神の思召さない

「お前を指さして嗤いたいが手が腐る。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

値がつけられないほど貴重で無価値

​何人攫って嬲って殺しても、それはしなかったことになるのだと師匠が嘆いていたのを思い出した。
煮立った寸胴鍋からは、頭や手足、臓物のパーツが浮いている。特注の換気扇が轟音を立てて匂いを吸い上げているが、それでもマスクを外す気にならない程度には獣臭さ、ならぬ人臭さが満ちている。
パトリシア・バランに拷問されて生き延びる者は皆無である。彼女の元に届けられるということは、生かしておく必要が無いということだからだ。
捕虜から可能な限りを絞り出して捨てること。それが彼女の仕事の一つだった。彼女が所有するラブホテルの地下室は、最終処分場である。

どうせ換気するからとシガレットホルダー越しにタバコを咥えながら、彼女は気まぐれな質問を混ぜてみた。

「『ケルベロスなんてクソだ』と、言ってミロ。」

果たしてその虜囚はそれを口にすることが出来なかった。
口がまごまごと動くばかりで、言葉を発することが出来ないらしい。そのことにそいつ自身も何やら不可思議な思いをしている顔をしていた。代わりに顔面に唾を吐いてはくれたし、ほかのことならハサミで切り落とした足指の切り口をライターで炙ったあたりで饒舌に語ってくれたので、言語を発する能力は残存しているはずだった。
他にもケルベロスという異能者の異常性を何度か語ってみたが、

「お前なんかケルベロスじゃねえ、ケルベロスってのは、正義の味方なんだ、お前みたいなクズじゃねえよ!」

どうやらそれが彼が口にできる限界だったようだ。
パトリシア個人を憎むことは出来ても、ケルベロスという異能者そのものを憎悪する言葉は遂に彼の口から出ることは無かった。ケルベロスの異能と体力があるからこそそれを合理的に短絡的に圧倒的に使って、今まさにお前を苛んでいたのに。ヒトの思考は、個人ではなく種族や集団を憎むように出来ているはずなのに。

鍋の中の肉をつついてほろりと溶けるのを確認し、次の作業に取り掛かる。
火を止めて水をかけながらブルーシートの上にぶちまける。
骨から肉を引きはがす。
血は固まっているし自己融解をもたらす酵素も失活しているし殺菌もされているから、汚れや腐臭は気にしなくていい。茹で立ての熱さも頑丈なケルベロスの肌を傷つけることはない。肉を剥いて細かくなった遺骸を、炉に放り込む。あとは薪を足しながら灰になるまで付き合えば出来上がりだ。
今回は『そっちで完全に透明にしろ』とのお達しだったので、こちらで全部やりきる必要があった。面倒ではあるが、致し方ない。

この悪事が露見することは、きっと、決して、ないのだろう。
ケルベロスは全人類の心からの信頼を取り付けている。デウスエクスという強大で凶悪で人を殺さずにおかない侵略者に対抗できるのはケルベロスだけだから。
ケルベロスを憎む人類が存在するという事実は、きっと様々な不利益を生む。

悪辣を煮詰めて生まれたような我が師匠は、自らの悪事が露見しないことに絶望していた。彼が元々住んでいた世界では、『君たちは人類の平和を守るのが使命なのだ』という立ち位置を押し付けられたそうだ。それ以外の行動は、一切認められなかった。
何人殺して犯して捨てても、そんな事実はないと棄却された。事件なし、被害者なし。捨てたはずの遺体もいつの間にか消えていた。残っていたのは『ヤったはずだ』という記憶だけだったという。

パトリシアは自分がその絶望をようやく共有することが出来たと思い至った。
自分のことをどんなに汚らしい犯罪者だと思い込んでいても、真の意味で人類の敵になることは許されていないのだ。決して許されていないのだ。
ケルベロスが人の敵になるかもしれない。少なくとも現在の時点で、その可能性は0であり、0でなければならない。

なるほど神を憎むわけだ。
望んで悪辣になった自分を棚に上げ、パトリシアは顔を歪める。

わたしは、人の文化文明の尊さを説きながら悪事に手を染める師匠連中をどこか冷めた目で見ていた。神の手によって世界の有り様がどうとでも変わるのなら、人の歴史などそんなに大事だろうか?
神の身勝手を説き、そこから逃れられないと嘆き続ける彼らに「それでもわたしは『われ思うゆえに我あり』と言えるんだぜ」と内心で自分の方が上等だと信じてきた。
どんな理由であれ自意識のあるわたしはそれを肯定できる。それで十分だと断言できる。お前たちとは違うんだ。

だが、そうではなかったんだ。わたしもまた師匠たちと同じように悪辣で、そして、その悪辣はわたしにかけがえのないものだった。

きっとわたしがこれから何人一般人を殺しても、それは認知されないだろう。
敵性ケルベロスなんて、いてはいけないのだから。
ケルベロスを敵に回したがる人類なんて、あってはならないのだから。

人を敵に回したがるケルベロスは居てもいい。でも人は全体として常にケルベロスの味方である。
わたしのような悪人はいてもいい。しかしそれによってわたしが悪人だと認識されることは決してない。
ああ、なるほど。『我思うゆえに我ありと』と何度言い聞かせても、同じ数だけ『汝思いけれど汝無し』と言い続けるのなら、神を呪いたくもなる。神以外呪う気にもならなくなる。神でないものなどどうでもいいという気持ちにもなる。

胃の腑が黒く燃え上がるのを感じたとき、胸の奥のデウスエクスが、親しげにわたしをこづいたような気がした。

以上……。」

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