畏れよ、我をと神は嘆願し

「バクテリアに生まれればよかったのに。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

Imp666

他の全てを見下し続けていない限り足元から崩れ落ちてしまう、
精神の育ち損ないども。
心の出来損ないども。
育たなくとも出来ていなくとも、彼らは生きている。
死に絶えろと願っても、死んでなどくれない。

そういう人たちを満足させるのは簡単です、とケー・ジー・バランは言った。
あなたは凄い。あなたは素晴らしい。あなたは誰にも出来ないことをした。
彼らに心からの承認を表現してやればいい。そうすれば彼らは決して裏切らない。

パトリシア・バラン・瀬田はそういう父親を心から軽蔑したし、その言葉が正しいことを心底から納得もしていた。

サンパウロの外れにあるケーの私宅には、裏社会をイメージさせるものは何もない。
広い庭、美しい外観の家屋。舗装された地面に導かれて玄関の真っ白な扉を開けると、艶のあるフローリングのリビングが右手に広がるのを見ながら、緩やかな階段を上がり、三方に分かれた廊下の真ん中を突きあたり、鍵が二重についた扉を開けると、書棚と机と、低いテーブル。そしてテーブルをはさむ一対のソファのある部屋となる。
南中の前後に辛うじて日光が入る高い小窓。
その光を避けるように、机に向かうケー・ジー・バランの姿がある。モニタには今しがた彼が受け取ったばかりのメールが表示されており、彼はすぐにウインドウを閉じて振り向いた。

「やあ、パティ。どうしました?」

仕事中にわざと邪魔をしに来ても「何の用だ」と言わずに自分の心配をしてくれる父親のことがパトリシア・バラン・瀬田は好きだった。

「宿題、手伝って欲しい!」

ノートと教科書を見せると、パパはにこにこと笑いながら立ち上がりソファへと座る。

「今日は数学?」
「歴史も。」
​​
父親の向かいに座り、テーブルに荷物をぶちまける。
​​
「じゃ、始めましょうか。」
​​
嫌な顔一つせず、笑って応じてくれるパパが好きだった。娘と話せることがたまらなく嬉しそうな笑顔を見ると、自分も幸せな気持ちになった。
​​
困ったとき、嬉しかったとき、パトリシアはいつも父の部屋を訪ねていた。
父は一度自室に入ると外からの呼びかけでは決して出てこないので、父と会話をしたいときはいつも自分から行くことになっていた。
初めは不思議に思ってはいたものの、大人には事情があるのだろうと幼いなりに自得していたし、行けば必ず相手をしてくれたからいつしか気にもしなくなった。
宿題を手伝ってくれたり、学校の悩みを聞いてくれたり、ママには内緒と言ってお酒をちょっとだけ飲ませてくれたりするパパが好きだった。
ママに「あまり甘やかさないで」と叱られて、「何しろ娘が可愛いもんだから」と申し訳なさそうに笑うパパが好きだった。

だから、お願いされたことは何でも訊いた。
貧民街(ファヴェーラ)に行けと言われたときも最初は怖かったけど、パパと付き人の手を握りながら頑張って歩いた。
笑って話しかけるパパと真剣にメモを取る付き人さんを見て、此処にも確かに人間がいるのだと知った。楽し気に話しかければ楽し気に返し、不機嫌に接すれば不機嫌を返すごく普通の人間が。

パパが居なくても貧民街に行けるようになった。
付き人無しでも大丈夫になった。
財布を盗まれたけどなんとかなった。
お金と引き換えに話を聞かせてもらうことを学んだ。
体を求められたけど「必要なら」と我慢したしすぐに気持ちよくなれた。
パパは苦しい時に何時だって味方になってくれた。
ハグしてくれた。謝ってくれた。ありがとうと言ってくれた。辛いのならば別の人に代わってもらおうと言ってくれ、わたしはそれを固辞した。
​​
わたしはパパが大好きだった。

パパはママとだけ喧嘩をする。
仕事で会う相手は、どんなに乱暴な人物でもパパは笑顔を崩さないのに。
わたしが顔を見せると、パパは笑いママは困った顔をする。
さっきまで泣くような声で反論していたのに。
大声で怒鳴り上げて懇願していたのに。
​​
パパはどうしてわたしに仕事を頼むのだろうか。
パパはキミに才能があるからだという。
ママは心配そうな目でただ見ていた。
何故わたしを貧民街に連れて行った。
何故わたしに諜報の技術を仕込んだ。
何故わたしに体を売らせた。
何故わたしに暴力を仕込んだ。
ママは心配そうな目でただ見ていた。そして一言だけ。

「大丈夫?」

もうやめて、もういいじゃない。そんな声で。
うるさい、パパと喧嘩をする癖に。
パパと喧嘩が出来る癖に。
パパ。わたしは大丈夫なの?
パパ。わたしは役に立ってるよ。
パパは。

「パパはわたしのことが好きなの?」



「勿論。キミは僕の大事な娘だよ。」

淀み無いその言葉を聞いて、父への愛は石のように冷めた。

けれど。

「パティ、パパのこと嫌いか?」

これを言われたら、今更嫌いになどなれない。
裏切りではないのだ。信頼がおける手下として、心から接している。接してくれている。
それがただのご機嫌取りに過ぎないとわかってはいた。
しかし心の底から行われるご機嫌取りは、信頼以外の何とみなせばいい?

パパの評判を客観的に見直したのはその後。
パパの仕事は言わば人材派遣業だ。
蓄積した情報から次に起こるであろう「事件」を割り出す。時には情報を流して「事件」を引き起こしたりもする。その際にマフィアやギャングの勢力が必要とする人材を見繕い斡旋する。

パパの様子を改めて注視する。
金は期日通りに支払う。
「ありがとう」と「ごめんなさい」を躊躇なく大声で言う。
会う人によって着る服を変える。
絶対に複数のビジネス相手と同時には会わない。

パパは、ビジネスの相手一人一人に対して、一番信頼したくなる姿に化けて接しているのだ。

自我そのものによって自我の礎を築くことは、そもそも人間にはできないようにできている。
人はどうしようもなく、他人に根拠を持つ生き物だ。
誰かに認められた経験がなければ。誰かに存在を確かに承認してもらえた経験が無ければ。

認められたことの無い人間は、他人を尊敬することもできない。承認することもできない。褒めることなど到底できない。
自分と同等以上の人間が居ることを認めたら、自我を維持できないから。
「自分は自分でいるだけで偉いのだ」ということを他人より偉いということでしか担保できないのに、他人を自分と「同じ」人間であるなどと認められるはずがない。

完璧な人間などいない。劣等感を持たない人間などいない。だが。
完璧な劣等感だけで形成された人間はいるのだ。溢れかえるほどに。
誰もが彼らを未熟傲慢悪辣不遜と切り捨て拒み続ける限り、二枚舌が手駒に困ることはない。

 

以上……。」

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