デウス・エクス・マキーナ

「黙って死ね。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

天の闇、地の光

​大気がないので音は響かない。震脚は容易く岩を割り、拳から散ったタールは重力圏を容易く抜け出し宇宙空間へと消え去っていった。
足裏に不安定な振動を感知する。
もう限界に達したか。
小惑星の端から端まで余すところなく、彼女の足跡が刻まれている。陥没した地面から走る亀裂は先ほどの中段順突きの振動で見る間に大きくなり、繋がり合い、星の表面から根幹へと侵食していく。
もう用はない。
両足を揃え母星に向けて跳び上がる。
踏み台にされた星はついに全ての罅を繋げられ、修験者の後方へと砕け去った。

前方に母星が接近する。銅、鋼、銀、金、プラチナそのたさまざま色で出来たモザイク模様が、やがてそれぞれに目的を持って建造された被造物であることが認識可能になる。
母星の姿が視界の全てになったころ、左右の二つ結びにしている毛髪が燃えた。全身から噴き出す燃料もほどなく発火し、大気の存在と自身の熱を同時に自覚する。
何も問題はない。
デウスエクスは不死不滅の生命体。火の玉になろうとも燃え尽きることはない。
これより訪れる大気との断熱圧縮による高温も、大地への落下による衝撃も、彼女を何ら傷つけることはない。
地表に到達して間もなく、白い粉末が高圧で吹きかけられ、少女が纏った炎は迅速に消化された。

「w3a379ouma。帰還を確認した。」
「ありがとうございます。」

少女は陥没した地面から自分の体を引き起こすと、目の前の四足歩行の機械に返事をした。四足は残った消火冷却剤を屁のように噴出してホースを洗い、それを自らの体の中に仕舞い込んだ。

「しかし、今後は『ワールドウェルダー』と呼ぶように。」
「――コードネームに重複なし。承認した、『ワールドウェルダー』。マキナクロスは今後、このエイリアスで貴公を呼称する。」
「ご随意に。」

既に少女の周囲には、名称を承認させたのと同型の四足歩行機械が集まっていた。背から生えた作業用のアームで舗装用のタイル、セメント、溶接器具、瓦礫運搬用の台車等を各々持ち寄っており、少女がその場から退くと速やかに密集して修復作業を始めた。
二体だけが彼女の後ろについて歩く。少女が体からこぼしていく消火剤交じりのタールを、モップを携えた一体とバケツを携えた一体が連携して清掃する。

少女の頭部内受信機に高優先度一方向通信が入った。

(『ワールドウェルダー』。5-810-9番洗浄槽へ向かえ。)
(御意。)

応答を待たず、四足歩行機械が新たに現れ背に負った盥を彼女の足元まで差し出した。
これ以上公共の通路を汚すなということか。少女がその中に乗ると四足は彼女を持ち上げ、運搬を開始した。滑らかな加速と完璧な無振動。それはデウスエクス・マキナクロスが数千年数万年の年月の末に実現した取るに足らない超人智の科学だ。

立方体の洗浄槽では、冷却、ついで水による洗浄と冷風乾燥が行われた。
消火剤の粉末は完全に除去されたが、彼女の機体内部からは相変わらずタール状の液体が湧き出し続けている。

(『ワールドウェルダー』。代謝を抑えよ。)

高優先度の一方向通信。

(燃料の排出を停止させよという意図ならば、応じることは不可能です。)

少女は応えた。

(わたくしはそのように作られている。)

間。

(……了承。貴公の燃料供給機構には不明点がある。可及的速やかに分析、開示し、マキナクロスに共有せよ。)
(承知しました。但し自己の有り様を完全に把握するのは難度の高い行為です。実現を確約できないことはご容赦ください。)

少女の青い瞳がチカチカと点滅した。明るさだけでなく、瞳の色は薄氷色と瑠璃色とを不規則に往復もする。

(……条件付き了承。貴公の内部情報開示までの期限を延長する。代わりにマキナクロスへの奉仕を要求する。)
(わたくしの同期体が統率する偽装螺旋忍者団からのグラビティチェインの提供では、不足ですか?)

間。かすかなノイズに続いて返答が行われた。

(……了承。)
(この問答は前にもしたはずです。)

間。またノイズが走り、続いて返答が行われる。

(……貴公の同期体が齎すグラビティチェインについて、先ほどの通信と同等の対話が行われていることを確認した。)
(では、わざわざ聞かないでいただきたい。)
(次いで問う。貴公は付近の小惑星を用いて自身の機能のテストを行っている。
惑星はマキナクロスの資源の候補であり、また貴公の小惑星への発射と帰還にもグラビティチェインが消費されている。
貴公、或いは貴公の同期体が齎す利益はその投資に報いるか?)
(その問いにも回答済みです。)

間。長いノイズ音の後、答えが返った。

(……貴公の同期体が齎すグラビティチェインが、貴公の行いを埋め合わせるに十分な量であることを確認した。また、過去に同等の対話が行われたことも確認した。)
(では、わざわざ聞かないでいただきたい。)
(マキナクロスは何故解決済みの問いについて再び貴公に応答を求めたのか解析中……。
……マキナクロスは貴公との問答の記録がなかったと認識し、質問を行った。貴公からの応答を受け、記録を検索した結果、該当する内容が存在した。何故問答の記録がなかったと認識したのか?解析中……。)
(処理の負荷による一時的な不調では?マキナクロス。)
(……。)

間。

(高負荷を証明するログは検出できなかった。)

応答は多少――数値にして2だけ――優先度の高い通信で行われた。

(非存在の証明は極めて高難度であるため追及は中断する。
別の質問をする、『ワールドウェルダー』。
何故貴公は小惑星を利用してまで力を求める?
過去の記録には、同一のコードネームを持つ別個体の存在が記録されている。
何れも頭脳の置き換えと共に廃盤となっている。)

機械種族ダモクレスには、各個体に成長上限が存在する。
如何に自己を改装、強化しようとも、その上限以上には強化することは出来ない。

(『ワールドウェルダー』のコードネームを持つ個体は、より高いレベルの個体にそのコードネームを譲っている。貴公は最新の『ワールドウェルダー』として、その理由を知るか。)
(マキナクロスよ、総体が知らないものをわたくしが知るはずはございません。わたくしは最新の『ワールドウェルダー』だが、それ以前の同エイリアスの個体の記録は所持していない。)
(虚偽と判断する。コードネームのみを引き継ぎ記録を引き継がないなど非合理である。貴公はこれまでの『ワールドウェルダー』の記録を記憶している。貴公の記憶領域を確認した。貴公は過去の『ワールドウェルダー』を全て受け継いでいる。理由を述べよ。)
(回答します。)

『ワールドウェルダー』の青い瞳が点滅をやめて消灯し、そしてじわりと光を増していった。

(初代『ワールドウェルダー』は、個体の上限を超越することを求めました。
生まれもって上限が存在することを非合理と判断し、自らがパーツとなり別の上位個体に組み込まれることによって上限の疑似的な超越を果たそうとした。)
(理解不能。個体上限は各ダモクレスの仕様である。何故拒む。またパーツとなり組み込まれれば同一性の保持は不可能である。個体上限を超越したとは認めえない。何故そのような手段を選んだ。)
(説明は出来ませんマキナクロス。わたくしは初代『ワールドウェルダー』ではないがゆえに。)
(では何故初代の求めるまま個体上限を超えようとするのか。)
(それはわたくしの極めて優先度の高い思考ルーチンに組み込まれているからです、マキナクロス。『ワールドウェルダーは強大である』。わたくしはその事象の実現を最優先として行動しています。)
(より強大になってマキナクロスに奉仕するということか。)
(いいえ、マキナクロス。恐らく初代も含め『ワールドウェルダー』には欠損がある。わたくしには飽きるという能力が欠損している。)
(欠損。能力の欠損。マキナクロスは貴公を……そのように……製造して……貴公は……)

マキナクロスからの通信に目に見えて遅延が混じる。

(自由意思も知性も存在の証明は不可能です。わたくしを『ワールドウェルダー』たらしめる意思や考慮もまた宇宙創成から続く物理現象の一部に過ぎない。不確定性原理により多少の乱数は発生するが、それも意思の有り様とは無関係です。)
(……自由意思。何故自由意思の命題を持ち出したのか、回答せよ。)

『ワールドウェルダー』の瞳が更に明るく輝く。

(宇宙は、何れ熱的死を迎えます。)
(『ワールドウェルダー』、質問に回答せよ。)
(宇宙が熱的に死するよりずっと早く、地球は滅びます。我々はグラビティを得ることが出来なくなる。)
(質問に回答せよ。)
(マキナクロス。我々はダメージを受けようともコギトエルゴスムとなって無窮のまま過ごすことが出来る。しかしグラビティなくしてはそこから目覚めることは出来ない。)
(個体名w3a379ouma。回答が不明瞭である。自由意思の存在証明が貴公の思考とどのように結着するのか答えよ。)
(わたくしはケルベロスに討ち滅ぼされたいのです。わたくしはーーいつか目覚めるかもしれない死など許容できない。
その時の為に。時が有限であると仮定した結果、自己を高める為に寸暇を惜しむようになった。その方が代謝が良好になり、充実した時が過ごせて合理的だ。非合理な表現をするならば『調子が良い』。)
(『ワールドウェルダー』、貴公の思考は危険である。ダモクレスに充実など)

少女は言葉で応える代わりに鉄拳を打った。
腰だめにした拳の半回転させながら伸ばす正拳突き。余剰したエネルギーが熱量となり極超音速で爆発的な火炎を噴き出した。
洗浄槽は気体の熱膨張だけで消し飛んだ。
無尽蔵の燃料は地平線の彼方まで飛翔し、発火して赤い壁を作り出した。
右腕から伸びる火炎は、まるで朱雀の片翼、神獣の羽ばたき。
それはほんのひと時のこと。圧倒的熱量の炸裂は瞬く間に火の粉の雨になり、大気の中へと薄れ去っていく。

頭部内にはマキナクロスからのけたたましい警告音が響き、そして止んだ。

――――高く遠く舞い散る炎の羽毛の一つが、地球へと続くゲートへと落ちていった。

地球側の出口で、『ワールドウェルダー』と全く同じ姿をした少女型のダモクレスがゲートから散り出た羽毛を銀の拳に掴んだ。
開いた手の中には僅か数ミリ角の黒い正方形が残っていた。

少女の瞳から指向性のある青い光が黒いチップに照射される。

「――――同期完了。」

毎度ありがとうございます。そう言って地球側の『ワールドウェルダー』は掌から熱を発してチップを蒸発させた。

以上……。」

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