安価は絶対

「よかったな唾を吐いてもらえて。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

空も飛べないはず

​「僕(やつがれ)が教えたことはあまり役に立っていないようですね。」

パトリシア・バラン・瀬田が頭を垂れるのは、百目鬼衆(どどめきしゅう)筆頭補佐、鳥越・九(いちじく)に対してであった。

「どういうコトでしょうカ。」
「デウスエクスを駆除するにあたって潜入や隠密などの手段は用いられない、ということです。」

ズボンのポケットから純銀のスキットルを取り出し、素早く一口呷り呑む。
ウイスキー味の吐息がパトリシアの鼻先まで伸びた。

「仰せの通りデ。」
「僕(やつがれ)も人のことは言えませぬが。
 シルバーレインの中で戦っていた時は、少なくともそんな機会はなかったのだから。
 情報戦が出来るほど我らは老獪ではなかった、というだけですが。」
「……。」
「教えたことは、忘れてしまいましたか?」
「イエ。」
「潜入で最も大事なことは?」
「馴染むこと。」
「そう。
 具体的には?」

パトリシアは密かに眉根を顰めた。そしてそれを鳥越が見るともなく見つつも確実に察知したのを、理解していた。

「信頼を築くコト。中に入って、誠実に振舞うコト。自分がスパイであることなどよそにおいて、仕事に従事するコト。デス。」

鳥越が大仰に頷く。
自分の半分ほどしか生きていないように見える少女のこのような仕草は、いつでもパトリシアを少なからず惑わした。

「手っ取り早さを求めるなら、内部にいる人間に裏切らせるのがヨイ。
 既に信頼はあるのだからコトは早く済むし、間接的にしか関わらない分だけ足もつきニクイ。」
「そうですね。」

そう教えました。
鳥越が掌を向けて湯呑を指し示すと、パトリシアは一礼して喉を潤した。

「あなたはそうしていますか?」
「そうしてイマス。」
「どこで。」
「企業や、ヤクザの情報を漁る時に。」
「そうですね。」

スキットルをまた取り出して一呷り。

「そうした全てが、対デウスエクスに対して何一つ生かせないことを、僕(やつがれ)は恥じます。」
「ソンナコト……。」

異能者たちの戦いにおいて、個人の諜報能力は役に立たない。
正確に言うならば、敵性不死存在デウスエクスを打倒するにあたって、ケルベロスという異能者にはその戦闘能力以外何も求められていない。
諜報能力を生かそうにも、そのような命令が下らない。よしんば個人で諜報活動をしていたとしても、

「役には立たない。
 それは、初めからわかっていました。」

鳥越の青い瞳がパトリシアを睨め上げた。
彼女は純然たる日本人であり、瞳の色はカラーコンタクトによるものだとパトリシアは聞いていた。
何の為に偽っているのかは知らないが、意味のあることなのだろう。或いは無かったとしても、知ったことではない。

「でも、あなたに諜報活動を仕込むよう、御屋形様からは命じられました。
 そして、そうした。ブラジルからおいでになられてそんなに長い期間ではなかったが、あなたは確かに身に着けた。」
「モッタイナキお言葉。」
「あなたは出来る。だが何の役にも立たぬ。
 あなたはやっている。だが何の記録にも残らぬ。
 大きな趨勢の中では、一人の忍者の努力など大して効果がないからだ、と説明できなくもないが……。」
「……。」

青い瞳が畳の目を見つめていた。

「あなたはよくやっている。あなたを責めるつもりはありません。あなたは努力している。あなた自身の限界を突き詰めるように。立派な態度だ。けれど……。」

スキットルを手に取り、しかし逡巡してポケットにもどした。

「けれど、だ。
 限界を追い求めることは美しいことです。大事なことでもあります。
 100mを5秒で走れる人類はおらず、走り幅跳びで20mをジャンプできる人類はおらず、100トンを持ち上げられる人類はいない。そのように遺伝子が出来ている。
 だが、明確に限界があるからと言ってそこに近づく努力が無意味だという者はいない。いや、寧ろだからこそそこに近づこうとする人々は感動を呼び起こす。限界にまた一歩近づくたびに、もしかしたら限界などないのではないかと、人に不可能はないのではないかと心を昂揚させてくれるから。」

しかし。

「それでも純然と限界はあり、そしてそれは耐えがたい屈辱なのです。
 自分の足で音より速く走りたい。跳躍ひとつで蒼穹へ飛び立ちたい。ビルディングを持ち上げて、企業を物理的に破壊しつくしたい。
 そう望むことは、何も恥ずかしいことではない。そして、その望みが挑戦する前から不可能だと決定づけられていることは、どう言いつくろおうとも恥辱以外の何物でもない。
 不可能を望むのはばかげたことだ、という者がいますが、因果は逆です。まず望みがあり、そしてその後にそれが不可能だと知るのです。
 バカげたことを望んでしまうのは普通のことです。不可能と知って望み続けることをバカげている、というのだ。」

しかし。しかし。
鳥越はスキットルを取り出し、今度こそ中身を飲み下した。

「バカげていようと望みは望みだ。明らかであろうと挫折は挫折だ。
 僕(やつがれ)どもは、その望みを叶え、挫折に報いる為にある。」

パトリシアは己の瞳に魔力が迸るのを感じた。
自分の目も青くなろうとしている。
御屋形様の瞳と同じように。自分の内なる力によって。

「バラン殿。あなたらしさなど、デウスエクスと戦うのに何の役にも立たぬ。
 『あなたはあなたではない』。『あなたらしさなどというものは、この世に初めから終わりまで微塵も存在しない』。
 いや、デウスエクスと戦うことすらそもそも求められていないかもしれない。
 バラン殿。僕(やつがれ)が教えた諜報技術もほかの師匠連中が教えた武術も技術もなにもかも、ただのハリボテだ。
 あなたはケルベロスでありさえすればいい。デウスエクスの敗北を見届けさえすればいい。
サキュバスである必要も螺旋忍者である必要も降魔拳士である必要も女である必要すらない。」
「ケレド。」

パトリシアの目は、翡翠色に輝いていた。生まれついての色に。

「ワタシには必要デス。
 マスターハトメは言っていまシタ。『この嘘に引きずり降ろして殺してやる』と。
 ワタシの全てが無意味で嘘でも、それでもそれはワタシデス。
 ワタシがワタシでなくとも、ワタシはワタシだ。それが嘘でもワタシはワタシ。
 何もかも意味がなかったとシテモ、何もかもただのフレーバーだとシテモ、ワタシにはそれが必要デス。
 Show must go on.
 ショウである以上、『ワタシが本当はどうなのか』は大した意味はアリマセン。
 嘘であればコソ、出来ることすらアル。あなたのように、諦めたりはシナイ。」
「明確にあるはずの限界を超えていけ。それがあなたに課せられた使命だ。
 神々の心を打ち、揺り動かし、北海道にあるサーバーを打ち壊させろ。
 御屋形様と筧様を解放しろ。それだけが我らの使命だ。」
「オッケイ、ヤってヤるワヨ、嘘が本当を作り出すことだってアルって、教えてアゲルワ、マスタートリゴエ。」
「それを神話と呼びます。期待していますよ。」

そして銀のスキットルが光より速く放り投げられ、パトリシアの頭部を空間ごと引き裂いて。
嘘は一先ずここまでと、裂け目が幕のように下りて閉じた。

 

以上……。」

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