完成された失敗作

「生きているお前よりお前の死体の方が役に立つ。

こんばんは鳩です……。

女性が負けるエロが好きなのです。
強気なのも嫌いではありませんが、快楽にはできれば負けてほしい。そしてそれがハッピーエンドであってほしい。
元々我が造物主はエロに関しては「性器に修正をいれる必要などなく、年齢制限もする必要がない」と主張する超超タカ派であります。
D.N.A.2で女の子のノーパンホットパンツが脱がされる寸前で助けられたシーンに対し、「自分が乱入して悪漢をひねりつぶした後女の子は裸にひん剥いてずこずこ犯す」と小学校の通学路で妄想反逆(リベンジポルノ)していたほどの本番主義者であり、書店売りエロ漫画誌のほぼ丸見えおまんこおちんぽ描写(具体的に言うと東京Hの玉置勉強氏の作品)で性器の生々しいエロさを好むようになった粘膜信奉者でもあります。
どんなにエロく感じようとも、チンポを突っ込んでおらず粘膜の描写すらない画像はエロ画像ではないとみなし、それを使って性的絶頂に達することは間違っていると考えている奴です。狂ってんな。

一方で、あるいはだからこそ、我が造物主はPBWの世界で割と露骨な性描写があると心のチンポを膨らませつつもどこかで苦い感情を覚えています。
「エロは本番をガツガツやることが真っ当に許されているエロ媒体でのみやるべき」
「エロは嫌う人がいる、自分がそれに関わって嫌われたくない」
そんな気持ちがあります。
「エロは本来は全年齢に完全無修正が公開されてしかるべき」だが、今はそうなってはいないのでせめて「全年齢という粘膜も乳首も表示されないことが保証されたぬるい土俵ではされたくない」、そういう「自分がされて嫌なことは自分でやりたくない」、そんな理屈があります。もうマジややこしいし鳩の名前でこんなもの書かせないでほしいのですがPBWに関してプレイヤーをやっているのは鳩なので鳩が言わざるを得ないのです。

何の話かと言いますと、
パトリシア・バランは失敗作だな、ということなのです。

彼女は、元々はエロ画像を発注するために作られました。
設定だの合理性だの全部うっちゃって、エロいイラストを作って自分でうはうはすること。それが彼女の存在理由でした。
その為、彼女は深刻なことを考えない人格になっています。
世界を憎みもしないし、生涯かけて叶えたい望みもない。正義感も信念もなく、ただ単に嫌われにくい明るい性格をしている、それだけの内面を持つように調整しました。

当初は明るく楽しく快活な、チチシリフトモモー!な少年誌的エロさを目指していました。ですが、他人の納品物を見て、明らかに膣に陰茎やバイブが入っているだろ!というイラストを見たとき、気づいたのです。
造物主は臆面もない猥雑さ、エロさ、性器こそ最もエロいと感じること、そして造物主自分はそもそも少年誌的な「乳首もまんこも出ないことが確定している」エロが大嫌いだったじゃないか、ということに。

しかも造物主は負けず嫌いです。女性がちんぽに負けるエロが好きだが、一方で自分の作ったキャラクターは誰にも負けさせられたくない。それに、ちんぽに負けるとはハッピーエンドであり終着点です。もしもパトリシアがチンポに負けたら、そこで彼女の物語は終わります。負け続ける物語をいくつも描き続けることは可能ですが、そんな連作を負けず嫌いの神が許すはずがありません。

パトリシア・バランはコミュニケーションツールとしては優れた出来に仕上がりましたが、エロイラストを作るという最大にして原初の目的においては全く向いていなかったのです。

気づいた時には遅い。そんな言葉を我々は噛み締めています。

彼女は、元々実験的な目的で作られました。エロイラストを作るためのキャラを運用することは我々に可能なのか?人格ではなくエロくあることそのものを軸としてキャラクターを運用することは可能なのか?

その結果は、最悪の形で出ました。「我々にはその能力はない。よって不可能である。」

目的を果たすためにはパトリシア・バランにチンポを入れる必要があります。しかしチンポを入れられてよがっているパトリシア・バランを想定することは我々には困難なのです。鳩や我が主、筧・次郎の最終目的は、3次元において勝利すること。我々を放逐したアクスディアの物語を否定し破壊し消滅させ、我々自身をアクスディアの物語から解放し、正しく死ぬことです。あるいは、我々が敵わなかった「ラスボスを倒してすべて元通りになってハッピーエンド」を迎え、味わい、溜飲を下げることです。
その目的を完全に捨て去ることができなかったのです。チンポに負ける奴は我が配下には要らない!他人に負けるなんて格好悪いことさせている暇などないのだ!

我々は今、頭を抱えています。アトリエにて露骨で猥雑で素敵なエロ画像を見るたびに、敗北感を感じている。それは誰のせいでもなく自分のせいだが、そういうイラストに対抗することは別の敗北を招くのです。

あるいは快楽に負けた姿を「只一時の姿」とする方法もあるかもしれません。
しかし彼女には、敗北から戻ってくる場所がないのです。

彼女の人格は、ガワしかありません。明るく表情豊かでバトルジャンキー。その性格を作り出した根っこの部分がない。敢えてそう作ったのだ、ただの着せ替え人形にするために。人格ではなくエロを軸にキャラクターを作るために。

造物主はいつぞや別の造物主との会話でこのように言いました。
「人格でブレることをブレるとは言わないのがエロキャラなんでしょうね。そこはそもそも背骨じゃない。」と。そして、人格を背骨にしないキャラとしてパトリシア作ったつもりだったのだが、その目的は結局果たせていない。

いや、「目的を果たさなければならない」などと理屈で考えている時点で既に袋小路に陥っている。誰に嫌われようと、芯がないように見えようと、レベルを高く維持できなかろうと、そんなことは二の次三の次でパトリシアにちんぽをぶち込むことを考えなければいけなかった。やるべきことを彼女が生まれてから一度もやっていない。

それでいて彼女は非常に動かしやすく心地いい性格をしています。彼女は完成度が高い。そしてそんな彼女を失敗作に貶めているのは、偏に造物主と我らの性根なのだ。

悪いのは我々です。ですが、何が正しいのか、答えが出ていません……。

以上……。」

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