男の子はみんなテロリストになりたい

「お前が虫だったらよかったのに。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

テラー

​例えば、ナイフを首に突きつけられて恐ろしいと感じるのは正しいことだ。
だが、ナイフを首に突きつけられた人の写真を見て恐ろしいと感じるのは無駄である。
その写真は見る者に何の害も催さない。そんなものを恐れて手足がこわばるのは無駄でしかない。瑠璃忍者団ではこのような実害の無い恐怖に対する訓練を行う。
恐怖を感じたとき、それは自分に降りかかるものであるかどうかを問う。
その危機はお前に降りかかるか?お前を傷つけるか?
恐怖に向き合うたびにそう自問する訓練を、長年に渡り執り行う。いざという時に手が止まらないようにするために。そんな心の形が出来上がってしまう前に。

『予期不安』という言葉がある。
極度の臆病者は、恐怖そのものすらも恐れる。
あの吊り橋に足を踏み出したら、揺れて怖くなってしまうかもしれない。そんなことは恐ろしくてできない。
あの電車に乗ってしまったら、不安を感じてしまうかもしれない。しかも電車が奔っている間は己の意思で止まることもできない。安心できる場所から遠ざかるばかり。そう思うと恐ろしくて乗れない。
明言しておきたいのは、予期不安そのものは生物として当然の反応だということだ。
過去に忌まわしい思いをした行為や場所を避ける。それは生物の安全管理として正しい。
しかし本能の反射は理性の事実理解と必ずしも一致しない。

吊り橋は構造上揺れはするが、崩落する確率は0に近い。
電車は移動中は降りることは出来ないが、別にそれがお前の身体に害を与える訳ではない。

実害の無いものは恐れる必要が無い。故に瑠璃忍者団では、恐怖を感じたとき、『それは本当に実害があるか?』と自問する訓練を施す。自分の力で無為の恐怖を克服するために。

予期不安とは、精神医療にて生じる言葉だ。療法も存在する。即ち、理学的に不安を感じにくくする薬を投与することだ。
対症療法ではあるが、『そんなに怖くないな』或いは『怖いけどやり切ったぞ』という経験が蓄積されれば、次第に心の形も変わっていく。『恐ろしい』という経験は、『恐ろしくなかった』という経験で上書きしていくしかない。何しろ、『恐ろしい』は『死ぬ』という感覚と同義だから。生命の危機を回避するための本能的感覚だから。

何をどの程度恐ろしく感じるのかは、個人差が大きい。つまり、恐怖を克服する方法は人によって異なる。
絶叫マシンの三半規管攪拌を単にスリルと感じられる者もいれば、二度と味わいたくない程の苦痛に感じる者もいる。
死体の画像を見ても平気な者もいれば、嘔吐を耐えられない者もいる。
多数の粒が描写された画像を見て問題ない者もいれば、不安と不快を禁じ得ない者もいる。
個人差がある以上、瑠璃の頭首も無理は言わない。
恐怖を克服するのが難しい者は、事務方に回す。瑠璃忍者団において『倉庫番』と呼ばれる資料整理・司令伝達係に回される。
瑠璃忍者団を構成する『倉庫番』『美化委員会』『生活安全部』『百々目鬼衆』の四集団の内、『倉庫番』の人数は第二位となる。
自らの恐怖を克服できない、実務に足りない人材はそれほどに多い。

瑠璃忍者団首領もそれは了承している。
他人の財産を躊躇なく漁る。他人を傷つけ、脅しつけ、情報を得る。他人を殺し、社会から消し去り、その上で自分は何食わぬ顔をしていつも通り社会に溶け込む。そんな『実務』が出来る『異常者』が、多数派なはずはない。それでは平和な社会は成り立たない。

武力が全てを決める世の中ならばどれほどよかったか。
だが人間は人間の知恵によってそれを回避した。
手持ちの暴力が少なくても、みんな平等だろ?そうでなけりゃ、お前らはもっと強い暴力を持つ奴にやられっぱなしの人生じゃないか。
その言説に反論できるものはいない。『上には上がいる』。誰も自分より強い奴がいて、そいつに振り回されるのは嫌だと思っている。そんな不満が世の99%を占めているところに『暴力なんて無意味だ』と言われれば、誰だって飛びつく。

俺たちは初めから平等で、暴力で均衡を傾けるのは浅ましいことだ。
もっと有体に言うならば、『暴力で均衡が傾けられるという事実を明らかにするのは浅ましいことだ』。
浅ましい奴は敵だ。皆で力を合わせて滅ぼしていい。

瑠璃の首領も、それが人間の素晴らしい敬うべき知恵だと受け止めている。
暴力が絶対だと知りつつ、名目と口実を組み合わせることでそれに対抗できるという知恵を、地球上の人が成し得た偉大な妥協だと思っている。

だからこそ暴力は効くのだ。
誰もが『やってはならない』と思っているからこそ、短期的にはこの上なく効率的。焼畑農業のような非永続的かつ効率的な手段。

誰もがいつかは死ぬ。なら、死ぬまでの時間だけ、満足して生きられる方法を探すのが最良である。
犯罪者の行動に敢えて抽象的な理屈をつけるのであればこんなところではないか。

パトリシア・バランは長いシガレットホルダーにタバコを刺してふかした。
口をすぼめて膨らませる、肺臓を使わない動きだけで煙を引き出す。

非異能者を一人殺すごとに、一本。何となくそう決めていた。

シガレットホルダー内で冷やされた煙がパトリシアの口内を満たした。
人肌程度にぬるまった煙は、舌の上に淡いバニラの香りと強い煙臭がした。
元よりパトリシアはタバコの味などわからない。
師匠に倣って、人を殺した数だけ吸うようにしただけだ。
それが弔いも慰めにもなる訳でないのはわかっているが、自分の中の繊細なペルソナは、なんだか救われたように感じてストレスを積み下ろしてくれるようなので、そうしている。

師匠はショートピースを『家族の思い出』と称していた。
年下の女子を殺し、その死体に何度も射精し、警察より先に忍者団に拾われ顔形も名前も改造されたその男が、許されたただ一つの思い出。パトリシアはろくでなしの師匠のそんなセンチな思いなど、知ってはいても知ったことではないが。
息を吸うと赤い火がタバコの頭を焼く。吸った煙を噴き出す。
それで何かが空気中に消える。消える気がしたのだ。気がしただけで充分。
真剣に人の死を思いやれないほどには自分もろくでなしだとわかっているから。

喫煙による肺と脳の影響は全て、異能者のヒール能力で癒す。衣服と体の匂いも洗濯と入浴で洗い流す。タバコの残滓は一つも残さない。味と香りと、そして、タバコに頼ってまで薄れさせたかった記憶が彼女の脳髄に残るだけである。

パトリシアはタバコをホルダーごと一旦灰皿に置き、ラジオの電源をつけてFMの音楽番組に周波数を合わせる。
棚のカシャッサを取り出し、氷とグラニュー糖と業務用ライムジュースでカイピリーニャを作る。

テーブルの上には、火をつける前のPeaceが2本。

今日は長い宵になりそうで。長く酔いたかったから。脅しと恐れに満ちた人生の束の間のPeaceを、出来るだけ長引かせたかったから。


お試しサキュバスさんの受難。

以上……。」

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