消耗品に注ぐ程度の愛情

「喋るな。言語が汚れる。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

軽蔑的な寛容

​「拳を振り切ったポーズをとってください。そう、イメージして。理想的なフックが命中して、打ち切った時点のポーズです。
では、自然な姿勢に戻ってください。
そこから、もう一度先ほどの振り切ったポーズをとってください。ポーズだけで結構です。
はい。自然な姿勢に戻して。振り切ったポーズをとって。
では、これから手拍子をします。それに合わせて、自然な姿勢と振り切ったフォームを交互にとってください。行きますよ?
一回一回しっかりポーズをとってください。そう、そうです。足も拳も、打ち切った後の理想の姿勢を忘れないで。……だんだん早くしますよ。
……オーケー、やめ。フォームが崩れてきましたね。
このリズムが、あなたの肉体で出来る最速のフックです。そのテンポ、その早さを忘れないでください。
最後に、自然な姿勢に戻して。さっきのテンポで、今度はポーズではなく腰を回してきちんとフックを打ち切ってください。……そう。それがあなたの一拍子のフックです。」

筧・小鳩はにっこりと笑うと、道場の弟子たちを見回した。

「皆さんも、自分の一拍子を把握してみてください。相手の挙動に自分の一拍子で間に合うかどうか、考えてみてください。間に合うならば先に攻撃を当てることができますし、相手の方が早いのなら防御するか虚をつくかする必要があります。
自分の能力は大事な物差しです。どれだけの力で殴れるか、蹴れるか。どれだけの速さでそれができるか。わかっているつもりでも、時々意識してください。
できないことをやろうとしたりできることをやらなかったりするのは、危険なことです。」

弟子たちが一斉に頷くのを見て、小鳩は満足そうに目を細める。

「では、各自稽古を続けてください。ご清聴ありがとうございました。」

その声に弟子たちは一礼し、銘々自己の鍛錬の続きを始める。
ある者は空手の型稽古、ある者はシャドウボクシング、ある者は中国拳法、またある者はクラブ・マガの組手と、弟子たちの動きはてんでバラバラだった。小鳩はその中を横切り道場を出ていく。

「精が出ますネ、お屋形様♪」

外では褐色肌のメスのサキュバスが手を振っていた。小鳩は銀の腕を軽く上げて応じる。

「そちらこそ、こんな山奥に毎度いらっしゃって、ご苦労様です。」
「アナタが来いって言うカラデショー?」

片言の日本語を話しながら、サキュバスは小鳩に並んで歩きだす。背丈相応に歩幅の小さい小鳩に合わせて、幾分ゆっくりとしたペースで。

「一拍子ネー。ワタシもよく言われたワ。でもフックを一拍子で打てはドウなんでしょうカ?」
「適当に言いましたからね。」
「適当ナノ?!」

サキュバスが身をかがめて小鳩の顔を覗き込んだ。翡翠色の瞳に、小鳩はまっすぐ自分の青い瞳を向け返す。

「一拍子で出来ないパンチはテレフォンパンチですから。」

小鳩がぐっ、ぐっと肩をいからせ、パンチの前のモーションをやって見せる。

「ボクサーの世界では、これがフェイントとして機能するのは知っています。
しかしフェイントとして成立するということは、このモーションを見て相手は何らかの反応が出来るということですよね。通常のパンチを打つときも同じように、相手は反応出来る。その程度の早さでしかないということです。
そう考えたのでああ教えたのですけど。」
「お屋形様がそうおっしゃられるのでアレバ。」
「でも今にして思えば、一拍子分溜めて打つことにも合理性はあるかもしれません。溜めることでガードの上から効かせられるなら反応されてもリターンはある。ワンツーのツーなら一拍子分の隙も消える訳で。そうですね、次回にはそういう話をしましょう。」
「大変ダワ、アナタの気まぐれに付き合わされるニンジャのカタガタは。」
「わたくしもまた、日々勉強です。」

小鳩が石畳に沿って進路を変えると、サキュバスの女も続く。その先には大きな門戸が見え、里で一番大きい屋敷へと繋がっている。

「イキアタリバッタリの間違いデショ?」
「大きな口を叩くようになりましたねバラン。まあおっしゃる通りです。
彼らに大して期待もしていませんし、正面から殴り合うような仕事を割り当てるつもりもありません。
五分の勝負など、忍びの仕事ではない。」
「『五分の勝負は五分負けている』デスカ。マスターオカにもよく言われマシタ。」
「ジムに陸上競技者を連れて行ったところ、ジムの格闘家が軒並み倒されてしまったという逸話を聞いたことがあります。剛よく柔を断つ、と言えば聞こえはいいかもしれませんが、要するに膂力は技術に勝り得る訳です。
増してや、わたくしやあなたのような異能の者にとって、力の差は絶対の基準です。膂力や魔力の差は、鍛えれば追いつけるとか技量で埋められるとかそんな僅かなものではない。虫けらと恐竜ほどに差がつくのもザラだ。」
「なら何故鍛えてあげてるんデス?」
「虫けらなりの努力は、いじらしいものです。」

バランの眉がぴくぴくと動いた。眉間に入る力を意識して抑え込んでいる。三十台を迎えた肌にこれ以上無駄な皺が刻まれないように。

「虫ケラ、ネ。」
「勿論あなたは特別ですよ?ちゃんと異能者として対等に扱っているつもりです。」
「よく言うワ。ワタシが何度あなたにぶちのめされてると思ってるノ?」
「あなたにはそれが必要な鍛錬なのですから、仕方ありません。」

小鳩の声は悪びれない。

「正面切って相手をしてあげているのも、それが必要だからです。
ケルベロスとデウスエクスの戦いにおいて、不意打ちなど期待できない。そして、喉を切ろうが心臓を打とうが脳を砕こうが、死ぬとは限らない。
一撃で殺し切れる保障がなく、背後を取ろうとしても第六感とか何とか言われて無効化されるのなら、殺す手段は格闘術しかなくなる。
あなたの格闘能力を鍛えるのは、必要なことです。」
「ぶちのめされたくない、と言ってるんですケド。」
「おかげで、デウスエクスとの戦闘の際には怯まなくなったでしょう?わたくしと立ち会い、打ち倒され、起き上がった経験がある。暴力に直面しても面喰らって動けなくなることはなくなったはずだ。」

今度は小鳩がバランへと首を向けた。バランは睨み返すが、小鳩は動じない。

「これは先ほどの忍者たちにも言えることですね。暴力に慣れていれば、いざ襲われても慌てない。ぶちまけたことを言えば、彼らに武術を教えている理由はそれがすべてです。暴力に慣れさせる。殴られても立ち向かえるのだと覚えこませる。それ以上には期待していない。」

憮然とした表情に、小鳩は満足げに笑った。
二人は門を潜り、玄関へと辿り着く。バランが先に立ち戸を開けて頭を下げると、小鳩はその横を通って屋敷へと入った。

「では、茶菓子でも食いながら報告を聞かせてもらうとしましょう。」
「お言葉デスガお屋形様、お屋形様はワタシの動向も世間の様子も、全部ご存知のハズでは?」
「わたくしに小まめに報告に来てくれるか、報告内容に間違いがないか。それが肝要です。それ以上のことは、あなたには期待していません。」

顔面を殴りつけてやろうかと思ったが、小鳩の一拍子が自分よりはるかに早いことを思い返し、すんでのところで思いとどまった。おかげで顔の皺が少し深くなるだけで済んだ。

 

以上……。」

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