煮固められた悪意

「粉末になって死ね。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

投獄宝物庫

ダクトテープを全身に巻かれミイラのような風体となったパトリシア・バランをバンの荷室に投げ込むと、鳩目・ラプラース・あばたは運転席に乗り込みエンジンをかけた。

「それ千切ったら放り出しますからね。」

くぐもったうめきを鳩目は肯定と解釈しアクセルを踏んだ。
高速道路を飛ばし、山道を越え、目的地にたどり着くまでの間に荷室はダクトテープのミイラがバタバタと転がった。
初めのうちは壁にぶつかる度に抗議のうめき声が沸いたが、壁にぶつかった回数が20を超えるころになると声が聞こえることはなくなった。
鳩目は必要とあらばスタントドライバー並みの荒々しい運転も辞さないので、パトリシアはこれが急ぎの運転でない事に感謝するべきであろう。

「もういいですよ。」

車から引きずり降ろされたパトリシアはその声に応えテープの拘束を引き裂いた。
出発時にやや南西に見えていた太陽はもうすっかり消え、夜の闇が辺りを包んでいた。

「ねえ、本当にコンナの必要ダッタ?ワタシ別に他人に言ったりシナイヨ?」
「あなたを信頼するかどうかはわたしが決めます。」

振り向きもせず、鳩目は歩き出した。足音からしてどうやら砂利交じりの土の地面であるらしい。方々から虫の声も聞こえ、森林の中の開けたスペースであろうことが知れた。
鳩目がガラス玉のような機械の目で地面を見つめながら歩く。そして突如座り込むと、ポケットから鍵を取り出し大地に差し込んだ。
がこん、と音がして、地面が扉の形に開く。
パトリシアがひゅうと口笛を吹いた。

「それもアーティファクトデスカ。」
「そうです。ついてきてください。」

鳩目が飛び込むと次いでパトリシアが降りる。
鳩目が何かのスイッチを操作すると室内の照明が点灯し、出入り口が閉じた。

「ワオ……。」

照らされた室内には棚とガラスケースが並んでいた。
陳列されている物は多種多様。
鉢、壺、銃、刀剣、手帳、奇妙な生命体の標本、大小の書物、etcetc….
それぞれにラベルシールが付随しており、名前と日付と数字の羅列が書かれている。

「これが全部アーティファクト……。」
「丘敬次郎に感謝してください。」
「あら呼ビ捨テ。」
「アレが師匠面して武器庫を見せてあげてくださいなどと言わなければ、あなたを連れてくることはありませんでした。」

鳩目が嘆息する。

「見てもいいのヨネ?」
「ある程度は。」

と言っても、見るだけではどういうものなのか全くわからない。
ここにある物は全て鳩目・ラプラース・あばたが『神』なるものを滅ぼす為に集め続けている神秘の器物である。
時間、空間、精神、肉体、そう言ったものを超越するためのものであるから、いずれも粒選りの危険物に違いない。試しに使ってみることなどとても恐ろしくてできはしない。そもそんなそぶりを見せた途端に鳩目に撃ち殺されてしまうだろうが。

「……紹介シテもらってモ?」
「承りました。」

パトリシアの躊躇の理由を十分に察していた鳩目はすんなりと要請に応じ、手近な小瓶を手に取った。

「これはエヴェレットと言います。
この液体はアルコールに溶ける性質があり、酒に混ぜて飲むと並行世界の自分自身を引き出すことが出来ます。」
「ピンとコナイ。」
「有り得た可能性を具現化するのです。
例えば、あの時もっと筋トレしていた自分、或いは何らかの勉強をしていた自分。そう言った、別の時間軸を辿った自分自身を憑依させることのできる秘薬です。」
「あの時ああだったナラ……ってコト?」
「あくまで可能性があるものに限られます。例えばわたしが飲んだとして、『理系でない鳩目あばた』を引き出すことは出来ないと考えられる。
わたしには数理と格闘する才能があり、勉強しか逃げ場のないいじめられっ子であった。
その結果として理数系に進学したが、そうではない自分というのは想像ができない。
いじめられない環境というのは考えられるが、理数に興味がない自分というのはおそらくあり得ない。」
「ちょっとちょっとちょっと待ってマスターハトメ。
……学校行ってたノ?」
「人を何だと思っているのですか。」
「いや、ダモクレスなんデショ?」
「そのあたりはまだ翻訳が上手くいっていないのです。」

鳩目・ラプラース・あばたはグラビティが使える異能者であり、間違いなくデウスエクスかケルベロスかのどちらかである。
そして、機械の体を持つ彼女は機械種族ダモクレスのデウスエクスか、その定命化体であるレプリカントのケルベロス二択になるわけだが、鳩目はコアブラスター・スパイラルアーム・マルチプルミサイルと言ったレプリカントケルベロスなら例外なく使用可能なグラビティが使えない。消去法でデウスエクス・ダモクレスということになる。
異星からの侵略者であるダモクレスに学生時代などあるはずがなく、それはつまり鳩目が嘘を吐いているか、彼女がダモクレスでもレプリカントでもない正体不明の何かであるかのどちらかということになる。

「まあコードネーム・ブランクということでいいでしょう。」
「そんな適当ナ……。」
「翻訳不能なのですから意訳するほかありません。それともあなたがわたしを定義してくれるのですか?」
「……次イキマショ次。」

原典からの翻訳行為には大なり小なり情報の欠落と歪曲が発生する。バロックナイトイクリプスを原点とする鳩目を十全に翻訳するには、まだこちらの世界の語彙は足りていない。

「これはあなた好みなのではないでしょうか。」
「露骨ネ……。」

次に鳩目が手に取ったのはディルドーである。
陰嚢まで再現された真っ黒な巨根だ。

「これは『ファリックタイラント』と言います。耳に当ててみてください。」
「ドレドレ。」

パトリシアは特に抵抗もなく鈴口を耳に差し込んだ。

――――レイプされたことをいちいち喚くな
――――出したい出したい出したい
――――陵辱が大好きなのに邪魔をしやがって
――――殺人以上に悪い罪だと言われるぜ
――――ポルノすらくだらねえ規制がかけられやがる
――――センズリのオカズに文句を言われても困るぜ
――――傷つく?苦痛?俺たちに迷惑をかけんな女々しいメスがよ

無数のざわめきが聞こえ、パトリシアは瞑目しながらそれを耳から遠ざけた。

「これを性器または肛門に挿入すると、全男性の正直な性欲を脳に流し込むことが出来ます。」
「精神の凌辱ダワ……。」
「丘曰く、『純粋で美しく野卑な欲望の結晶』だと。」
「ハァー……。」
「男性だから女性だからというのはポリティカルコレクトネスに反するのでわたしも大声では言いたくないのですが、これの声を聴いていると性差は生命としての絶対的差であると叫びたい気持ちになります。」
「こんなもんナンカ役に立つんデスカ?」
「集合無意識を集めるアンテナになるのです。これは空間を飛び越え精神にアクセスする力があると考えられる。その原理を知ることは有益です。」
「原理ワカリマシタ?」
「まだです。」
「がんばってクダサイ。」

パトリシアはディルドー型アーティファクトを元の場所に戻すと、ガラスケースに入れられた剣に目を向けた。

「気になりますか?」
「展示物っぽさガ凄いカラ。」

比較的手に取りやすい他のアーティファクトと異なり、触れることを拒絶するような置かれ方をしているそれは目を引いた。
その剣は30cmほどの刀身を持つ鍔の無い短剣で、構造的な継ぎ目が見られないにも関わらず持ち手と刀身の色が大きく異なっていた。
刃は黒く、持ち手は鈍色。古代の青銅剣にも似た形をしている。

「それは『弔い無しの剣』。或いは『悲哀殺し』と呼ばれています。
異界由来のアーティファクトで、別次元の文明を滅ぼしかけた大変危険なものです。」
「キケン。」
「この剣は見た目より殺傷能力が高く、刺されたものは安らかに絶命するそうです。
問題はその後でして。この剣で殺された者の死を悲しんだら、その人も死ぬのです。」

パトリシアが何とはなしにガラスケースに触れると、微かながら魔力による反発を感じた。ケース自体に負荷をはじき返す結界が内蔵されている。殴りつければ恐らく同じ力で跳ね返してくるだろう。鳩目がこの剣をどれほど危険視しているかが知れた。

「そして、悲しんだことによって呪い殺された者の死を悲しんだ者もまた死ぬ。
それを悲しんだ者もまた死ぬ。それが誰も悲しまなくなるまで続く。」
「それで人が大量に死んだト。」

異界の生命体を人と呼んでいいのかは別として。

「恐らくこの剣は別に大量殺戮を目的に作られた訳ではないのです。
本来は、殺害の罪悪感を極限まで軽減するための道具なんです。
『殺害しても悲しむ人がいないのならば気分は楽』。
それだけの剣なんですよ。」
「身勝手ダワー。」
「わたしたちはそれを身勝手と呼ぶ権利はありませんがね。」

鳩目が目を細めてパトリシアを見つめた。

「我々は人を殺して飯を食っているわけですから。」
「そりゃソーですケド。」
「寧ろ、この剣にはまだ人らしい心を感じます。殺しはしたいが恨まれたくはない、関係ない人まで悲しませたくない、という気持ちが。
望んで法を破り知らんぷりを決め込む我々よりナイーヴとも言えます。」
「ナイーヴ、ね。」

パトリシアが天井を仰ぐ。そんな気持ちを捨ててから、さてもう何年経つのか。

「我々の稼業は、法で禁止されている『から』、誰もやりたがらない『から』、お金になるんです。社会の安定とははっきり真逆にある。
そんなわたしたちが『出来るだけ殺害による心理的負担を軽くしたい』という気持ちを否定するのは筋違いです。」
「イヤなもんはイヤダワ。恨まれたくないダノ悲しませたくないダノ、ワタシに言わせれば未熟者もいいところナンダモノ。そんなこと考えるぐらいなら人殺しなんかスンナヨ。」
「嫌うのは自由です。心のありようはあなたも好きにすればいい。わたしだってこのアーティファクトを作った者や使った者についてはいい感情を抱いていません。
しかし、そういう『好き勝手に他人の心や命を踏みにじりたい』という気持ちがあってこそ我々の稼業が成り立つわけですし、我々はそれを望んでやっている。
我々はこの剣の作り手や使い手のような甘さというか、甘えを請け負うことでお金をもらっている。」
「責める立場にはナイ、と。」
「別に責めてもいいんですよ。それは自由です。
筋が通らない、というだけで。わたしは居心地が悪いので到底無理ですが。」

他人の甘えを嫌悪しながら、その甘えによって発生する金は嬉々として受け取る。
十分にあり得ることだ。それぞれの感情を違うペルソナが担当しているなら。
クライアントを嫌う自分と入金を喜ぶ自分が別々のペルソナならば、筋が通る必要はない。

「先ほどのファリックタイラントも、自由の産物です。
我ら女性がどれほど嫌おうとも男性は女性を制圧したがっている。全ての男性がそうとは言わないが、女性を蔑視する男性は相当数おり、それは事実だ。
『何故蔑視するのか』という問いが無意味なことも、アレの声を聴いたあなたならわかるでしょう。」

眉を顰め、パトリシアは鳩目の目を睨み返した。
聴くまでもなく知っていた。男がどれほど劣情に支配されやすいか。それを利用して感情エネルギーを食らい今日まで生きているのが、サキュバスたるパトリシアの有様なのだから。

見下す奴は見下す。
トートロジーでしかない命題だが、それが事実だ。
汚物を見て嫌な感情が喚起するように、女性が人間らしいことを主張すると腹が立つ人種がいる。相当数。理由を問うことに意味はない。彼らはそういう回路が脳にあり、自分でもどうすることもできないのだから。
女性に対して腹が立っても口にしない。それが彼らに出来る最大限の礼儀であって、そもそも腹を立てるな、見下すな、というのは無理な相談なのだ。

「洗脳するか、殺すかでもしない限り。」

女を見下すという価値観をこの世から消し去りでもしない限り。
価値観を消し去るには、結局のところ脳を弄るか生命ごと葬り去るかの二択しかない。

「続きを始めましょう。それとも。」

鳩目が、瞳の無い目でパトリシアを睥睨する。

「その剣で憎い男を突いてみますか?」

それもまた自由だ、それをわたしが阻止するのもまた。

脳裏に鳩目のテレパスが響いた。

 

以上……。」

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