天敵は最高の遊び相手

「お前が触ったもの全てが腐れ。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

今回借り上げるのはこちらの方。どうぞよろしく……。

破棄

​「パ」

婦警が叫ぶ。片手に手錠、もう片手は腰の拳銃に当てて。
目線の先に褐色の女。その5メートルほど先に少年。泣いて逃げている。

「ト」

褐色の女が少年めがけて手を伸ばす。その手には黒い魔力が集中している。
婦警も手を伸ばす。褐色女のもう片方の手めがけて、手錠を突き出す。

「リ」


手錠が押し付けられ可動部が回る。褐色女の手に集中する魔力が球形を成す。

「シ」

チャ
手錠の可動部が勢いよく回転する。走り逃げる少年に、褐色女の魔力級が弾丸のごとく射地出された。

「ア」


手錠が褐色女の片手を拘束する。少年の背に魔力球が命中、弾けるように吹き飛ばされる。

「ちゃん何やってんの!」

手錠を引っ張られ、褐色女パトリシア・バランはようやく婦警、千秋・茜の方を向いた。
ブラジリアン女性の顔は、悲しさと面倒臭さを混ぜたような、倦んだ表情をしていた。
ぎゃがぎゃがという音。千秋が音のする方を見やると、倒れた少年の背に穴が開き、露出した心臓に重力の鎖が巻き付けられているところであった。

「デウスエクス……。」

びく、びくと震えた少年が、やがて動きを止め崩れ落ちていく。服が剥がれ表皮が落ちると、その中には肉ではなく束ねられた葉と茎があった。

「攻性植物デス。」

パトリシアが指さして言う。確かに最近、地球人の女性を模して男性を誘惑し殺害する攻性植物の事件が増えている。しかし、少年に擬態するものがあろうとは。
葉、茎も程なく崩れ落ち、重力の鎖に巻かれた心臓とそこから生える白い根が露出する。そして次の瞬間にはその心臓も砂塵の様に滅びて消え去った。

「……。」

地球生まれの番犬(ケルベロス)による敵性不死生物(デウスエクス)の駆除。法的には問題ない行為だ。多少の器物損壊は見受けられるものの、異能者同士の遭遇戦なら致し方ない。周囲に見渡す限り、一般人の被害も見受けられない。パトリシア・バランはケルベロスとしての務めを果たしたに過ぎないようだ。

「ひとまず、署で話を聞かせて。」

千秋は手錠の鍵を開けた。

———

「ごめんね、ワッパかけちゃった上に時間取らせちゃってさ。」
「気にしないデ。仕事に忠実なのハ、イイコトデス。」

灰色のデスク越しにパトリシアは笑って見せた。
彼女と同じ旅団に属する千秋にとって、その笑顔は『見逃してくれればよかったのに』と訴えているようにも見えたし、それは単に自分の被害妄想のような気もした。

「かつ丼食べる?」
「奢りナラ。」
「じゃあやめとこう。」

デスクに置いていたコンビニのレジ袋から、千秋はシリアルバーを取り出すと袋を剥いてかじった。

「払ってくれるんなら問題ないんだけどね。」
「取り調べられる方が奢るノ?!」
「違う違う、自分で食べる分は自分で払ってねってことよ、でないと警察が物で釣って自白を引き出したことになるじゃない。」
「自白ネエ、アナタが見たことが全てじゃナイノ?」

攻性植物に襲われたので、自衛と治安維持のため撃退した。それ以外になにがあるのかと。
手錠をかけた時点では気づかなかったが、彼女の胴体にはいくつかの傷跡がある。それは彼女が決して一方的にデウスエクスを蹂躙したわけではないことを意味している。逃亡を図るデウスエクスを追撃したのも、ケルベロスとしては当然の行いだ。
デウスエクスは地球生物の持つグラビティチェインを、その生物を殺害することで摂取する。決して生かしておいてはいけない害獣である。

「そうなんだけどね。見ちゃった以上は『問題ありませんでした』ってことを上に証明しなきゃいけないからさ。協力してちょうだいよ。」
「仕事に忠実なのハ、イイコトデス。」

全く同じ笑顔を向けられて、千秋は先ほどの笑顔が同情ではなく糾弾であることを確信した。

パトリシアの話によると、街を歩いているところを少年に声をかけられ、助けて欲しいという言葉で路地裏におびき寄せられ、隠した蔦の鞭打ちで不意打ちを食らわされたらしい。
だが、即死しなかった自分を見て相手が一般人でないとわかったらしく、デウスエクスは走り去った。逃がすわけにはいかないと判断し、パトリシアは追撃。攻防の末、千秋の意図せぬ妨害があったが、打倒に成功。そして今に至る。

「よりによってパトリシアちゃんをひっかけるとはね、相手も運が無かったっていうか。」

報告書を書きながら千秋は笑う。

「オソカレハヤカレバレてたワヨあれハ。」
「そーかもねー。早い内に見つけてくれたパトリシアちゃんには感謝しなきゃね。」
「褒め称えナサイ。」
「お疲れさまでした。」

書面に判を押し、パトリシアに見せ、概要を述べ、差異の無い事を確認。千秋は書面をクリアファイルにしまい、立ち上がった。

「しかし、パトリシアちゃんともあろうものがあっさりひっかかるとはね。」

その気でもあるの?と続ける前に、パトリシアが口を開いた。

「『優しいお姉さん』、って言ったノ。」
「へ?」
「そいつ、ワタシの事を『優しいお姉さん』って言ったノヨ。」

千秋は椅子を戻して座り直した。
パトリシアはその後黙ったまま俯いて、次に横の壁をみて、そうしてから千秋に顔を向ける。

「『ありがとう、優しいお姉さん』っテ。で、こっちを見たノ。じっと見たノ。
ワタシさあ、あんなふうにキレイな気持ちを向けられたことがなくてサ。
ワタシもエロい女だと思われたくて服やお化粧に気を使ってるシ、優しいなんて思われるつもりは全然なかったんダケド。
ホダされちゃったのよネ、純粋な好意って奴に。」
「少年の純粋な気持ちに!」

千秋が鼻息を荒くした、が、パトリシアは苦笑いで返す。

「少年らしさじゃあないなあ、アレは。どちらかと言えば、パパが娘に向ける気持ちに近いのカナ。」
「うへー!少年に父性を求めたの?!拗らせすぎじゃないパトリシアちゃん!」
「いやいや違う違うノヨ、男の子は生まれてから死ぬまで男の子ナンダモノ。おっぱいや尻に興味ない少年なんていない。少年の純粋な気持ちなんてモノがあるとすれがそれはおちんぽの疼きヨ。
エロいことが大好きで楽しいことに目がナクテ遠くまで行きたがっテ昔のことはすぐ忘レル。それが男の『純粋な有様』って奴。
あいつはデウスエクスだった。『男の子』ジャない。ワタシみたいな女性が求めるものを模倣したダケノ偽物。」

千秋の赤い瞳がパトリシアの緑色の瞳を睨め上げる。
172.5cm、パトリシアより10cmほど背の高い千秋が、体を曲げて机にぐっと顔を近づけて、俯き加減のパトリシアの瞳を観察している。

「あいつはアリエナイものを模倣しちゃったワケ。それを嬉しいと思っタ。
絶対にないってわかってた。でもずっと求めテタ。目の前ニそれが出てきて、ああ、やっと来タって嬉しかったノ。
絶対にナイってワカッテタのニ。あんな男がいる訳ナイって。
ワタシのおっぱいにもおしりにもおまんこにも目を向けずに『優しいお姉さん』だなんて言う男は、いない、父親グライヨそんなノ。」

やっぱり少年に父性を求めてたんじゃないの、と思いながらも千秋はそれを口にすることが出来なかった。千秋にとっては、自分より年上で経験豊富な女性であるパトリシアが『女性に性的な興味を持たず内面だけを見る男子など皆無である』と断言したことの方が重要であった。
純粋な少年などいない。否、自分が求める純粋さは、実は『純粋さ』などではない。そんなものと現実に出会ったとしたら、それは間違いなく偽物だ。
そう言い切ってしまうパトリシアの言葉を、信じたくない。

「情けないノダワ……。」

パトリシアの翡翠色の瞳が曇っている。見上げる千秋ではなく、自身の内面を見ている瞳。
『情けない』、か。そうかもしれない。確かにケルベロスとしてはそうだと言える。デウスエクスに一杯食わされたのだから。
だが、パトリシアが恥じているのは恐らくそこではない。敵に不覚を取ったことではなく、己の理想を捨て切れていなかったことを恥じている。
千秋には、それは間違ったことのように思えてならなかった。

「……後で飲みに行く?パトリシアちゃん。」

千秋は立ち上がり、今度は彼女を見下ろす。
顔を上げたパトリシアは、呆けたような、確かに情けない表情をしていた。

「仕事が終わったら電話するよ。」
「アリガト。ワタシも今日はオフダカラ、暇ダッタのよネ。」
「じゃあ決まり!求めても得られないまだ見ぬ理想の少年について語り合おう!」
「いや、ワタシはどちらかというと育ち切った男の方が好きなんだケド、」
「やっぱりファザコンなんじゃないの。」
「それは……否定できないカナ……。」

故郷ブラジルに住む父の姿を思い浮かべ、パトリシアは言葉を詰まらせる。
その様子を一瞥してにこりと笑い、じゃ、と千秋は部屋のドアを開けた。

「事情聴取終了です。ご協力ありがとうございました♪」
「積もる話ハ、ジャパニーズイザカヤで?」
「アメリカンショットバーでもイタリアンバルでもいいですよ?奢ってくれるなら♪」
「誘っといて払わせるのカヨ!」

マア楽しみにしてるワ、と言い残して、パトリシアは出口へ向かって歩いて行った。
ミュールが廊下を踏む音が響いて、遠のいていく。

パトリシアには、言わなかったことがあった。
あの攻性植物は自分が所属する螺旋忍者団の一員である。
グラビティチェインを回収する役目を担っていたが、調査の結果回収の都度ピンハネをしていたことがわかった。
忍者団が得るはずのグラビティチェインを横領するということは、回収作業を妨害しているのと寸分たがわない。即ち、組織の敵である。可能な限り即座に排除すべき。その為、パトリシアに処罰命令が下ったのだ。

力量ではパトリシアが後れを取るはずがない相手だった。だが、彼女が供述した通り『優しいお姉さん』と言われて動きが鈍った。
標的は脆弱ではあるが利口ではあった。
討伐されたという結果をみれば、賢明であるとは言えなかったが。

ありえるはずのない、異性からの純然たる好意。その模倣だと、代用品だと、わかっていながら動揺してしまった自身をパトリシアは恥じた。
男の口から述べ立てられる三流の本物より、少年を擬した植物の一流の偽物に心惑わされた。本物に見えたから、ではない。理想のフィクションだったから、騙されたのだ。あるはずのないもの『だから』、惑わされた。

帰り道、パトリシアはドラッグストアに寄って二日酔い対策のドリンク剤とサプリをしこたまに買い漁った。
千秋には申し訳ないが、今日は痛飲して愚痴を吐きまくることが決定しているからだ。

 

以上……。」

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