Violent

「土になれ。

こんばんは鳩です……。今回はこちらの方をお借りします……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

暴力的であるというだけの

​男が自らの顔の皮を手で剥いだ下にあったのは、モザイクであった。

「驚きましたか?」

眼前の男がゆったりとした口調で言うと、黒羽・陽は嗤って答えた。

「別に。想像通りです。ドリームイーターとは聞いていましたし。」
「そうですか♪漏らしたのはパトリシアですね。別にどうということもありませんが。
顔が隠れるというのは本来忍者にとって好都合なはずなのですが、御覧の通りの様ではただただ目立つばかりでね。僕も難儀しています♪」

楽しそうに言う男に、黒羽の眉根は吊り上がった。男の右手が左手の手首のあたりを摘まみ、引っ張ると手の皮が手袋のようにずるりと抜け、中からはこちらもモザイクが現れる。
右手も同じように。

「大変そうですね。」

黒羽が探るように水を向ける。ほんの少しだけ興味があるような声色で。

「大変ですよぉ。これだって当然そこらで買えるものじゃありません。特注です。間近で見てもバレないブツじゃないといけない。地球の科学力では無理なので、異能(グラビティ)を使って生成している。ネタばらしをすると、錯覚を発生させる呪物なんです。
真剣に見れば見るほど、本物の皮膚だと信じ込んでしまうような催眠効果が付随している。
そうでもしないと人の眼というのはなかなか突破できません♪」

男は楽しそうな笑顔で喋る。『皮』に執心なのではなく、どうやら話すこと自体が好きなように聞こえる。
偽装の『手皮』は、顔の皮とまとめて真新しいフローリングの上に投げ捨てられた。
この部屋には他には座布団3つ、その上に正座する男、黒羽、そしてパトリシア・バラン。それ以外何もない。
玄関を入って右手にキッチン、二、三歩進んで左にバスルーム、そして8畳の部屋。上座を辞退した黒羽とパトリシアは、男の背の奥にバルコニーを見る。道路を挟んで隣の別のアパートが見えるだけの景色。典型的な、学生向けワンルーム。
あるいは貧民向けの。
本来ならこういった安手の部屋には取捨選択された家具たちが多大な工夫の上に押し込められているものなのだが、この部屋はまるで空き室だ。実際、『彼』が住んでいるなどという記録もありはしないだろう。あったとしても偽名のものに違いない。

黒羽は視線を泳がせるふりをして視界の端のパトリシアの様子を見るが、だんまりのまま。パトリシアは彼のことを自身の大師匠と呼んでいたし、遠慮があるのだろうか?それとも本当に何の興味もなくて退屈を噛み殺しているだけか?

「インテリアが気になりますか?」
「気になるってーか。ありませんよね、インテリア。」

男の顔のモザイクがちらちらと動いたので、黒羽は微笑みで返す。

「ああ、この体になってしまってからボディランゲージが本当に難しくなってしまったんですよ。目線や顔の角度や作り笑いがどれほどコミュニケーションに役立っていたのか思い知っているところです。
おかげで冗談を言った後には必ず『今のは冗談ですけど』と付け加えなくてはいけなくなった♪」
「今のが冗談なのはわかりますよ。」
「それはよかった♪」

黒羽はモザイク男の頭部らしき位置の口らしき模様からくつくつと笑い声が漏れ出すのを聞いた。彼の所作を観察しているとまるで自分が盲人になったような錯覚に襲われる。音ですべてを判断しなくてはならない。視覚は役に立たない。それこそ冗句と冗句でない言葉は、発声の微妙な具合と文脈のみで読み取る必要がある。目の前の男は、『これは冗談ですよ』と悪戯っぽい目線で示すことすら出来ないのだ。……どうもそういう仕草をしてはいるつもりであるようだが。

「では、そろそろ約束の情報をお願いします。」
「はいはい♪うちの里の活動内容でしたね。勿論具体性はある程度秘匿させていただきますが。」
「構いませんよ。」
「では。」

男は懐に手を入れる。ジャケットの中から白い粉の入った透明な小袋を取り出し、フローリングの上に置いた。

「ヤクですか。」
「ヤクですね。」

黒羽は俯いて袋をじっと見据える。結晶の形から薬物の種類を突き止めようとしたが、すぐにやめた。粉末は念入りにきめ細かく砕かれていたし、混ぜ物がしてあればお手上げだ。

「真っ当じゃないとは思っていましたから驚きはしませんが。」
「嫌悪感はあると。」
「まあ、正直その通りです。」

黒羽もまた忍者集団の一員ではあるが、目の前の男とパトリシアが所属する忍者団とはかなり趣を異にする。黒羽の里の主要産業は興行と工業。忍者としての能力をショーとインダストリーに注ぎ込んでいる。おかげで後ろ暗いところはほとんどなく、職業訓練の名目で忍者としての技術継承が出来る。パトリシアを介して目の前の男に里の概況を話した時には、少なからず誇らしかった。
真っ当であること、少なくとも真っ当であるように装うことは様々な利益を齎すと、物心ついた頃から叩き込まれている。
『内心や内情はどうであれ』、表向き真っ当であるならば、社会は好意的に受け入れてくれる。そう刻み込まれている。

「うん。好ましいと言えるでしょう。」

モザイク男が小袋を懐に戻す。

「好ましい?」

黒羽が再び目線を泳がせる。パトリシアは石のように固まったままだった。

「あなたのような年頃の女性が……いや失敬、ポリコレに配慮しなくては。あなたのような年頃の地球人が。依存性の高いドラッグをあっさりと受け入れるのは健全とは言えません。そうでしょう?」

モザイクの頭部がちらちらと瞬いた。どうやら目や眉を動かしたらしいが、解像度が低すぎてどんな表情をしているのかはさっぱりわからない。多分目を見開いて眉を吊り上げて、同意を求めているのだと思う。もしかしたら歯を食いしばりながら激怒しているのかも知れないが。

「そうですね、アタシはウェアライダーですけど。」
「ああー、そうでした。これは失礼しました。『地球人』はヒト科ヒト属ヒトのみを指す言葉でしたね。地球に定住する定命の種を包括して指す言葉を知らないもので。」
「気にしないでください。アタシも知りません。」
「ありがとうございます。つまりあなたは健全だということですよ。」
「ありがとうございます。」

黒羽は少しも嬉しそうに笑わなかった。そして本来の任務に寄り添った。

「もう少し伺っても?」

モザイク男は顎に手を当てる……と解釈できなくもない動きをして……数秒間を空けた後、「具体性をある程度省いた内容ならば」と言ったので、黒羽はそれでいいと頷いた。

「では。人を消したり、恐喝、強盗を行ったり、官憲にそれらが通報されない類の標的を探したり、単に金をぐるぐると回したり、そう言ったことです。」
「具体性が無さ過ぎませんか。」
「でも大体想像はつくでしょう?」
「アタシが与えた情報と釣り合うとは思えません。」

黒羽は自身の里の概況をパトリシアにたっぷり30分使って話している。一息で言い終わる程度の情報と交換では、到底納得できない。話をしているうちについ興が乗って少しばかり喋り過ぎたことは認めるがそれは棚に上げておく。

「ならばもう一つ。」

モザイク男が黒羽の眼前に手を突き出した。モザイク越しに見る限りどうやら一本の指を上に向けているようだった。

「我らの忍者団は、ある目的のために設立されました。
先ほど申し上げた活動内容は、その為の手段にすぎません。」
「大師匠、それは言ってもイイコトなのデスカ?」

先ほどまでまるっきり石像だった女が声を発するのを聞いて、黒羽はその横顔を見た。パトリシアの顔には若干の光の反射が見て取れ、それは発汗を意味していた。
モザイク男の首がちらちらちらっと激しく瞬いた。どうやらパトリシアに首を向けたらしい。

「僕の決定に口を挟まないでください。」
「……失礼いたしマシタ。」

パトリシアが正座から腰を曲げ土下座をして詫びる。

「その目的を明確に申し上げることはできません、黒羽様。
しかし……そうですね。しかし、敢えて言うのであれば。
人権の無い輩に人権の模造品を与える為に存在していることが目的とも言えます。」
「はい?」

黒羽が眉を顰める。

「犯罪者は、人権がありません。だから現行犯は暴力的に取り押さえられ、刑罰においては禁錮や懲役と言う名の監禁行為が行われる。犯罪者は人間ではないからです。
人と人の間に生きることができない獣。故に人間ではなく、よって人権が無い。
だから公共の福祉の名のもとに『行き過ぎた自由』に踏み込んだとして刑罰の対象となる。
でも、罰せられる側が諾々とそれを受け入れるかは別の話ですよね。
『人を殺せ』と脳細胞に刻まれて生まれたヒトには、生涯人権を与えてはいけないということになってしまう。民主主義の最も強大な特徴は多様性を受け入れることだというのに。」

黒羽は沈黙で応答した。

「公共の福祉を踏みにじりたいと、望まずにいられない人間がいるんです。
あなただって、社会的に許されないからという理由で行わなかった事が沢山あるでしょう?言いたいけど言わなかった、欲しいけど盗まなかった、壊したいけど手を出さなかった、諸々ね♪
でも残念ながら、『反社会的な欲望を社会の為に我慢してあげた』と言うのはあまり世間では評価の対象にならない。」

モザイク男の両手がちらちらちらつきながら動く。ろくろを回すような位置取りから指差しているらしい姿に、そして言葉に合わせて虚空を移ろうように宙を動く。
頻度の高いちらつきから、どうやら指先にまで神経を巡らして細かな仕草をコントロールしているようだが、荒いモザイクに隠されたそれは彼の真意を示すことは決してなかった。

「僕からしてデウスエクスな訳で。地球の生き物を殺してグラビティチェインを得続けないと、飢えてしまう。死ぬことはないが限りなく衰える。
 そこはあなた方、地球の番犬とはどうしても譲り合えないところです。」

黒羽が唾を飲む。モザイク越しに、眼光が見えたような気がしたからだ。

「デウスエクスは、少なくとも地球にグラビティチェインを回収に来ている連中は、僕含めて反社会的であらずにはおれない。
 そして、地球に土着する定命の中の反社会的な因子は、僕らと属性を同じくする部分が多くある。
 生きている限り社会に迷惑をかけてしまうタイプの生命体。『正しさ』が肌に合わない者ども。そいつらを幸せにしたい。」
「……幸せに、ですか。」
「そいつらこそを、です♪」

モザイクが両手を挙げて大仰に胸を張って見せた。

「幸せや愛が何なのかもわからず、共同体からはつまはじき。『お前が悪い』と言われればその通りで、反論の余地もない。そう言う『僕みたいな奴』は、しかしそれでも生きている。
 社会側は『お前が悪い』と言うが、だからと言って即座に消し去ってくれる訳じゃあない。容認もしないが殺しもしない。まともに敵対すらしてくれないんです。」
「いや、警察がいるじゃないですか。」
「警察に勝てば何かが変わりますか?警察に勝ったところで社会が犯罪者の存在を認めてくれるわけではないでしょう。
そしてそれは結構だ、個人の感情ですからね。社会に不安を齎すものは、怖いし嫌いだ。それはそれでいい。
 でも、同時に、認めて欲しいんです。」
「はぁ?」

黒羽の眉がいよいよつり上がり、口はぽかんと開いてしまった。モザイク男の口らしきあたりからは嬉しそうな忍び笑いが聞こえる。

「そろそろわかってきたでしょう、僕らが求めている者がどれほどの無茶であるかを♪
 殺しても死なない人が欲しい、いや、死んでほしいが遺族には恨まれたくない。いやいや恨んでほしいし悔やんでほしい、でもいざとなればその憎悪からするりと逃げ出したい。
 盗んでもなくならない物が欲しい、いや、なくなってもいいが、盗まれた人は怒らないでほしい。いや、怒って欲しいがいざとなればその怒りからするりと抜け出したい。
 犯しても恨まない女が欲しい、いや、反抗してほしいが、からっと忘れてほしい。いや、ずっと忘れずにいて欲しいがいざとなれば自分のチンポに惚れて欲しい。
 そういう望みを、捨てられない奴に。そういう望みが叶う世界を与えたい。」
「いやいやいや……いやそれはナシでしょう。」
「勿論そんなことはわかっています。だからこそ、『祈る』しかない。
 到底ありもしないし、自分の力でもどうすることも出来ないことを、ヒトは祈るわけですなあ。」
「わかりました、現実と折り合いをつけられないガキの妄想を、真剣に考えていると。そういうわけですね?」

 呆然は呆れに昇華した。黒羽はワックスの光るフローリングに唾でも吐き捨ててやろうかという気分になっていた。

「折り合いをつける、と。簡単におっしゃいますが。折り合いをつけるとは妥協するということです。社会に合わせて自分の在り方を変える。
 それは正しい行いだが、確実にストレスの溜まる行為です。そして、ストレスの許容量には人によって限度があるし、『そこを折り合ったら自分が自分でなくなる』というポイントだってある。
 そういうことを考えると、折り合えない奴は1万人に1人ぐらいはそりゃいるでしょう。
 そして、社会の有様と折り合えない奴は、大多数が望むようにひっそりと消えてはくれない訳です。
 誰もが消えてくれと望む悪党も、誰かが消さなければ消えない。
 社会には反社会勢力を排除する機構はあるが、不十分だ。私刑村八分が横行していた時代ならそれと具体的に戦うこともできたが、今となってはそれも不可能。
 殺してくれず受け入れてもくれない。かと言って自殺もしたくないし妥協も出来ない。
 これはね、我儘と言ってしまえばそれまでだが、そういう人物は実在するのであって。どこかでその皺寄せを引き受けることになる。」
「それがあなたの里というわけですか。」

黒羽は最早嫌悪感を丸出しにして言葉を吐き出す。

「僕のじゃありませんがね♪僕は里からは今、距離を置いているので。」

モザイクの頭がちらついた。どうやら口の角を上げて笑っているらしい。

「さておき。
 『社会不適合者を受け入れてあげているのだ』と偽善者面をする気はありませんよ。引き入れているのは里にとって有用な奴であって、里は別に慈善事業をしている訳ではありません。
 先ほども申し上げましたが、デウスエクスである僕は人を殺さずにおけない。そこについては、受け入れろとは言いませんがそういう生き物であるという理解はしていただいていると思います。その結果として僕とあなたの殺し合いが発生してもそれはやむを得ない。
 僕が申し上げているのは、地球に住む定命の者の中にもそういう、殺す以外に処置の方法が無い人でなしがいる、ということです。殺す以外に方法がないのに、殺すことが出来ていない、ということです。
 そして、こっちの里は反社会的行動を商売にする集団です。だから反社会的な性格の者の方が都合がいい。社会的な『正しさ』が窮屈で堪らない、それに反逆することに何も良心の呵責を感じない、そういう人でなしの方がいい。だからこっちでは、『正しくない』奴を重点的にスカウトしているというわけ♪」
「理解はしましたよ、受け入れはしませんがね!」

黒羽が目を見開いて睨むと、モザイク男は「結構。」と発してくすくすと笑った。
 
「パトリシア、あなたのご友人はとても頼もしいことですね♪」
「恐れ入りマス。」

頭を上げていたパトリシアが、モザイクの首らしき部分に向かって礼儀正しく返答した。

「かなり遠回りになりましたが……まあ言ってもいいかな。
 これらの事は、そこのブラジル生まれのサキュバスを受け入れる為だけに用意したものです。」
「は?」
「アノ!」

黒羽は眉間に皺を寄せて首を傾げる。パトリシアは身を乗り出して異議を挟む。
モザイク男はパトリシアに掌……だと思われる部位……を突き出して発言を禁じ、続きを話し始めた。

「『殺しに躊躇が無く』『ブラジル生まれで』『褐色肌の』『セクシーな』『蝙蝠翼をもつ女性個体』というオーダーがあったんですよ。守秘義務があるのでクライアントは申し上げられませんが。」
「守秘義務を持ち出す割にはかなり具体的に注文内容漏らしてますけど?」
「そこはあなたの横にいるお方と言う公開情報があるので、隠す意味がありませんから♪
 そのオーダーに沿ったケルベロスを日本に受け入れるには、それに相応しい場所が必要だったんです。
 ……ね?バラン。」

パトリシアは俯いている。

「パトリシア……?」

黒羽がパトリシアの方を見る。俯いた影が濃く差した横顔は、石像のように冷たく固まっていた。

「黒羽様。これで、つり合いは取れましたか?」

モザイクの顔がちらちらと動いた。彼の首がやや上を向いて自分を下目遣いで見下ろしていると黒羽は確信した。

「ええ、期待とは大分違いましたけど。」

その後黒羽とパトリシアは手早く礼を言ってそそくさとアパートを後にした。

駅までの徒歩の間、二人は無言だった。黒羽は何度も声をかけようとしたが、その度にパトリシアの横顔が石像のようであるのを見て黙った。

「気を遣わせちゃってゴメンネ。」

電車に乗るまでに、パトリシアが発したのはこの一言だけだった。「いえ。」と小さな声で黒羽は応えたが、聞こえているかどうかはわからなかった。

電車に乗っていると、窓の外では雨が降り出した。
モザイク男の言う『クライアント』の仕業であると、二人は確信した。
電車の外から吊り革を掴んで並ぶ二人を、雨に濡れた窓越しに見ている映像が二人の脳裏に同時に浮かんだ。

以上……。」

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