畏れよ、我をと神は嘆願し

「バクテリアに生まれればよかったのに。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

Imp666

他の全てを見下し続けていない限り足元から崩れ落ちてしまう、
精神の育ち損ないども。
心の出来損ないども。
育たなくとも出来ていなくとも、彼らは生きている。
死に絶えろと願っても、死んでなどくれない。

そういう人たちを満足させるのは簡単です、とケー・ジー・バランは言った。
あなたは凄い。あなたは素晴らしい。あなたは誰にも出来ないことをした。
彼らに心からの承認を表現してやればいい。そうすれば彼らは決して裏切らない。

パトリシア・バラン・瀬田はそういう父親を心から軽蔑したし、その言葉が正しいことを心底から納得もしていた。

サンパウロの外れにあるケーの私宅には、裏社会をイメージさせるものは何もない。
広い庭、美しい外観の家屋。舗装された地面に導かれて玄関の真っ白な扉を開けると、艶のあるフローリングのリビングが右手に広がるのを見ながら、緩やかな階段を上がり、三方に分かれた廊下の真ん中を突きあたり、鍵が二重についた扉を開けると、書棚と机と、低いテーブル。そしてテーブルをはさむ一対のソファのある部屋となる。
南中の前後に辛うじて日光が入る高い小窓。
その光を避けるように、机に向かうケー・ジー・バランの姿がある。モニタには今しがた彼が受け取ったばかりのメールが表示されており、彼はすぐにウインドウを閉じて振り向いた。

「やあ、パティ。どうしました?」

仕事中にわざと邪魔をしに来ても「何の用だ」と言わずに自分の心配をしてくれる父親のことがパトリシア・バラン・瀬田は好きだった。

「宿題、手伝って欲しい!」

ノートと教科書を見せると、パパはにこにこと笑いながら立ち上がりソファへと座る。

「今日は数学?」
「歴史も。」
​​
父親の向かいに座り、テーブルに荷物をぶちまける。
​​
「じゃ、始めましょうか。」
​​
嫌な顔一つせず、笑って応じてくれるパパが好きだった。娘と話せることがたまらなく嬉しそうな笑顔を見ると、自分も幸せな気持ちになった。
​​
困ったとき、嬉しかったとき、パトリシアはいつも父の部屋を訪ねていた。
父は一度自室に入ると外からの呼びかけでは決して出てこないので、父と会話をしたいときはいつも自分から行くことになっていた。
初めは不思議に思ってはいたものの、大人には事情があるのだろうと幼いなりに自得していたし、行けば必ず相手をしてくれたからいつしか気にもしなくなった。
宿題を手伝ってくれたり、学校の悩みを聞いてくれたり、ママには内緒と言ってお酒をちょっとだけ飲ませてくれたりするパパが好きだった。
ママに「あまり甘やかさないで」と叱られて、「何しろ娘が可愛いもんだから」と申し訳なさそうに笑うパパが好きだった。

だから、お願いされたことは何でも訊いた。
貧民街(ファヴェーラ)に行けと言われたときも最初は怖かったけど、パパと付き人の手を握りながら頑張って歩いた。
笑って話しかけるパパと真剣にメモを取る付き人さんを見て、此処にも確かに人間がいるのだと知った。楽し気に話しかければ楽し気に返し、不機嫌に接すれば不機嫌を返すごく普通の人間が。

パパが居なくても貧民街に行けるようになった。
付き人無しでも大丈夫になった。
財布を盗まれたけどなんとかなった。
お金と引き換えに話を聞かせてもらうことを学んだ。
体を求められたけど「必要なら」と我慢したしすぐに気持ちよくなれた。
パパは苦しい時に何時だって味方になってくれた。
ハグしてくれた。謝ってくれた。ありがとうと言ってくれた。辛いのならば別の人に代わってもらおうと言ってくれ、わたしはそれを固辞した。
​​
わたしはパパが大好きだった。

パパはママとだけ喧嘩をする。
仕事で会う相手は、どんなに乱暴な人物でもパパは笑顔を崩さないのに。
わたしが顔を見せると、パパは笑いママは困った顔をする。
さっきまで泣くような声で反論していたのに。
大声で怒鳴り上げて懇願していたのに。
​​
パパはどうしてわたしに仕事を頼むのだろうか。
パパはキミに才能があるからだという。
ママは心配そうな目でただ見ていた。
何故わたしを貧民街に連れて行った。
何故わたしに諜報の技術を仕込んだ。
何故わたしに体を売らせた。
何故わたしに暴力を仕込んだ。
ママは心配そうな目でただ見ていた。そして一言だけ。

「大丈夫?」

もうやめて、もういいじゃない。そんな声で。
うるさい、パパと喧嘩をする癖に。
パパと喧嘩が出来る癖に。
パパ。わたしは大丈夫なの?
パパ。わたしは役に立ってるよ。
パパは。

「パパはわたしのことが好きなの?」



「勿論。キミは僕の大事な娘だよ。」

淀み無いその言葉を聞いて、父への愛は石のように冷めた。

けれど。

「パティ、パパのこと嫌いか?」

これを言われたら、今更嫌いになどなれない。
裏切りではないのだ。信頼がおける手下として、心から接している。接してくれている。
それがただのご機嫌取りに過ぎないとわかってはいた。
しかし心の底から行われるご機嫌取りは、信頼以外の何とみなせばいい?

パパの評判を客観的に見直したのはその後。
パパの仕事は言わば人材派遣業だ。
蓄積した情報から次に起こるであろう「事件」を割り出す。時には情報を流して「事件」を引き起こしたりもする。その際にマフィアやギャングの勢力が必要とする人材を見繕い斡旋する。

パパの様子を改めて注視する。
金は期日通りに支払う。
「ありがとう」と「ごめんなさい」を躊躇なく大声で言う。
会う人によって着る服を変える。
絶対に複数のビジネス相手と同時には会わない。

パパは、ビジネスの相手一人一人に対して、一番信頼したくなる姿に化けて接しているのだ。

自我そのものによって自我の礎を築くことは、そもそも人間にはできないようにできている。
人はどうしようもなく、他人に根拠を持つ生き物だ。
誰かに認められた経験がなければ。誰かに存在を確かに承認してもらえた経験が無ければ。

認められたことの無い人間は、他人を尊敬することもできない。承認することもできない。褒めることなど到底できない。
自分と同等以上の人間が居ることを認めたら、自我を維持できないから。
「自分は自分でいるだけで偉いのだ」ということを他人より偉いということでしか担保できないのに、他人を自分と「同じ」人間であるなどと認められるはずがない。

完璧な人間などいない。劣等感を持たない人間などいない。だが。
完璧な劣等感だけで形成された人間はいるのだ。溢れかえるほどに。
誰もが彼らを未熟傲慢悪辣不遜と切り捨て拒み続ける限り、二枚舌が手駒に困ることはない。

 

以上……。」

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あれ。

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傷を傷つけ塗りつぶせ

「ペーストになれ。

こんばんは、鳩です……。

イラストが完成しました!
下記より完成原稿をご確認ください。
===================
完成原稿
●アトリエページ
http://tw5.jp/gallery/?id=159508

●直接リンク
http://tw5.jp/i/tw5/origin/0379/721744_e03793_pinup_f.jpg

===================
●商品確認
作家:あなQ
商品:ピンナップ

●発注オプション
・大きな画像(横800×縦800)

●発注文章
【屋内でトレーニング】
イメージ:重傷から気合と常軌を逸したトレーニングで回復しているシーンです。
状況:松葉杖を放り捨て、眼帯を引きちぎり、腕のギプスは内側から力んで破壊し、足のギプスはサンドバッグにたたきつけて叩き壊します。
全快はしていないはずですが闘志は十分、戦う意思があれば勝手に体は回復に辿り着く、という有様。
服装:地味なトレーニングウェア。

腕や脚:一般的な女性のそれより明らかに筋肉で太い。
参照画像の太もも程度に脂肪の上から筋肉の形が察せられる程度。

胴体:大きい乳房、明確な腰の括れなどサキュバスらしい男好きするセクシーさを残しています。
大分頑張ったようです。

イメージさえ守られれば、発注文の意図的な無視やアドリブは大歓迎です。力強くかっこよく、そして狂気に近い闘志が感じられると嬉しく思います。

●メッセージ
『ベストコンディション』
===================

=============================================================
これは『ケルベロスブレイド』のイラストです。使用権は鳩、著作権はあなQ、全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。
=============================================================

あなQ様、ありがとうございました……。

参照画像として使ったのは


なので角はいつものピンクではなくこげ茶。
元ネタは、バキ第265話のアライJr.の回復シーン。満身創痍のままサンドバッグに向き合ってたアライJr.が、バキとの対決が決定したという報告を受けてみるみるうちに動きがキレと重さを増していき、遂にはギプスを破壊するに至るという話。

ピンナップを作ってもらうにあたって、戦っているシーン、拳を振るっているシーンを幾つか妄想していたのですが、その中で唐突にアライJr.の復活シーンが思い当たりまして。
これなら攻撃相手が居なくても成り立つし、鬼気迫る表情が表現できるし、怪我から鍛錬で立ち直るという凄まじさも出せる。パトリシアを知らない者の目も惹くイラストになるだろう。

というわけで上記のような発注内容になりました。

膝立ちのポーズは、ピンナップが正方形をしているから仕方ないのかもしれません。
ケルベロスカードで頼んだらまた別の描き方になったかも。
あとは、お任せとはしましたが「サンドバッグをぶっ叩いている」はキッチリ指定してもよかったかもしれませんね。

戦う汗は美しい。
あなQ様、ありがとうございました……。

以上……。

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真実の解体

「誰もお前に生きていいとは言っていない。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

芳醇濃密なれど二次元

​その程度ではわたくしどもには勝てません。
あなた方の言う破滅とは、せいぜい地表の形が変わる程度の事なのでしょう?
もっと理想を高くお持ちなさい。

地球を一つの生物として考える理論が存在する。
地球環境全体を一個の生命とし、人類を含む地表全ての生物をその構成物として捉える考え方だ。
如何にも偉大でスケールの大きなことだ、と考えただろうか?
地球という惑星一つが生命とはなんと大きなことだと。
だが、イメージされる生命としての地球とは、実は地表だけのことだ。球体ではなく球面。
たかだか球面を世界と呼び、その変動を世界の破滅と呼ぶ。
このわたくしは球体ごと微塵にしたことが幾万回あるというのに。

目覚めるとそこは里の和室だった。
鍛錬で打ち倒されたときはいつもこの部屋に運ばれていた。
パトリシア・バラン・瀬田は倒された時の光景を思い返す。
忍者の里の首領、筧・小鳩との幾十度目の立ち合い。
いつも通り技はいずれも綺麗に決まり、いつも通りそれらは全く意味をなさなかった。
拳を打っても地に投げても首を絞めても手ごたえがない。
虚空を相手に戦うような正に虚しい時が過ぎ、最後は飽いたとばかりに気だるげに放たれた首領の手刀一撃で幕が下りた。

斜めに切り離された肉体は既に繋がっていた。これはケルベロスの異能でもなければ首領が治癒したのでもない。単に彼女の死を決定する権利が誰にもなかったというだけだ。
里で如何なる傷を負ったところで、パトリシアの死は決定されない。

ふとサンパウロの裏路地を思う。
その頃、自分は死と隣り合わせの諜報活動を続けていた。マフィアと寝て、事情通に金を払い、商売敵を唆し、自らの手で始末もした。
全ては『パパ』の為。
その頃の自分は、いつ死ぬかわからない恐怖と緊張の中で生きていた。いつ殺されても不思議ではない、綱渡りの毎日。

今の自分は、『登録』されてしまった。
自分の命はもう誰にも奪われない。自分の命が自分のものでなくなった。死のうとしない限り決して死なない。死のうとさせられない限り決して死なない。あの首領を以てしても、自分の命は自由にならない。

ああ、そうか。
幹部連中が宇宙だの何だの言い出すのも当然のことなのだ。
彼らは誰にも殺されないのだから。誰も彼らを死なせることが出来ないのだから。彼ら自身にすら。
時間と空間を抉じ開ける為に、彼らも抗い続けたのだ。そして、それは未だ何の実も結んでいない。

終わってしまった物語は引き裂かれた永劫だと師は言った。
しかし物語に組み込まれたワタシもまた、既に無限に廻るものなのだ。

顔を押さえる。涙が流れる。
生きることを制限されたならまだ抗いようもあろうが、死を奪われたなら一体どう抵抗すればいい?
いや、いや。違うのだ。死を奪われたのではない。命を奪われたのだ。

『死せざるはただ生命無きもののみ』

わたしは生きていない。だから死ぬこともない。わたしには形がない。だから滅びることはない。
まだ望みは。まだ一応はある。物語が私を殺してくれるという望みが。
殺してくれることが望み?神が願えばそのようにしてくれるだろうよ。

わたしは理解した。わたしは理解した。
わたしはそれを

納得はしていない。

サンパウロの路地で引き金を引いた記憶。
額を撃たれた少年は死んだ。脳を散らす彼をあの時のわたしはただ汚いとだけ思ったけれど。

わたしは理解した。
わたしはそれを納得はしていない。

 

以上……。」

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シガー

「消えろ。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

ホルダー

息を止めると、シガーホルダーの先から灰に成り切った煙草が崩れ落ちた。漫画に出てきた超人の真似をして、一息に一本吸い上げてみたのだ。どうやら超人たる自分には出来たらしい。
咳き込みたいのをぐっと抑えて、肺と口の中に煙をため込む。
曲がり角から足音が聞こえて、背筋に力がこもる。
現れた顔が狙い通りの物だったことを十分に確認してから、パトリシア・バランは白い煙を吹き付けた。
咳き込むのはスーツを着た壮年の男性。涙目で振られる首の根元を掴み、引き込んでもう一方の手で首の骨を摘み折った。
近場に着けていた車に遺体を引き渡すと、足早にその場を去る。
人一人の命は煙草一本分。
いつもは殺してから吸うのを、今日は少し早めただけだ。

 

以上……。」

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ありふれた月

「生まれて来るな。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

血染めの言葉

​今日は解体の日だった。
マスター・オカから教わった手順はもうすっかり手になじみ、どこをどう切ればどこが外せるのかを手が覚えてしまっている。
肉や魚もこのぐらい粛々と捌ければいいのだが。


血抜きもそこそこにパーツを鍋の中に投入する。
茹で固めてしまえば血が流れ出ないし、殺菌によってある程度は腐らずに持つようになる。酵素を変性することで自己融解を止めることもできる。

最初は匂いの際立つ内臓。茹で上がったらブルーシートの上に放りだし、次いで頭部、腕、脚を茹でていく。鍋の中は既に灰汁と血液で充満しているが、用途は加熱であるから問題はない。
茹で上がるまでの間に、都度胴体を解体していく。
胴体は縦横に大きく鍋に入らない。そこで、背骨の関節を一つ一つ切り離し、あばらに沿って一枚ずつ切り分けていくのだ。
粉砕した方が遥かに早いのだが、それでは骨片が散る恐れがある。肉片は放っておけば朽ちて溶けるが、骨はそうはいかない。うっかり排水溝にでも流してしまったら最後、隠滅不能の証拠となって下水を漂うことになる。
そして、恐ろしいことに1cmにも満たぬ遺体の欠片から犯行を特定した実例が存在する。

人の人たる力こそが、人の社会において最も恐ろしい。
人の社会の中に溶け込み生きるのであれば、人の強さを熟知しなければ狩り殺されてしまう。
指先に神経を集中させ、背骨と背骨の隙間を探り、ナイフを差し込む。
骨に当たらぬよう、軟骨だけを切り裂く。そして切り口に指を入れ、ゆっくりと力を入れて引き外す。文明の利器と異能者ケルベロスの膂力の合わせ技だ。
背骨を外す都度に、あばらに沿ってナイフを走らせて輪切りにしていく。
こればかりはどうしても時間がかかる。肉は硬直し腐敗と融解を始めており、悪臭と血があふれる。
輪切りにした端から鍋に投入し、他のパーツと共に茹で上げ、ブルーシートの上に並べる。

全てのパーツの処理が終わったらシートを畳み、鍋を洗って部屋中をシャワーで流す。
この部屋はもともと多人数シャワー室として作られており、水はけはとても良好だ。
目に見える血液を流し切ったら換気扇のスイッチを入れ、引き取り役に電話をかけて待つ。

程なくして到着したバンにブルーシートの包みを載せ、一礼。
お疲れ様です、と労いを残して、男の車は去って行った。

パトリシアは懐からシガーホルダーと煙草を取り出した。
ホルダーの先に煙草を据え付け、指先から魔力の熱で発して火をつける。
細く長くゆっくりと、十秒ほどかけて吸い、十秒ほど息を止め、十秒ほどかけて吐き出した。

それは、Peaceという名の煙草であった。

 

以上……。」

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罪々の取引

「生まれて来るな。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

望外の潔白

​その銃殺事件の犯人はわたしだ。
湯船にてテレビの画面を注視すると、現場は繁華街を少し離れた路上、殺害されたのはある暴力団組員で、犯行に使われたと思われる拳銃が現場付近で見つかり現在は検証中とのこと。

一応チャンネルを変えて他局の報道もチェックする。殺害理由に対する推測が若干違う程度で、どこもほぼ同じ内容だった。

予定通り。そしてこの事件は迷宮入りに終わるだろう。
ヤクザ同士の抗争に人も警察も大して興味を持たない。誰がハジいたかなんて意味がない。興味の対象は、「どこの組が」ハジいたかなのだから。

わたしは立ち上がると仕上げにシャワーを浴び、バスルームを後にした。

キッチンに赴き、グラスに氷を満載させてカシャッサとソーダを注ぎライムを絞ると、ナッツを持った皿と共にソファに座り、渇きに任せて口一杯を流し込む。
喉が焼けて胃が翻る。口に入れたナッツをペースト状にかみ砕いて嚥下すると、いくらか落ち着く。
不死不滅のケルベロスでありながらこんな無意味な反射があるのは不本意だが、アルコールによる酩酊という「不調」の代償と思えば多少は気も晴れる。

抱かれて油断させて殺す。
いつもと同じ任務だった。一つだけ特徴的なところは、死体を処理しないこと。
行方不明にするのではなく、殺害した痕跡を明確に残すこと。
今回の仕事は示威と脅迫が目的であってその人物の排除が目的ではなかったから。
標的自身の命に価値があるわけではない。「殺された」という事実にだけ価値があった。
カラス除けに吊るされるカラスの死骸と同じだ。

死体を放置して逃げるのはとても久しぶりのことだった。
通常は解体してから引き渡すか、或いは茹でてバラして砕いてばら撒くか、溶かして業者に任せるかで遺体という証拠ごと隠滅するのだが。

今回の殺しの報酬は、このカシャッサを100本も買ったら消えてしまう。
「一般人にも出来るから」とは上のお達しだが、それならば異能者ケルベロスたるこのパトリシア・バランに頼まなくてもよかろうに。

一般人の犯行に見せれば、ケルベロスに捜査が及ぶ確率は低いと言われた。
確かにそれは理屈だが、安値で受ける理由にはならない。

依頼を受けたのは値段ではなく、ひとえに上部からの圧力だ。
忍者団に所属するわたしは、忍者としての命令には逆らえない。外様の途中参加組であるからこそ、余計に。
この依頼を安値でこなすことに何の意味があるのかの説明もされなかった。訊けば答えてもらえたかもしれないが、命令の意義を問う忍者などナンセンスだということも分かっていた。少なくとも我が忍者団では。

グラスは、氷を残してすぐ空になった。
氷で満たせば酒の量は減る。自分なりの節酒方法だ。
キッチンに再度立ち寄り、カシャッサを注ぎ、ソーダを……。
思い直してソーダの代わりにビールを注いだ。
ナツメグの粉を振って、その場で呑む。

「今日は酔いが要る。」

独り言が出た。酩酊している証拠だ。今日はこのまま沈んでしまおう。

以上……。」

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人類は物語を必要とするように進化した

「五感のいずれにおいてもお前を感じたくない。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

断末魔は聞こえない

​全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。

そんなのは嘘だ。あるのは、その物語を放置したくない誰かがいるだけだ。

知性は、否定を手に入れた。どんなに受け入れがたい事実があったとしても、「それ以外の全て」と唱えることで無限の可能性を維持できる。

生まれついての性質がどうしようもなく今の自分を規定している。ならば「このように生まれつかなかった可能性の全て」。
自分は地球上にしか存在せず一生そこから飛び立つこともない。ならば「自分が生涯行動する空間以外の全て」。
物理学者が数千年をかけて見つけ出した法則が宇宙全域にて保たれる。ならば「物理法則に従う宇宙以外の全て」。
自分が頭に思い浮かべた何かは存在しない。ならば「自分が頭に思い浮かべた何かが存在しない現実以外の全て」。

否定は、否定を更に否定することで肯定を生み出すこともできる。
肯定しか存在しない本能に対し、ブレーキという否定、ハンドリングというブレーキングの否定でコーナリングが出来る。

否定は知性が生み出した最初にして最も偉大な発明だ。
否定は知性が生み出した原初にして最も偉大な詐欺だ。

物語は否定から生み出される。

「こう」ではない現実があるはずだ、という発想から。
「こう」ではない全ての可能性の吟味から。

魔法は現実には存在しない。「だからこそ」魔法があったなら。
ユートピアは現実には存在しない。「だからこそ」ユートピアがあったなら。
死後の世界は現実には存在しない。「だからこそ」死後にも生きることができたなら。

現実を全て肯定しそれで満足ならば、物語は必要ない。
だが人は死ぬ。理不尽に死ぬ。経年劣化で死ぬ。苦しんで死ぬ。死を恐れる。死の苦痛を恐れる。他者の死による離別さえ恐れる。
「それがなかったなら」。「あのときああでなかったなら」。「ああならない人類がいたなら」。

物語とは祈りだ。ありもしないものを願う祈りだ。
「それ以外の全て」とは、「それ」無くしてありえない。
魔法使いの物語は魔法の無い現実の鏡映しであり、
放埓な物語は放埓さの乏しい現実の鏡映しであり、
合理的な物語は合理が及びかねる現実の鏡映しである。

物語は、現実を映す。角度を変えて色味を変えて世界の有様を見せつける。それが物語の役目だ。そして物語は物語である限り現実には決してなりえない。

「ワタシはそのことに納得なんてしてイナイ。」

パトリシア・バラン・瀬田はグラスの中身を飲み干して、吠えた。

「ここが鏡の中のワンダーランドだって言うナラ、この世界が映し出す元の世界ってのは何なのヨ。 鏡は入ってきた光しか反射しない。それ以外の世界だってあるはずなのニ、ここにはそれは映し出されない、あるかどうかも知ることが出来ナイ。」

グラスを持ち上げて見せると、バーテンはそろそろとウイスキーを注ぎ、音もなく氷を追加した。待ちかねたようにパトリシアがそれを煽る。

「死せざるは命無きもののみ、物語は終わってもなくならないんじゃない。
物語の終わりは、書き手じゃなく読み手が決めるからヨ。
誰か一人が、まだ終わるなと信じる限り物語は終わらないしなくならない。
ワタシは、そう信じた誰かの物語の続きの登場人物が書いた物語の……。」

テーブルに肘をついて、手に顔の重みを預けてそのまま彼女は眠ってしまった。

「納得なんてしてナイ……。」

お前が登場人物でない全てを。

 

以上……。」

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安価は絶対

「よかったな唾を吐いてもらえて。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

空も飛べないはず

​「僕(やつがれ)が教えたことはあまり役に立っていないようですね。」

パトリシア・バラン・瀬田が頭を垂れるのは、百目鬼衆(どどめきしゅう)筆頭補佐、鳥越・九(いちじく)に対してであった。

「どういうコトでしょうカ。」
「デウスエクスを駆除するにあたって潜入や隠密などの手段は用いられない、ということです。」

ズボンのポケットから純銀のスキットルを取り出し、素早く一口呷り呑む。
ウイスキー味の吐息がパトリシアの鼻先まで伸びた。

「仰せの通りデ。」
「僕(やつがれ)も人のことは言えませぬが。
 シルバーレインの中で戦っていた時は、少なくともそんな機会はなかったのだから。
 情報戦が出来るほど我らは老獪ではなかった、というだけですが。」
「……。」
「教えたことは、忘れてしまいましたか?」
「イエ。」
「潜入で最も大事なことは?」
「馴染むこと。」
「そう。
 具体的には?」

パトリシアは密かに眉根を顰めた。そしてそれを鳥越が見るともなく見つつも確実に察知したのを、理解していた。

「信頼を築くコト。中に入って、誠実に振舞うコト。自分がスパイであることなどよそにおいて、仕事に従事するコト。デス。」

鳥越が大仰に頷く。
自分の半分ほどしか生きていないように見える少女のこのような仕草は、いつでもパトリシアを少なからず惑わした。

「手っ取り早さを求めるなら、内部にいる人間に裏切らせるのがヨイ。
 既に信頼はあるのだからコトは早く済むし、間接的にしか関わらない分だけ足もつきニクイ。」
「そうですね。」

そう教えました。
鳥越が掌を向けて湯呑を指し示すと、パトリシアは一礼して喉を潤した。

「あなたはそうしていますか?」
「そうしてイマス。」
「どこで。」
「企業や、ヤクザの情報を漁る時に。」
「そうですね。」

スキットルをまた取り出して一呷り。

「そうした全てが、対デウスエクスに対して何一つ生かせないことを、僕(やつがれ)は恥じます。」
「ソンナコト……。」

異能者たちの戦いにおいて、個人の諜報能力は役に立たない。
正確に言うならば、敵性不死存在デウスエクスを打倒するにあたって、ケルベロスという異能者にはその戦闘能力以外何も求められていない。
諜報能力を生かそうにも、そのような命令が下らない。よしんば個人で諜報活動をしていたとしても、

「役には立たない。
 それは、初めからわかっていました。」

鳥越の青い瞳がパトリシアを睨め上げた。
彼女は純然たる日本人であり、瞳の色はカラーコンタクトによるものだとパトリシアは聞いていた。
何の為に偽っているのかは知らないが、意味のあることなのだろう。或いは無かったとしても、知ったことではない。

「でも、あなたに諜報活動を仕込むよう、御屋形様からは命じられました。
 そして、そうした。ブラジルからおいでになられてそんなに長い期間ではなかったが、あなたは確かに身に着けた。」
「モッタイナキお言葉。」
「あなたは出来る。だが何の役にも立たぬ。
 あなたはやっている。だが何の記録にも残らぬ。
 大きな趨勢の中では、一人の忍者の努力など大して効果がないからだ、と説明できなくもないが……。」
「……。」

青い瞳が畳の目を見つめていた。

「あなたはよくやっている。あなたを責めるつもりはありません。あなたは努力している。あなた自身の限界を突き詰めるように。立派な態度だ。けれど……。」

スキットルを手に取り、しかし逡巡してポケットにもどした。

「けれど、だ。
 限界を追い求めることは美しいことです。大事なことでもあります。
 100mを5秒で走れる人類はおらず、走り幅跳びで20mをジャンプできる人類はおらず、100トンを持ち上げられる人類はいない。そのように遺伝子が出来ている。
 だが、明確に限界があるからと言ってそこに近づく努力が無意味だという者はいない。いや、寧ろだからこそそこに近づこうとする人々は感動を呼び起こす。限界にまた一歩近づくたびに、もしかしたら限界などないのではないかと、人に不可能はないのではないかと心を昂揚させてくれるから。」

しかし。

「それでも純然と限界はあり、そしてそれは耐えがたい屈辱なのです。
 自分の足で音より速く走りたい。跳躍ひとつで蒼穹へ飛び立ちたい。ビルディングを持ち上げて、企業を物理的に破壊しつくしたい。
 そう望むことは、何も恥ずかしいことではない。そして、その望みが挑戦する前から不可能だと決定づけられていることは、どう言いつくろおうとも恥辱以外の何物でもない。
 不可能を望むのはばかげたことだ、という者がいますが、因果は逆です。まず望みがあり、そしてその後にそれが不可能だと知るのです。
 バカげたことを望んでしまうのは普通のことです。不可能と知って望み続けることをバカげている、というのだ。」

しかし。しかし。
鳥越はスキットルを取り出し、今度こそ中身を飲み下した。

「バカげていようと望みは望みだ。明らかであろうと挫折は挫折だ。
 僕(やつがれ)どもは、その望みを叶え、挫折に報いる為にある。」

パトリシアは己の瞳に魔力が迸るのを感じた。
自分の目も青くなろうとしている。
御屋形様の瞳と同じように。自分の内なる力によって。

「バラン殿。あなたらしさなど、デウスエクスと戦うのに何の役にも立たぬ。
 『あなたはあなたではない』。『あなたらしさなどというものは、この世に初めから終わりまで微塵も存在しない』。
 いや、デウスエクスと戦うことすらそもそも求められていないかもしれない。
 バラン殿。僕(やつがれ)が教えた諜報技術もほかの師匠連中が教えた武術も技術もなにもかも、ただのハリボテだ。
 あなたはケルベロスでありさえすればいい。デウスエクスの敗北を見届けさえすればいい。
サキュバスである必要も螺旋忍者である必要も降魔拳士である必要も女である必要すらない。」
「ケレド。」

パトリシアの目は、翡翠色に輝いていた。生まれついての色に。

「ワタシには必要デス。
 マスターハトメは言っていまシタ。『この嘘に引きずり降ろして殺してやる』と。
 ワタシの全てが無意味で嘘でも、それでもそれはワタシデス。
 ワタシがワタシでなくとも、ワタシはワタシだ。それが嘘でもワタシはワタシ。
 何もかも意味がなかったとシテモ、何もかもただのフレーバーだとシテモ、ワタシにはそれが必要デス。
 Show must go on.
 ショウである以上、『ワタシが本当はどうなのか』は大した意味はアリマセン。
 嘘であればコソ、出来ることすらアル。あなたのように、諦めたりはシナイ。」
「明確にあるはずの限界を超えていけ。それがあなたに課せられた使命だ。
 神々の心を打ち、揺り動かし、北海道にあるサーバーを打ち壊させろ。
 御屋形様と筧様を解放しろ。それだけが我らの使命だ。」
「オッケイ、ヤってヤるワヨ、嘘が本当を作り出すことだってアルって、教えてアゲルワ、マスタートリゴエ。」
「それを神話と呼びます。期待していますよ。」

そして銀のスキットルが光より速く放り投げられ、パトリシアの頭部を空間ごと引き裂いて。
嘘は一先ずここまでと、裂け目が幕のように下りて閉じた。

 

以上……。」

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試練の為に悪魔を呼べ

「バカバカ!

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

銀色の月の魔王

​集中する好奇心の眼差しにサキュバスの背筋が喜びで震えた。
彼女の前に立つ少女は灰色の髪を揺らして朗らかに微笑み群衆へ手を挙げて返礼する。
見世物にするつもり?とサキュバスが問えば、お嫌いですかと少女は返し、いいえ望むところとサキュバスは笑った。
サキュバスことパトリシア・バラン・瀬田が金の右籠手と銀の左籠手を前後に構えると、灰色髪の少女は白銀で出来た両腕を左右に開き膨らみの薄い胸をそびやかした。
​​
「合図ハ?」
「いつでもどうぞ。」
​​
パトリシアはしばらく拳を握りステップを踏んでいたが、やがて動きを止め、手を開いた。
そして歩く。何気なく歩いて接近する。
少女の眼前に辿り着き、見下ろす。
​​
「御屋形様。反撃シナイって、ホント?」
「本当です。」
​​
パトリシアの瞳を、少女の青い瞳が見つめ返す。透明度の高いガラス玉のような少女の瞳には何も見出すことは出来ない。薄氷色はどこまでも透き通り、パトリシア自身の顔を映した。
そこには嘘も、真実さえもない。少女自身の意思などというものは、まるでこの世に微塵も存在しないようであった。
それを見てパトリシアは一瞬だけ悲しげな顔をしてからにんまりと笑った。
​​
右脚で横薙ぎに蹴り込んだ。少女の左腕に命中。続いて少女の胸部を踏みつけるように押し蹴る。これも問題なく命中した。
群衆から歓声が聞こえ、そして少女は微動だにしていなかった。
​​
「……。」
​​
右脚で地面を二度三度踏みしめ、感触を思い出す。それから両腕を構え、金銀の籠手でパンチを繰り出した。
再び観衆が沸く。
金色の右ジャブが少女の顔面を殴打し、銀色の左フック、アッパーがこめかみや腹部、胸部を叩く。
それでも少女は動かない。ありのままパトリシアの攻撃を受け入れている。
パトリシアはそれからもパンチを繰り出したが、5,60発も打ち込んだところで手を止めた。
​​
「どうしました?バラン。」
​​
『御屋形様』と呼ばれた少女が視線を向ける。
パトリシアは手足に残った感触と、少女の足元をみて、ため息をついた。
キックもパンチも、少女の肉体に触れた瞬間に止まった。反動さえも返ってこない。そこから先に進めないのに、何の感触もない。まるで寸止めでもしたかのように「当たってから先」の感覚が消滅してしまう。
そして、少女の足元は微塵も動いていなかった。パトリシアの攻撃を踏みこらえていたわけではない。パトリシアが与えたエネルギーは、少女に当たった瞬間消えたのだ。
​​
「……それが『御屋形様』の不死性、って訳なのネ。」
​​
自分を傷つけうる衝撃・エネルギーを自動で無効化する。エントロピーもエネルギー保存則もクソもない、『自身は不死である』というルールを最優先で世界に刻み込む神魔の領域の所業。
​​
「色々試してみてください♪」
​​
楽し気な表情を向けられてパトリシアは激昂した。走り寄り、手首を掴んで腕を背面へと捻り上げる。
だが、関節の駆動域以上まで動かそうとするとびたりと止まる。殴り蹴った時のように、加えた力の手ごたえが消滅していく。
​​
「ある神話の序章では……。」
​​
少女が腕を極められたまま語り出す。
​​
「一般の人間が悪魔を相手に関節技をかけ、それが効いていました。曰く、『自身の肉体が成す痛みだから、不死性を突破して効かせることが出来る』と。
確かに、我ら神魔は自身には自身の攻撃が効いてしまいますが、かと言って一般人でも対抗手段がある、となると神魔とヒトとの間の断絶という前提に穴が開いてしまいます。
従って、少なくともわたくしどもの目の届く範囲では『関節技であろうとも外部からの攻撃とみなし無効化する』とルールを書き換えております。」
「ルール……。」
​​
師匠連中はいつもこうだ。終わってしまった物語の登場人物は、その後の去就を誰にも縛られない。
『神になったってかまわない』。だから『神になった』。
ルールを書き換えられるなら、この見世物は全く意味がない。
パトリシア・バランが何をしようと全くダメージを受けないとルールを決めたら、「そう」なってしまう。既に「そう」なのだろう。
危機の無いところで高見の見物。
対等の勝負に見せかけた、パトリシアを嘲笑するためだけの舞台。
今この場に立つ、その事実自体が屈辱となってパトリシアの心を焼く。
金銀の籠手で顔面を滅多打ちにする。
​​
「お気に入りのようですね。その拳は。」
​​
喋る口を塞ぐようにパンチを叩き込む。
​​
「里を出る前よりずっと強くなった。フォームも筋力も段違いだ。その銀の籠手も気に入ってくれているようで何よりです。」
​​
殴られながら『御屋形様』は平然と語る。
パトリシアの左の銀籠手は、『御屋形様』の銀の両腕の一部を削ったものを溶かしこんで作られている。
パトリシアがケルベロスとして活躍する中に、わずかでも『神』とのつながりを確保するために。
​​
「カアッ!!」
​​
効かぬ打撃に業を煮やしたパトリシアが、少女の背後に回った。
左腕で頭部を抱え、右腕で引き絞り締め上げる。
​​
ヘッドロック。
関節技でも投げ技でも絞殺技でもない。ただただ痛みを与えるだけの「締め」技。
​​
「……。」
​​
だが、『御屋形様』は今日初めて表情を変えた。
​​
パトリシアの腕には、少女の頭蓋を変形させる微かな感触が確かにある。
神魔の不死性を無効化できるのは神魔のみ。
神魔たる『御屋形様』自身の肉体を含む左腕の銀籠手は、神魔に届くのだ。
だがそれだけでは足りない。左の籠手が『御屋形様』の不死性を突破できるなら、パンチもダメージになっていたはず。そうならなかったのは、単にパンチの力が足りなかったからだ。
不死性を突破した上で尚、頑健な肉体を破壊する力が無ければ意味がない。
パトリシアは腕に、そして背筋に魔力を注ぎ込む。わずかに姿を見せた突破口を抉じ開ける為、総力を集中させる。
​​
――――出来ないというただ一点を除けば、『死ぬまで殺し続ければ死ぬ』んです。
​​
もう一人の師匠、丘・敬次郎の言葉を思い出す。
​​
――――嘘でもはったりでも、不可能を不可能のままにしている前提条件を塗り替えるモノだけが味方になってくれる。味方に引き入れなければいけない。
――――これは単なる精神論じゃないんですよ。そういう魔法が必要になる時が来る。そういう魔法でなければ太刀打ちできない相手が、実在する。
​​
左腕に力を込める。さらさらとした、色素の無い髪の軽い感触。それが微かに重くなる。湿気を吸っている。締め上げる腕に頭皮からの発汗を感じる。
いける。このまま。
​​
――――必殺の攻撃を必中の条件下で繰り出す。これを必殺技と言います。
​​
必中の条件は満たした。あとは殺せるだけの破壊力。
不可能を取り除け。腕力が足りないなら増やせ。魔力を注ぎ込め。師匠の頭蓋を破壊できるレベルまで。背筋も増強しろ。体重などワタシたち異能者には羽ほどの重さにもならない。力でねじ伏せろ。いや、体重が足りないなら増せ。異能者でも支えきれないほどの超質量になってしまえ。押し倒し動きを止め、死ぬまで締め続けろ。
​​
少女の首が90度に捻り上げられると、観衆がざわつき始めた。
無敵の『御屋形様』に肉薄するパトリシアへの憧憬と、『御屋形様』の敗北に対する淡い期待。
パトリシアも雰囲気の変化を感じ取り、顔を上げてギャラリーへ笑顔を向けた。
​​
「ヘイッ!!」
​​
ざわめきが少し収まり、視線が一斉にパトリシアへと集中する。向けられる感情のエネルギーにパトリシアは快感で震えた。
​​
「パー・ティー・イ!ソレパー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
自分の名前を叫ぶ。程なくして何人かが呼応し、それは波紋のように広がる。
​​
「パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
声に合わせてパトリシアが足踏みをすると、観衆も地を踏み始めた。ここに集まっているのはいずれもこの里の螺旋忍者。強さはバラバラでも、常人を遥かに超える異能者であることは共通している。彼らが揃って踏み鳴らしたなら、大地は容易く揺れ動く。
唱和する声。地面から伝わる振動。上がる土煙。
聴覚と感覚と視覚から、今やパトリシアは無尽蔵の力を得ていた。
故郷南米でプロレスラーとして修業していた記憶が生きている。
サキュバスとしての本能が鼓動している。
自分を見る者が居れば。自分に感情を向ける者が居れば。このパトリシア・バランはどこまでも強くなれる!
​​
「反撃をします。」
​​
抱えた首から声が聞こえた。はっきりと。
​​
「約束を破ってしまうことになりますが。」
​​
多少なりともダメージはあるにもかかわらず、少女の声は冷静だった。
​​
「オゥケイ。」
​​
ああ、油断してたナァ。プロレスで、優勢なものが優勢なまま勝つことは稀だ。必殺だと思われた技を耐え、更なる大技でねじ伏せる。
今のこの流れは。まさに。
​​
「ここからの返し技、ワカッテルワヨネ?」
「無論。」
​​
少女がパトリシアの腰を両腕で抱えた。膝を曲げて力を蓄え、そして跳ぶ。
パトリシアの耳に爆発音が聞こえ、目の前に火花が散った。視界がクリアになると観衆達はもう眼下に芥子粒ほどの大きさに見え、そしてなおも遠ざかる。
左腕はまだ少女の頭を捕らえている。ソニックブームの衝撃を受けても尚、闘志は弛緩を許さなかった。胴は掴まれるというよりは締め上げられるような状態で、跳躍時の負荷も相まって強い圧迫感と吐き気を感じた。
​​
「お見事でした。」
​​
『御屋形様』は言う。
​​
「褒めるのは、マダ早いンじゃナイ?」
​​
パトリシアは腕に一層力を込める。『御屋形様を殺害するに十分なレベル』に達するまで、魔力を以て現実を改変し続ける。
​​
「いえ、もう決着はついています。」
​​
上昇速度が徐々に衰えていく。
​​
「……ワタシの勝ちでネ!」
​​
二人の体が雲の中へと入り込んだ。
​​
「あなたは勝てなかった。わたくしに痛みを与えたことは称賛に値します。
しかしヘッドロックは、もともと殺人には遠い技です。ヒト同士ですら殺し合いには使わない技だ。それを基点にしてしまったのはあなたのミスです。」
「ならば、殺せるレベルのヘッドロックを作り出せばイイ。」
​​
雲の中、二人の体は緩やかに昇っていく。
​​
「丘の薫陶は正しい。あなたの言うことも間違ってはいない。
しかし今回は、あなたの勝ちではなかった。」
「まだわからナイ。」
「パティとは。」
​​
白雲の中に、少女とパトリシアの肉体が一瞬だけ静止した。
​​
「わたくしの愛称でもあります。」
「……クソッ♪」
​​
落下が始まる。少女の腕に一際力がこもると、自身諸共パトリシアの体を上下反転させた。
雲を破りぬけ、空気を切り裂き落下速度が増していく。
パトリシアは銀色の籠手で少女の頭を締め上げたまま。
少女は銀の両腕でパトリシアの胴を抱えたまま。
​​
自由落下による衝突など、異能者二人には全くダメージにならない。だが、そのエネルギーを利用して異能者自身の術に加えたなら、物理エネルギーは異能の技へと変換され、神魔に届く業となる。
​​
『御屋形様』の旧名は「鳩」と言い、それをもじって『御屋形様』の旦那様は「パティ」と呼んでいた。そんな話を誰に聞いたのか、パトリシアももう忘れていたが。
​​
轟音が鳴り響き、二人は逆落としで地面へと帰還した。小さなクレーターの中央で揃って仰向けに倒れ、『御屋形様』は立ち上がり、そして。
​​
「がああああああっ!!!」
​​
パトリシアは血反吐を散らかしながら転がった。衝突の瞬間一際強く締め上げられた胴体は、その衝撃を魔の技として、すなわちこの世界における『グラビティ』と呼ばれる異能として受け止めた。
胴が千切られたかのような痛みにパトリシアが悶絶する。実際、皮膚と背骨が辛うじてつながっているだけで、腹腔内部は両断されるよりなお酷い、内臓を炸裂させたような状態になっていた。
臓腑そのものを吐き出すような衝動と痛みをこらえきれずパトリシアが地面をのたうつ。治癒の技を放つ集中さえもままならない。
​​
少女は苦しむパトリシアを睥睨する。
そして四方の観衆へと東西南北に四度礼をした。
観衆は拍手で『御屋形様』の勝利をたたえる。
​​
「散れ。」
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手振りと共に少女が言うと音も声もぴたりと止み、忍者たちは速やかにその場を離れた。
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誰も居なくなった広場で、パトリシアが血混じりの泡を吐き出している。びくびくと痙攣する肢体に少女は近づき、顔面への下段突きを構えた。
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「まだ……。」
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照準代わりに下ろした片手に、パトリシアの両手が組み付いた。震える指先からは、未だ神魔に届く魔術の気配を感じる。忘れぬようにしているのだろう。ひとときでも『御屋形様』の持つ神性魔性を侵した感覚を。
少女は健気な両手に菩薩のように笑みを返し、パトリシアの引き込む力に逆らわず倒れ込む。
そして倒れる勢いそのままに、引き絞ったもう片方の拳を打ち下ろした。
​​
二人の落下の衝撃を遥かに凌いで響き渡った炸裂音は『御屋形様』からの最高の賛辞であったが、果たしてパトリシアにはそれを聞き取ることは出来なかった。

 

以上……。」

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