代理の代理の代理よ

「貴様が消えろ。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

神様は救わない壊れたおもちゃなど

誰かの望みの代理人。
前線兵で実行犯。だから弱みの一つぐらい握っておいたって損はないだろう。
そんな企みはエドワード・リュデルが隠しカメラに向かってチッチッチッと指を振ったときに終わった。
程なくして外から廊下を歩くミュールの音が近づき、オートロックの扉が開いた。レジャーホテル特有の濃く暗くいかがわしい照明に、廊下の明るい蛍光灯の白が混ざりこむ。エドワードは扉に向けていた目線を少しだけ修正し、現れた褐色肌のサキュバスの翡翠色の瞳に焦点を合わせた。

「負けたワ。」
「舐めすぎですぞ。」

部屋の入り口で舌を出すサキュバスに、エドワードはにやりと笑った。桃色の証明に照らされてベッドから立ちあがったアンザ・ルーテンフランツは憤然とサキュバスの前に立ち、黙って手を差し出した。サキュバスは眉をひそめて笑いながら、万札を広げて渡す。
素早く背を向けるとブロンドの長い髪が暴れたが、アンザは構うことなく札の枚数を数えて財布に丁寧に仕舞い込んだ。
サキュバスとエドワードがその様子を見て、揃って肩を竦める。

「アンザ殿にはどこまで話を通してたので?」
「一晩買うって言われただけっ!」

飢えた肉食獣のようにアンザが吠えた。

「いけませんなあ、作戦は正確に漏れなく伝えないと。」
「5割増しで握らせたんダシわかってくれると思ってたノヨ。」
「わかってたら倍貰っても請け負わないわよ!」
「そこまで言われるとおじさんショックなんですけど。」

はあー。アンザは俯いて長い息を吐き、吸う。そしてまた吠えた。

「別にね、リュデルが自分の懐から金出して買うってなら文句ないのよわたしは!」

人差し指を二人に向けて上下に激しく振る。

「誰の相手をするかも言わないで一晩買って、じゃあスパイの片棒担いでねはないでしょパトリシアチャン!!」
「アグネス・チャンみたいダナ。」
「大体パトリシアチャン綺麗なんだから自分でやればいいじゃないの!」
「ワタシがやったら絶対下心あるってバレるジャン。それにリュデルは10代の女にしか興味なさそうダシ。」
「酷いことを言われた!?」
「やるんならちゃんと話を通してよ。リスクに合った値段が提示できないじゃない。」
「ヨカッタノ?この話通してモ。同じ旅団のメンバーの弱みを握るのに、わかってて加担シマシタ、ってことにナルケド。」

金さえ積んでくれれば、の一言が、アンザの喉からスムーズに出てこなかった。
絶句する顔をみて、褐色のサキュバスは笑い、男女に目線を投げる。

「非常階段から地下のロビーにイラッシャイ。今ならうちの団員はいないシ。ケルベロスカード通せばドア開くから。シャワーでも浴びてさ。ワタシも浴びてくる。」

パトリシアが背を向けて、歩き去る。ミュールの音が遠ざかって聞こえなくなると、エドワードとアンザは顔を見合わせたが、アンザがエドワードの顔面に枕を投げつけたのでひとまずこの部屋のシャワーはアンザが所有権を握ったようだ。

エドワードが地下の扉を開けると、肉の焼ける匂いがむわりと身を包んだ。
ドアを開けるまではほとんど匂いを感じられなかったので、どうやら排気口は全く遠いところにあるようで、また扉の気密性も非常に高いものだと知れた。

「これはこれは、ご歓待痛み入りますなあ。」
「冷凍肉だけどネ。鮮度には期待しないデ。」

パトリシアはそう言って鉄板の上の肉をひっくり返す。

「もうすぐ出来るカラ。」
「椅子は無いんですな。」
「訪れやすく立ち去りやすいように。うちの旅団ノモットーヨ。」
「それはそれは。」

面倒そうな顔でテーブルに頬杖をついた。落ち着いた話は出来なさそうだ、エドワードは誰にも聞こえないよう慎重にため息をつく。

「しかし、拙者如きをハメてパトリシア殿に何か利益があるとも思えませんが。」

目線を向けると、パトリシアは鉄板の上の一枚肉を大きなナイフで一口大に切っているところだった。金属のぶつかる音ががちんがちんと響く。

「利益があるかどうかはワタシが決めマス。」
「お眼鏡に適ったと思えば光栄ですが、残念でしたなぁ、拙者もそう簡単に手玉に取られる訳にはいかないので。それに」

扉がもう一度開いた。アンザ・ルーテンフランツが湯上りの湯気を浅く纏いながらバスローブで入室。

「美味しそうじゃないの。」
「これはうちの旅団のサービスだカラ、お金は取らないヨー。」
「それはありがたいことね。」

アンザがリュデルの隣に立ち、椅子がないのを確認して同じように頬杖をついた。リュデルが意外そうに顔を一瞥すると、足先から頭の先まで改めて目線を走らせる。

「美味しそうですなあ。」
「セクハラよリュデル。」
「褒めラレテンのよルーテンフランツ。」
「褒められる方にも都合ってもんがあるの。」

二人の前にパトリシアが皿とジョッキを運んできた。
サイコロ状に切られたステーキと、泡の溢れるビール。

「わたし未成年なんだけど。」
「アルコールごときで体調が悪くナルならケルベロスやめちまえヨ。」

パトリシアが指先を指しだして桃色の霧を纏わせる。ヒールグラビティ、サキュバスミスト。肝細胞の破損や疲労、毒は癒してやろうというという意思。
それを見てアンザはジョッキに手を伸ばし勢いよく流し込んだ。が、半分ほどでジョッキはテーブルをたたく。

「……ニガー!」

パトリシアとエドワードがゲラゲラと笑いながら肉をフォークで刺して口に入れ、ビールで流し込んだ。

「冷えてますなあ!」
「ぴるすなータイプだけど、お気に召していただいて何よりヨ。まあ日本のビールはだいたいこうなんダケド。」
「日本だとだいたいぴるすがなー?」
「ソノトオリ!」

ゲラゲラゲラ!髭の親父と三十路を踏破したサキュバスが笑った。
大きなゲップを吐いて、アンザが二人を睨む。

「何がおかしいの二人とも。」
「ぴるすがなーだから。」
「言っとくけどわたしは今回のこと納得してないからね!」

ジョッキの残りを飲み干そうとするアンザを見て、パトリシアはいつの間にか氷水を用意していた。もてなしに慣れた経験と忍者特有の体捌きが為せる音の無い動作。

「さっきも言ったけど、弱みを握る手伝いなんてしたくないに決まってるじゃない。」
「別にあなたじゃなくてもよかったケド。」

パトリシアが肉を口に含む。噛んで噛んで、筋を見つけて噛み潰してすっかり嚥下してから言葉を続ける。

「金で納得ずくで動きそうなのがアナタだったカラ。」
「納得してない!」
「だからお金返したジャナイノ。そこはワタシの見込み違いでワタシの責任なんダカラ。」

アンザが氷水を口に含んでくちゅくちゅと口を洗い、飲み下す。そしてまたジョッキのビールを呷った。

「わたしなら金で何でもするとでも……」

そこでアンザの言葉が留まる。金でしないこと。金を積まれてもしないこと。そんなことがあるのか?思考の陰から、そんな問いの気配が忍び寄ったを感じたから。

「金で動いてくれるなら誰でもよかったケド、あなたはそうじゃなかったみたいネ。」

パトリシアが先に声を発し、そしてアンザは返す言葉を失った。

「しかしパトリシア殿、如何にも迂闊ですぞ、これでも拙者は現役バリバリの軍人……とは言い切れないが、現場人間です。こんな如何にもなハニトラに引っかかると思われているなら心外ですなあ。」
「ひっかからないとわかっただけでも収穫デスワァ。じゃあ損得なしで今夜はワタシとスル?」
「BBAはノーサンキュー。」
「明日の新聞載ったぞテメエ!」

おっさんとおばさんがゲラゲラと笑っている。

「何がおかしいの!」

二人がこっちを見た。最初は驚きで。少ししたらそれは若人を見る目に変わった。未熟で可愛らしくいじらしい子を見る目。

「何その目。」

パトリシアは、金で買えるなら誰でもよかった、それは正しい。
わたしはその金額と内容に納得しなかった。それも正しい。
では、何故金で身を売れるはずのわたしが、何に納得できなかったのか?
金額に?内容に?

何でパトリシアはエドワードの弱みを欲しがった?
エドワードだから?たぶん違う。エドワードが前線で動くエージェントだからだ。
誰かの望みの代理人だからだ。
絡めとって、その誰かを引きずり出すためにパトリシアは策を弄した。
誰のために?忍者であるパトリシアもまた、誰かの代理人だから。
代理人と代理人のふざけ合い。

「何がおかしいの。」

アンザの再度の問いに、パトリシアが眉を顰めて水のお代わりを差し出したが、アンザにはその瞳がガラス球のような偽物にしか見えなかった。

 

以上……。」

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