸っている。締め上げる腕に頭皮からの発汗を感じる。
いける。このまま。
​​
――――必殺の攻撃を必中の条件下で繰り出す。これを必殺技と言います。
​​
必中の条件は満たした。あとは殺せるだけの破壊力。
不可能を取り除け。腕力が足りないなら増やせ。魔力を注ぎ込め。師匠の頭蓋を破壊できるレベルまで。背筋も増強しろ。体重などワタシたち異能者には羽ほどの重さにもならない。力でねじ伏せろ。いや、体重が足りないなら増せ。異能者でも支えきれないほどの超質量になってしまえ。押し倒し動きを止め、死ぬまで締め続けろ。
​​
少女の首が90度に捻り上げられると、観衆がざわつき始めた。
無敵の『御屋形様』に肉薄するパトリシアへの憧憬と、『御屋形様』の敗北に対する淡い期待。
パトリシアも雰囲気の変化を感じ取り、顔を上げてギャラリーへ笑顔を向けた。
​​
「ヘイッ!!」
​​
ざわめきが少し収まり、視線が一斉にパトリシアへと集中する。向けられる感情のエネルギーにパトリシアは快感で震えた。
​​
「パー・ティー・イ!ソレパー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
自分の名前を叫ぶ。程なくして何人かが呼応し、それは波紋のように広がる。
​​
「パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
声に合わせてパトリシアが足踏みをすると、観衆も地を踏み始めた。ここに集まっているのはいずれもこの里の螺旋忍者。強さはバラバラでも、常人を遥かに超える異能者であることは共通している。彼らが揃って踏み鳴らしたなら、大地は容易く揺れ動く。
唱和する声。地面から伝わる振動。上がる土煙。
聴覚と感覚と視覚から、今やパトリシアは無尽蔵の力を得ていた。
故郷南米でプロレスラーとして修業していた記憶が生きている。
サキュバスとしての本能が鼓動している。
自分を見る者が居れば。自分に感情を向ける者が居れば。このパトリシア・バランはどこまでも強くなれる!
​​
「反撃をします。」
​​
抱えた首から声が聞こえた。はっきりと。
​​
「約束を破ってしまうことになりますが。」
​​
多少なりともダメージはあるにもかかわらず、少女の声は冷静だった。
​​
「オゥケイ。」
​​
ああ、油断してたナァ。プロレスで、優勢なものが優勢なまま勝つことは稀だ。必殺だと思われた技を耐え、更なる大技でねじ伏せる。
今のこの流れは。まさに。
​​
「ここからの返し技、ワカッテルワヨネ?」
「無論。」
​​
少女がパトリシアの腰を両腕で抱えた。膝を曲げて力を蓄え、そして跳ぶ。
パトリシアの耳に爆発音が聞こえ、目の前に火花が散った。視界がクリアになると観衆達はもう眼下に芥子粒ほどの大きさに見え、そしてなおも遠ざかる。
左腕はまだ少女の頭を捕らえている。ソニックブームの衝撃を受けても尚、闘志は弛緩を許さなかった。胴は掴まれるというよりは締め上げられるような状態で、跳躍時の負荷も相まって強い圧迫感と吐き気を感じた。
​​
「お見事でした。」
​​
『御屋形様』は言う。
​​
「褒めるのは、マダ早いンじゃナイ?」
​​
パトリシアは腕に一層力を込める。『御屋形様を殺害するに十分なレベル』に達するまで、魔力を以て現実を改変し続ける。
​​
「いえ、もう決着はついています。」
​​
上昇速度が徐々に衰えていく。
​​
「……ワタシの勝ちでネ!」
​​
二人の体が雲の中へと入り込んだ。
​​
「あなたは勝てなかった。わたくしに痛みを与えたことは称賛に値します。
しかしヘッドロックは、もともと殺人には遠い技です。ヒト同士ですら殺し合いには使わない技だ。それを基点にしてしまったのはあなたのミスです。」
「ならば、殺せるレベルのヘッドロックを作り出せばイイ。」
​​
雲の中、二人の体は緩やかに昇っていく。
​​
「丘の薫陶は正しい。あなたの言うことも間違ってはいない。
しかし今回は、あなたの勝ちではなかった。」
「まだわからナイ。」
「パティとは。」
​​
白雲の中に、少女とパトリシアの肉体が一瞬だけ静止した。
​​
「わたくしの愛称でもあります。」
「……クソッ♪」
​​
落下が始まる。少女の腕に一際力がこもると、自身諸共パトリシアの体を上下反転させた。
雲を破りぬけ、空気を切り裂き落下速度が増していく。
パトリシアは銀色の籠手で少女の頭を締め上げたまま。
少女は銀の両腕でパトリシアの胴を抱えたまま。
​​
自由落下による衝突など、異能者二人には全くダメージにならない。だが、そのエネルギーを利用して異能者自身の術に加えたなら、物理エネルギーは異能の技へと変換され、神魔に届く業となる。
​​
『御屋形様』の旧名は「鳩」と言い、それをもじって『御屋形様』の旦那様は「パティ」と呼んでいた。そんな話を誰に聞いたのか、パトリシアももう忘れていたが。
​​
轟音が鳴り響き、二人は逆落としで地面へと帰還した。小さなクレーターの中央で揃って仰向けに倒れ、『御屋形様』は立ち上がり、そして。
​​
「がああああああっ!!!」
​​
パトリシアは血反吐を散らかしながら転がった。衝突の瞬間一際強く締め上げられた胴体は、その衝撃を魔の技として、すなわちこの世界における『グラビティ』と呼ばれる異能として受け止めた。
胴が千切られたかのような痛みにパトリシアが悶絶する。実際、皮膚と背骨が辛うじてつながっているだけで、腹腔内部は両断されるよりなお酷い、内臓を炸裂させたような状態になっていた。
臓腑そのものを吐き出すような衝動と痛みをこらえきれずパトリシアが地面をのたうつ。治癒の技を放つ集中さえもままならない。
​​
少女は苦しむパトリシアを睥睨する。
そして四方の観衆へと東西南北に四度礼をした。
観衆は拍手で『御屋形様』の勝利をたたえる。
​​
「散れ。」
​​
手振りと共に少女が言うと音も声もぴたりと止み、忍者たちは速やかにその場を離れた。
​​
誰も居なくなった広場で、パトリシアが血混じりの泡を吐き出している。びくびくと痙攣する肢体に少女は近づき、顔面への下段突きを構えた。
​​
「まだ……。」
​​
照準代わりに下ろした片手に、パトリシアの両手が組み付いた。震える指先からは、未だ神魔に届く魔術の気配を感じる。忘れぬようにしているのだろう。ひとときでも『御屋形様』の持つ神性魔性を侵した感覚を。
少女は健気な両手に菩薩のように笑みを返し、パトリシアの引き込む力に逆らわず倒れ込む。
そして倒れる勢いそのままに、引き絞ったもう片方の拳を打ち下ろした。
​​
二人の落下の衝撃を遥かに凌いで響き渡った炸裂音は『御屋形様』からの最高の賛辞であったが、果たしてパトリシアにはそれを聞き取ることは出来なかった。

 

以上……。」

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