拳では足りない

「苦しんで死ね。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

初めはみんなまがい物

​確かな手ごたえに痺れるような喜び。龍と化した丘・敬次郎を殴り飛ばしたばかりの左拳を突き出し、パトリシア・バランはとびかかる。力強く、しかし慎重に。師の思いもよらぬ反撃を食らわぬように。


敵性不死存在『デウスエクス』が地球に残した侵略の爪痕には、単なる荒廃では済まないものもある。『地球の傷』と呼ばれているそれは、残霊という病原体が蔓延る膿疱となり、地を深く穿つダンジョンとなる。
そうして出来たダンジョンにはケルベロスが多数派遣され、残霊とデウスエクスの駆除による傷の治癒が行われている。


パトリシアと丘が戦っている場所もまたそうしたダンジョンのひとつであった。
地球自身の治癒力の賜物なのか、『地球の傷』は多少の物理的な破損では揺らがない。誰がいつ入り込んでも同じ構造をしており、同じ場所に同じ残霊が現れ、過去の誰かが戦った痕跡は残っていない。
これは『地球の傷』が単なる物理的な場所ではなく、地球の精神的外傷の表象とでもいうべき現象であることを表しているのかもしれない。
ともかく、ここではどのように振る舞おうとそれを他人に知られることはない。
ならば修練にはうってつけだと、丘はパトリシアを連れ出してそこへ向かったのだ。

パトリシアが構える。右の金籠手を前に出し、手は軽く開いて指先を前に向ける。左の銀籠手は左頬の横に置く。
丘は特製のメスを袖から抜き出し、右手に持つ。両手を下げて足は肩幅に開いてただ直立。
三度呼吸をした後、パトリシアが踏み出す。互いに力量は熟知している。様子見など必要ない。どちらが『挑む』のかとなれば、当然パトリシアだ。
金籠手が間合いに入ると同時、メスが閃いた。
手首を狙った斬閃はしかし蛇のようにしなる金の右手に絡め捕られる。

「おっ。」

金の大蛇が跳ね上げた手から、メスが高く宙に飛ぶ。丘の驚く顔目掛け、引き絞った銀の左拳を放つ。空気の弾ける音。

「強くなりましたねぇ♪」

左掌が拳を防いでいた。弾かれた右手を丘はそのまま手刀に変えて振り下ろす。左拳を引き切断を回避。間合いの空ける為右アッパーを放つが丘の踏み込みが早い。突き上げるような貫き手がパトリシアの喉に深々と刺さった。

「……ッ!!」

声にならない苦悶を叫んでたたらを踏みながら下がるパトリシアに丘はたやすく追いつく。
右の鉄槌打ちは左の銀籠手でガード、続く左の鉤突きも右の金籠手で抑える。互いに両手がふさがる。足元に気配を察知したパトリシアは蹴りを警戒するが、下げた視線は黒い何かに薙ぎ打たれた。

「イタァッ!」

それは髪の房であった。二つ結びにした丘の黒髪が、首の捻りによって目潰しとなって打たれたのだ。

「昔、僕がやられた手です♪」

両手をふさいだ上で脚の僅かな動きによるフェイント。意識を下に向けさせて放たれた奇襲はこの上ない威力を発揮した。
パトリシアがステップバックするも、盲目の後退と刮目の前進では比較にならない。股間への蹴り。丘のブーツの脛が恥部に深々と食い込む。尻に引っ掛けた蹴り足で痛みにうつむくパトリシアをひきつけ、つんのめった顔面を順突きで貫く。
首は限界まで後ろに倒れ、背が傾く。それでも足りず、吹き飛ぶ首に引きずられるようにパトリシアの体が跳んだ。背中を地に擦り、転がり。やがて俯せに倒れ、止まる。
丘は残心の姿勢を崩さず、その様を見つめていた。

「随分優しいジャナイ……。」

伏したままの顔から震える声が聞こえる。

「本当に強くなりましたね♪」

その称賛は恐らく本心だろう。ダウンした相手に油断なく残心を構えていたのがその証左だ。
しかし本心であればこそ、それは彼女を心から見くびっているとも言える。
褒めるということは、褒める余裕がある程度の相手でしかないという意味でもある。
残心こそすれダウンしたパトリシアに追い打ちをかけてはない。
そもそも股間蹴りからのコンビネーションが只の拳ということ自体、殺す気ではない、本気ではないということを示していた。
手合わせなのだからそれが当然ではあるのだが、朦朧としているパトリシアにそのようなことを勘案する理性は無い。
散々殺し合いを仕込んでおいて、強くなったと褒めておいて、必中の機会に放たれたのは只の拳。魔法でも斬撃でもない。打たれたのは顔面。首でも心臓でもない。いっそまだまだ弱いと罵ってくれたなら。何より褒められる程度の弱さでしかない自分が、それを納得できるほど力の差のある自分のことが、腹立たしくて堪らない!
銀の拳を地に振り下ろす。

「!」

丘が身体を流体化させ警戒する。打ち下ろされた拳を中心に地が割れた。亀裂は壁面を伝い天井を走り、ダンジョンを丸ごと引き裂く。裂け目から白い光が一斉に吹き出し、霧となって漂う丘の身を刺した。
崩れ落ちた瓦礫の上にパトリシアが立つ。徐に。先ほど大地を叩いた銀の籠手からは、黒い液体と白い光が染み出し溢れている。
プラズマと気体の混合物となった丘が、大気に放電音を鳴らしながら彼女の眼を見据えた。

「頼りますか。それに。」

丘の声には少なからぬ不満の色が混じっていた。

「イケない?」

返事をするパトリシアは酷薄な笑みを浮かべている。口からは白煙が吹き出し、彼女の体内を何かが熱しているのがわかった。

「御屋形様の銀籠手……まだあなたが使うには早い。」
「ハッ!!」

差し出した銀の掌から、光の槍と闇の触手が奔り出した。丘は風と雷の塊となり飛び回るが、それでも尚避けられない。その身を雷霆と化して心臓を貫かんとする丘を、しかし銀籠手は受け止めた。

「やっと必死にナッテくれたワネ♪」
「使い方を教えたつもりはありませんよ。」
「あなたを倒せるならそれが正解ヨ、マスターオカ。」

受け止めたプラズマ流体に右の金籠手でアッパーを突き込む。だが手ごたえはなく、あえなく右手は感電して焼けた。

「それを使わずに勝てないようでは未熟の誹りは免れません。」
「負け惜シミ?」

丘の気圧の刃が届くより早く、銀掌に握った丘の体へ直接光を打ち込んだ。丘は身を削られつつも頭部への雷撃を置き土産に掌握から逃れる。

「あなたの身が持たない。」

悲しげな丘の声が木霊する。
銀籠手から湧き出す白と黒はパトリシア自身の身も侵している。既に左腕は肩までが黒白のうねりに染まり、全身は魔力のオーバードーズで霞んでいる。
銀籠手に溶かし込まれた『御屋形様』の一部が、この世をこの世ならざるものへと置き換えていく。パトリシアそのものが、あるはずのない夢幻に変わっていく。神域へと消し去っていく。

「あなたが言ったノヨ、不可能を塗り替えろッテ。そういう魔法が必要だッテ。」

脈打つような声で、パトリシアが言う。
神や悪魔を目で見ることは出来ない。もしそんなものが見えたとしたらそれは幻だ。幻覚だ。
神魔は幻の中にしかいない。現実ではない場所にしか。
この世ならざる者に届くためには、幻に溶けていくのは必然。

「その籠手前提の戦い方はお勧めしません。決して。
 何故なら、あなたの強さに上限が設けられてしまう。その籠手があなたの最上の攻撃である限り、その籠手以上の強さには決してなれない。それでは僕を倒すことはできない。」
「それがドウシタ?」

パトリシアの瞳が爛々と輝き、そして底知れない暗黒へと変わってゆく。角が伸び、皮膚が変色し、服が溶け落ちる。『違う存在』になる代わりに、霞みゆく姿ははっきりとしたものになった。

「今のワタシにはコレを使うのが最上の攻撃デス。コレで足りなくなったなら捨てればイイ。
 マスターオカ、稽古をつけてくれるワヨネ?」

光と闇が編み込まれ、巨大な銀の腕の形を為す。振り下ろされる巨神の拳に、丘はプラズマの刃を振り抜いた。

「正解です♪」

不肖の弟子の成長を確認し、丘も流体の龍へと姿を変えた。
ようこそ神域へ。未熟者。
ダンジョンは最早形もない。『地球の傷』は残霊を根絶され、強制的に治癒された。
後は彼らの激突そのものが新たな傷とならないよう、祈るばかり。

以上……。」

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