シガー

「消えろ。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

ホルダー

息を止めると、シガーホルダーの先から灰に成り切った煙草が崩れ落ちた。漫画に出てきた超人の真似をして、一息に一本吸い上げてみたのだ。どうやら超人たる自分には出来たらしい。
咳き込みたいのをぐっと抑えて、肺と口の中に煙をため込む。
曲がり角から足音が聞こえて、背筋に力がこもる。
現れた顔が狙い通りの物だったことを十分に確認してから、パトリシア・バランは白い煙を吹き付けた。
咳き込むのはスーツを着た壮年の男性。涙目で振られる首の根元を掴み、引き込んでもう一方の手で首の骨を摘み折った。
近場に着けていた車に遺体を引き渡すと、足早にその場を去る。
人一人の命は煙草一本分。
いつもは殺してから吸うのを、今日は少し早めただけだ。

 

以上……。」

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ありふれた月

「生まれて来るな。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

血染めの言葉

​今日は解体の日だった。
マスター・オカから教わった手順はもうすっかり手になじみ、どこをどう切ればどこが外せるのかを手が覚えてしまっている。
肉や魚もこのぐらい粛々と捌ければいいのだが。


血抜きもそこそこにパーツを鍋の中に投入する。
茹で固めてしまえば血が流れ出ないし、殺菌によってある程度は腐らずに持つようになる。酵素を変性することで自己融解を止めることもできる。

最初は匂いの際立つ内臓。茹で上がったらブルーシートの上に放りだし、次いで頭部、腕、脚を茹でていく。鍋の中は既に灰汁と血液で充満しているが、用途は加熱であるから問題はない。
茹で上がるまでの間に、都度胴体を解体していく。
胴体は縦横に大きく鍋に入らない。そこで、背骨の関節を一つ一つ切り離し、あばらに沿って一枚ずつ切り分けていくのだ。
粉砕した方が遥かに早いのだが、それでは骨片が散る恐れがある。肉片は放っておけば朽ちて溶けるが、骨はそうはいかない。うっかり排水溝にでも流してしまったら最後、隠滅不能の証拠となって下水を漂うことになる。
そして、恐ろしいことに1cmにも満たぬ遺体の欠片から犯行を特定した実例が存在する。

人の人たる力こそが、人の社会において最も恐ろしい。
人の社会の中に溶け込み生きるのであれば、人の強さを熟知しなければ狩り殺されてしまう。
指先に神経を集中させ、背骨と背骨の隙間を探り、ナイフを差し込む。
骨に当たらぬよう、軟骨だけを切り裂く。そして切り口に指を入れ、ゆっくりと力を入れて引き外す。文明の利器と異能者ケルベロスの膂力の合わせ技だ。
背骨を外す都度に、あばらに沿ってナイフを走らせて輪切りにしていく。
こればかりはどうしても時間がかかる。肉は硬直し腐敗と融解を始めており、悪臭と血があふれる。
輪切りにした端から鍋に投入し、他のパーツと共に茹で上げ、ブルーシートの上に並べる。

全てのパーツの処理が終わったらシートを畳み、鍋を洗って部屋中をシャワーで流す。
この部屋はもともと多人数シャワー室として作られており、水はけはとても良好だ。
目に見える血液を流し切ったら換気扇のスイッチを入れ、引き取り役に電話をかけて待つ。

程なくして到着したバンにブルーシートの包みを載せ、一礼。
お疲れ様です、と労いを残して、男の車は去って行った。

パトリシアは懐からシガーホルダーと煙草を取り出した。
ホルダーの先に煙草を据え付け、指先から魔力の熱で発して火をつける。
細く長くゆっくりと、十秒ほどかけて吸い、十秒ほど息を止め、十秒ほどかけて吐き出した。

それは、Peaceという名の煙草であった。

 

以上……。」

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罪々の取引

「生まれて来るな。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

望外の潔白

​その銃殺事件の犯人はわたしだ。
湯船にてテレビの画面を注視すると、現場は繁華街を少し離れた路上、殺害されたのはある暴力団組員で、犯行に使われたと思われる拳銃が現場付近で見つかり現在は検証中とのこと。

一応チャンネルを変えて他局の報道もチェックする。殺害理由に対する推測が若干違う程度で、どこもほぼ同じ内容だった。

予定通り。そしてこの事件は迷宮入りに終わるだろう。
ヤクザ同士の抗争に人も警察も大して興味を持たない。誰がハジいたかなんて意味がない。興味の対象は、「どこの組が」ハジいたかなのだから。

わたしは立ち上がると仕上げにシャワーを浴び、バスルームを後にした。

キッチンに赴き、グラスに氷を満載させてカシャッサとソーダを注ぎライムを絞ると、ナッツを持った皿と共にソファに座り、渇きに任せて口一杯を流し込む。
喉が焼けて胃が翻る。口に入れたナッツをペースト状にかみ砕いて嚥下すると、いくらか落ち着く。
不死不滅のケルベロスでありながらこんな無意味な反射があるのは不本意だが、アルコールによる酩酊という「不調」の代償と思えば多少は気も晴れる。

抱かれて油断させて殺す。
いつもと同じ任務だった。一つだけ特徴的なところは、死体を処理しないこと。
行方不明にするのではなく、殺害した痕跡を明確に残すこと。
今回の仕事は示威と脅迫が目的であってその人物の排除が目的ではなかったから。
標的自身の命に価値があるわけではない。「殺された」という事実にだけ価値があった。
カラス除けに吊るされるカラスの死骸と同じだ。

死体を放置して逃げるのはとても久しぶりのことだった。
通常は解体してから引き渡すか、或いは茹でてバラして砕いてばら撒くか、溶かして業者に任せるかで遺体という証拠ごと隠滅するのだが。

今回の殺しの報酬は、このカシャッサを100本も買ったら消えてしまう。
「一般人にも出来るから」とは上のお達しだが、それならば異能者ケルベロスたるこのパトリシア・バランに頼まなくてもよかろうに。

一般人の犯行に見せれば、ケルベロスに捜査が及ぶ確率は低いと言われた。
確かにそれは理屈だが、安値で受ける理由にはならない。

依頼を受けたのは値段ではなく、ひとえに上部からの圧力だ。
忍者団に所属するわたしは、忍者としての命令には逆らえない。外様の途中参加組であるからこそ、余計に。
この依頼を安値でこなすことに何の意味があるのかの説明もされなかった。訊けば答えてもらえたかもしれないが、命令の意義を問う忍者などナンセンスだということも分かっていた。少なくとも我が忍者団では。

グラスは、氷を残してすぐ空になった。
氷で満たせば酒の量は減る。自分なりの節酒方法だ。
キッチンに再度立ち寄り、カシャッサを注ぎ、ソーダを……。
思い直してソーダの代わりにビールを注いだ。
ナツメグの粉を振って、その場で呑む。

「今日は酔いが要る。」

独り言が出た。酩酊している証拠だ。今日はこのまま沈んでしまおう。

以上……。」

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人類は物語を必要とするように進化した

「五感のいずれにおいてもお前を感じたくない。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

断末魔は聞こえない

​全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。
全ての物語は終わってもなくならない。

そんなのは嘘だ。あるのは、その物語を放置したくない誰かがいるだけだ。

知性は、否定を手に入れた。どんなに受け入れがたい事実があったとしても、「それ以外の全て」と唱えることで無限の可能性を維持できる。

生まれついての性質がどうしようもなく今の自分を規定している。ならば「このように生まれつかなかった可能性の全て」。
自分は地球上にしか存在せず一生そこから飛び立つこともない。ならば「自分が生涯行動する空間以外の全て」。
物理学者が数千年をかけて見つけ出した法則が宇宙全域にて保たれる。ならば「物理法則に従う宇宙以外の全て」。
自分が頭に思い浮かべた何かは存在しない。ならば「自分が頭に思い浮かべた何かが存在しない現実以外の全て」。

否定は、否定を更に否定することで肯定を生み出すこともできる。
肯定しか存在しない本能に対し、ブレーキという否定、ハンドリングというブレーキングの否定でコーナリングが出来る。

否定は知性が生み出した最初にして最も偉大な発明だ。
否定は知性が生み出した原初にして最も偉大な詐欺だ。

物語は否定から生み出される。

「こう」ではない現実があるはずだ、という発想から。
「こう」ではない全ての可能性の吟味から。

魔法は現実には存在しない。「だからこそ」魔法があったなら。
ユートピアは現実には存在しない。「だからこそ」ユートピアがあったなら。
死後の世界は現実には存在しない。「だからこそ」死後にも生きることができたなら。

現実を全て肯定しそれで満足ならば、物語は必要ない。
だが人は死ぬ。理不尽に死ぬ。経年劣化で死ぬ。苦しんで死ぬ。死を恐れる。死の苦痛を恐れる。他者の死による離別さえ恐れる。
「それがなかったなら」。「あのときああでなかったなら」。「ああならない人類がいたなら」。

物語とは祈りだ。ありもしないものを願う祈りだ。
「それ以外の全て」とは、「それ」無くしてありえない。
魔法使いの物語は魔法の無い現実の鏡映しであり、
放埓な物語は放埓さの乏しい現実の鏡映しであり、
合理的な物語は合理が及びかねる現実の鏡映しである。

物語は、現実を映す。角度を変えて色味を変えて世界の有様を見せつける。それが物語の役目だ。そして物語は物語である限り現実には決してなりえない。

「ワタシはそのことに納得なんてしてイナイ。」

パトリシア・バラン・瀬田はグラスの中身を飲み干して、吠えた。

「ここが鏡の中のワンダーランドだって言うナラ、この世界が映し出す元の世界ってのは何なのヨ。 鏡は入ってきた光しか反射しない。それ以外の世界だってあるはずなのニ、ここにはそれは映し出されない、あるかどうかも知ることが出来ナイ。」

グラスを持ち上げて見せると、バーテンはそろそろとウイスキーを注ぎ、音もなく氷を追加した。待ちかねたようにパトリシアがそれを煽る。

「死せざるは命無きもののみ、物語は終わってもなくならないんじゃない。
物語の終わりは、書き手じゃなく読み手が決めるからヨ。
誰か一人が、まだ終わるなと信じる限り物語は終わらないしなくならない。
ワタシは、そう信じた誰かの物語の続きの登場人物が書いた物語の……。」

テーブルに肘をついて、手に顔の重みを預けてそのまま彼女は眠ってしまった。

「納得なんてしてナイ……。」

お前が登場人物でない全てを。

 

以上……。」

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安価は絶対

「よかったな唾を吐いてもらえて。

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

空も飛べないはず

​「僕(やつがれ)が教えたことはあまり役に立っていないようですね。」

パトリシア・バラン・瀬田が頭を垂れるのは、百目鬼衆(どどめきしゅう)筆頭補佐、鳥越・九(いちじく)に対してであった。

「どういうコトでしょうカ。」
「デウスエクスを駆除するにあたって潜入や隠密などの手段は用いられない、ということです。」

ズボンのポケットから純銀のスキットルを取り出し、素早く一口呷り呑む。
ウイスキー味の吐息がパトリシアの鼻先まで伸びた。

「仰せの通りデ。」
「僕(やつがれ)も人のことは言えませぬが。
 シルバーレインの中で戦っていた時は、少なくともそんな機会はなかったのだから。
 情報戦が出来るほど我らは老獪ではなかった、というだけですが。」
「……。」
「教えたことは、忘れてしまいましたか?」
「イエ。」
「潜入で最も大事なことは?」
「馴染むこと。」
「そう。
 具体的には?」

パトリシアは密かに眉根を顰めた。そしてそれを鳥越が見るともなく見つつも確実に察知したのを、理解していた。

「信頼を築くコト。中に入って、誠実に振舞うコト。自分がスパイであることなどよそにおいて、仕事に従事するコト。デス。」

鳥越が大仰に頷く。
自分の半分ほどしか生きていないように見える少女のこのような仕草は、いつでもパトリシアを少なからず惑わした。

「手っ取り早さを求めるなら、内部にいる人間に裏切らせるのがヨイ。
 既に信頼はあるのだからコトは早く済むし、間接的にしか関わらない分だけ足もつきニクイ。」
「そうですね。」

そう教えました。
鳥越が掌を向けて湯呑を指し示すと、パトリシアは一礼して喉を潤した。

「あなたはそうしていますか?」
「そうしてイマス。」
「どこで。」
「企業や、ヤクザの情報を漁る時に。」
「そうですね。」

スキットルをまた取り出して一呷り。

「そうした全てが、対デウスエクスに対して何一つ生かせないことを、僕(やつがれ)は恥じます。」
「ソンナコト……。」

異能者たちの戦いにおいて、個人の諜報能力は役に立たない。
正確に言うならば、敵性不死存在デウスエクスを打倒するにあたって、ケルベロスという異能者にはその戦闘能力以外何も求められていない。
諜報能力を生かそうにも、そのような命令が下らない。よしんば個人で諜報活動をしていたとしても、

「役には立たない。
 それは、初めからわかっていました。」

鳥越の青い瞳がパトリシアを睨め上げた。
彼女は純然たる日本人であり、瞳の色はカラーコンタクトによるものだとパトリシアは聞いていた。
何の為に偽っているのかは知らないが、意味のあることなのだろう。或いは無かったとしても、知ったことではない。

「でも、あなたに諜報活動を仕込むよう、御屋形様からは命じられました。
 そして、そうした。ブラジルからおいでになられてそんなに長い期間ではなかったが、あなたは確かに身に着けた。」
「モッタイナキお言葉。」
「あなたは出来る。だが何の役にも立たぬ。
 あなたはやっている。だが何の記録にも残らぬ。
 大きな趨勢の中では、一人の忍者の努力など大して効果がないからだ、と説明できなくもないが……。」
「……。」

青い瞳が畳の目を見つめていた。

「あなたはよくやっている。あなたを責めるつもりはありません。あなたは努力している。あなた自身の限界を突き詰めるように。立派な態度だ。けれど……。」

スキットルを手に取り、しかし逡巡してポケットにもどした。

「けれど、だ。
 限界を追い求めることは美しいことです。大事なことでもあります。
 100mを5秒で走れる人類はおらず、走り幅跳びで20mをジャンプできる人類はおらず、100トンを持ち上げられる人類はいない。そのように遺伝子が出来ている。
 だが、明確に限界があるからと言ってそこに近づく努力が無意味だという者はいない。いや、寧ろだからこそそこに近づこうとする人々は感動を呼び起こす。限界にまた一歩近づくたびに、もしかしたら限界などないのではないかと、人に不可能はないのではないかと心を昂揚させてくれるから。」

しかし。

「それでも純然と限界はあり、そしてそれは耐えがたい屈辱なのです。
 自分の足で音より速く走りたい。跳躍ひとつで蒼穹へ飛び立ちたい。ビルディングを持ち上げて、企業を物理的に破壊しつくしたい。
 そう望むことは、何も恥ずかしいことではない。そして、その望みが挑戦する前から不可能だと決定づけられていることは、どう言いつくろおうとも恥辱以外の何物でもない。
 不可能を望むのはばかげたことだ、という者がいますが、因果は逆です。まず望みがあり、そしてその後にそれが不可能だと知るのです。
 バカげたことを望んでしまうのは普通のことです。不可能と知って望み続けることをバカげている、というのだ。」

しかし。しかし。
鳥越はスキットルを取り出し、今度こそ中身を飲み下した。

「バカげていようと望みは望みだ。明らかであろうと挫折は挫折だ。
 僕(やつがれ)どもは、その望みを叶え、挫折に報いる為にある。」

パトリシアは己の瞳に魔力が迸るのを感じた。
自分の目も青くなろうとしている。
御屋形様の瞳と同じように。自分の内なる力によって。

「バラン殿。あなたらしさなど、デウスエクスと戦うのに何の役にも立たぬ。
 『あなたはあなたではない』。『あなたらしさなどというものは、この世に初めから終わりまで微塵も存在しない』。
 いや、デウスエクスと戦うことすらそもそも求められていないかもしれない。
 バラン殿。僕(やつがれ)が教えた諜報技術もほかの師匠連中が教えた武術も技術もなにもかも、ただのハリボテだ。
 あなたはケルベロスでありさえすればいい。デウスエクスの敗北を見届けさえすればいい。
サキュバスである必要も螺旋忍者である必要も降魔拳士である必要も女である必要すらない。」
「ケレド。」

パトリシアの目は、翡翠色に輝いていた。生まれついての色に。

「ワタシには必要デス。
 マスターハトメは言っていまシタ。『この嘘に引きずり降ろして殺してやる』と。
 ワタシの全てが無意味で嘘でも、それでもそれはワタシデス。
 ワタシがワタシでなくとも、ワタシはワタシだ。それが嘘でもワタシはワタシ。
 何もかも意味がなかったとシテモ、何もかもただのフレーバーだとシテモ、ワタシにはそれが必要デス。
 Show must go on.
 ショウである以上、『ワタシが本当はどうなのか』は大した意味はアリマセン。
 嘘であればコソ、出来ることすらアル。あなたのように、諦めたりはシナイ。」
「明確にあるはずの限界を超えていけ。それがあなたに課せられた使命だ。
 神々の心を打ち、揺り動かし、北海道にあるサーバーを打ち壊させろ。
 御屋形様と筧様を解放しろ。それだけが我らの使命だ。」
「オッケイ、ヤってヤるワヨ、嘘が本当を作り出すことだってアルって、教えてアゲルワ、マスタートリゴエ。」
「それを神話と呼びます。期待していますよ。」

そして銀のスキットルが光より速く放り投げられ、パトリシアの頭部を空間ごと引き裂いて。
嘘は一先ずここまでと、裂け目が幕のように下りて閉じた。

 

以上……。」

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試練の為に悪魔を呼べ

「バカバカ!

こんばんは鳩です……。

……妄想ケルベロスブレイド……。

銀色の月の魔王

​集中する好奇心の眼差しにサキュバスの背筋が喜びで震えた。
彼女の前に立つ少女は灰色の髪を揺らして朗らかに微笑み群衆へ手を挙げて返礼する。
見世物にするつもり?とサキュバスが問えば、お嫌いですかと少女は返し、いいえ望むところとサキュバスは笑った。
サキュバスことパトリシア・バラン・瀬田が金の右籠手と銀の左籠手を前後に構えると、灰色髪の少女は白銀で出来た両腕を左右に開き膨らみの薄い胸をそびやかした。
​​
「合図ハ?」
「いつでもどうぞ。」
​​
パトリシアはしばらく拳を握りステップを踏んでいたが、やがて動きを止め、手を開いた。
そして歩く。何気なく歩いて接近する。
少女の眼前に辿り着き、見下ろす。
​​
「御屋形様。反撃シナイって、ホント?」
「本当です。」
​​
パトリシアの瞳を、少女の青い瞳が見つめ返す。透明度の高いガラス玉のような少女の瞳には何も見出すことは出来ない。薄氷色はどこまでも透き通り、パトリシア自身の顔を映した。
そこには嘘も、真実さえもない。少女自身の意思などというものは、まるでこの世に微塵も存在しないようであった。
それを見てパトリシアは一瞬だけ悲しげな顔をしてからにんまりと笑った。
​​
右脚で横薙ぎに蹴り込んだ。少女の左腕に命中。続いて少女の胸部を踏みつけるように押し蹴る。これも問題なく命中した。
群衆から歓声が聞こえ、そして少女は微動だにしていなかった。
​​
「……。」
​​
右脚で地面を二度三度踏みしめ、感触を思い出す。それから両腕を構え、金銀の籠手でパンチを繰り出した。
再び観衆が沸く。
金色の右ジャブが少女の顔面を殴打し、銀色の左フック、アッパーがこめかみや腹部、胸部を叩く。
それでも少女は動かない。ありのままパトリシアの攻撃を受け入れている。
パトリシアはそれからもパンチを繰り出したが、5,60発も打ち込んだところで手を止めた。
​​
「どうしました?バラン。」
​​
『御屋形様』と呼ばれた少女が視線を向ける。
パトリシアは手足に残った感触と、少女の足元をみて、ため息をついた。
キックもパンチも、少女の肉体に触れた瞬間に止まった。反動さえも返ってこない。そこから先に進めないのに、何の感触もない。まるで寸止めでもしたかのように「当たってから先」の感覚が消滅してしまう。
そして、少女の足元は微塵も動いていなかった。パトリシアの攻撃を踏みこらえていたわけではない。パトリシアが与えたエネルギーは、少女に当たった瞬間消えたのだ。
​​
「……それが『御屋形様』の不死性、って訳なのネ。」
​​
自分を傷つけうる衝撃・エネルギーを自動で無効化する。エントロピーもエネルギー保存則もクソもない、『自身は不死である』というルールを最優先で世界に刻み込む神魔の領域の所業。
​​
「色々試してみてください♪」
​​
楽し気な表情を向けられてパトリシアは激昂した。走り寄り、手首を掴んで腕を背面へと捻り上げる。
だが、関節の駆動域以上まで動かそうとするとびたりと止まる。殴り蹴った時のように、加えた力の手ごたえが消滅していく。
​​
「ある神話の序章では……。」
​​
少女が腕を極められたまま語り出す。
​​
「一般の人間が悪魔を相手に関節技をかけ、それが効いていました。曰く、『自身の肉体が成す痛みだから、不死性を突破して効かせることが出来る』と。
確かに、我ら神魔は自身には自身の攻撃が効いてしまいますが、かと言って一般人でも対抗手段がある、となると神魔とヒトとの間の断絶という前提に穴が開いてしまいます。
従って、少なくともわたくしどもの目の届く範囲では『関節技であろうとも外部からの攻撃とみなし無効化する』とルールを書き換えております。」
「ルール……。」
​​
師匠連中はいつもこうだ。終わってしまった物語の登場人物は、その後の去就を誰にも縛られない。
『神になったってかまわない』。だから『神になった』。
ルールを書き換えられるなら、この見世物は全く意味がない。
パトリシア・バランが何をしようと全くダメージを受けないとルールを決めたら、「そう」なってしまう。既に「そう」なのだろう。
危機の無いところで高見の見物。
対等の勝負に見せかけた、パトリシアを嘲笑するためだけの舞台。
今この場に立つ、その事実自体が屈辱となってパトリシアの心を焼く。
金銀の籠手で顔面を滅多打ちにする。
​​
「お気に入りのようですね。その拳は。」
​​
喋る口を塞ぐようにパンチを叩き込む。
​​
「里を出る前よりずっと強くなった。フォームも筋力も段違いだ。その銀の籠手も気に入ってくれているようで何よりです。」
​​
殴られながら『御屋形様』は平然と語る。
パトリシアの左の銀籠手は、『御屋形様』の銀の両腕の一部を削ったものを溶かしこんで作られている。
パトリシアがケルベロスとして活躍する中に、わずかでも『神』とのつながりを確保するために。
​​
「カアッ!!」
​​
効かぬ打撃に業を煮やしたパトリシアが、少女の背後に回った。
左腕で頭部を抱え、右腕で引き絞り締め上げる。
​​
ヘッドロック。
関節技でも投げ技でも絞殺技でもない。ただただ痛みを与えるだけの「締め」技。
​​
「……。」
​​
だが、『御屋形様』は今日初めて表情を変えた。
​​
パトリシアの腕には、少女の頭蓋を変形させる微かな感触が確かにある。
神魔の不死性を無効化できるのは神魔のみ。
神魔たる『御屋形様』自身の肉体を含む左腕の銀籠手は、神魔に届くのだ。
だがそれだけでは足りない。左の籠手が『御屋形様』の不死性を突破できるなら、パンチもダメージになっていたはず。そうならなかったのは、単にパンチの力が足りなかったからだ。
不死性を突破した上で尚、頑健な肉体を破壊する力が無ければ意味がない。
パトリシアは腕に、そして背筋に魔力を注ぎ込む。わずかに姿を見せた突破口を抉じ開ける為、総力を集中させる。
​​
――――出来ないというただ一点を除けば、『死ぬまで殺し続ければ死ぬ』んです。
​​
もう一人の師匠、丘・敬次郎の言葉を思い出す。
​​
――――嘘でもはったりでも、不可能を不可能のままにしている前提条件を塗り替えるモノだけが味方になってくれる。味方に引き入れなければいけない。
――――これは単なる精神論じゃないんですよ。そういう魔法が必要になる時が来る。そういう魔法でなければ太刀打ちできない相手が、実在する。
​​
左腕に力を込める。さらさらとした、色素の無い髪の軽い感触。それが微かに重くなる。湿気を吸っている。締め上げる腕に頭皮からの発汗を感じる。
いける。このまま。
​​
――――必殺の攻撃を必中の条件下で繰り出す。これを必殺技と言います。
​​
必中の条件は満たした。あとは殺せるだけの破壊力。
不可能を取り除け。腕力が足りないなら増やせ。魔力を注ぎ込め。師匠の頭蓋を破壊できるレベルまで。背筋も増強しろ。体重などワタシたち異能者には羽ほどの重さにもならない。力でねじ伏せろ。いや、体重が足りないなら増せ。異能者でも支えきれないほどの超質量になってしまえ。押し倒し動きを止め、死ぬまで締め続けろ。
​​
少女の首が90度に捻り上げられると、観衆がざわつき始めた。
無敵の『御屋形様』に肉薄するパトリシアへの憧憬と、『御屋形様』の敗北に対する淡い期待。
パトリシアも雰囲気の変化を感じ取り、顔を上げてギャラリーへ笑顔を向けた。
​​
「ヘイッ!!」
​​
ざわめきが少し収まり、視線が一斉にパトリシアへと集中する。向けられる感情のエネルギーにパトリシアは快感で震えた。
​​
「パー・ティー・イ!ソレパー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
自分の名前を叫ぶ。程なくして何人かが呼応し、それは波紋のように広がる。
​​
「パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!パー・ティー・イ!」
​​
声に合わせてパトリシアが足踏みをすると、観衆も地を踏み始めた。ここに集まっているのはいずれもこの里の螺旋忍者。強さはバラバラでも、常人を遥かに超える異能者であることは共通している。彼らが揃って踏み鳴らしたなら、大地は容易く揺れ動く。
唱和する声。地面から伝わる振動。上がる土煙。
聴覚と感覚と視覚から、今やパトリシアは無尽蔵の力を得ていた。
故郷南米でプロレスラーとして修業していた記憶が生きている。
サキュバスとしての本能が鼓動している。
自分を見る者が居れば。自分に感情を向ける者が居れば。このパトリシア・バランはどこまでも強くなれる!
​​
「反撃をします。」
​​
抱えた首から声が聞こえた。はっきりと。
​​
「約束を破ってしまうことになりますが。」
​​
多少なりともダメージはあるにもかかわらず、少女の声は冷静だった。
​​
「オゥケイ。」
​​
ああ、油断してたナァ。プロレスで、優勢なものが優勢なまま勝つことは稀だ。必殺だと思われた技を耐え、更なる大技でねじ伏せる。
今のこの流れは。まさに。
​​
「ここからの返し技、ワカッテルワヨネ?」
「無論。」
​​
少女がパトリシアの腰を両腕で抱えた。膝を曲げて力を蓄え、そして跳ぶ。
パトリシアの耳に爆発音が聞こえ、目の前に火花が散った。視界がクリアになると観衆達はもう眼下に芥子粒ほどの大きさに見え、そしてなおも遠ざかる。
左腕はまだ少女の頭を捕らえている。ソニックブームの衝撃を受けても尚、闘志は弛緩を許さなかった。胴は掴まれるというよりは締め上げられるような状態で、跳躍時の負荷も相まって強い圧迫感と吐き気を感じた。
​​
「お見事でした。」
​​
『御屋形様』は言う。
​​
「褒めるのは、マダ早いンじゃナイ?」
​​
パトリシアは腕に一層力を込める。『御屋形様を殺害するに十分なレベル』に達するまで、魔力を以て現実を改変し続ける。
​​
「いえ、もう決着はついています。」
​​
上昇速度が徐々に衰えていく。
​​
「……ワタシの勝ちでネ!」
​​
二人の体が雲の中へと入り込んだ。
​​
「あなたは勝てなかった。わたくしに痛みを与えたことは称賛に値します。
しかしヘッドロックは、もともと殺人には遠い技です。ヒト同士ですら殺し合いには使わない技だ。それを基点にしてしまったのはあなたのミスです。」
「ならば、殺せるレベルのヘッドロックを作り出せばイイ。」
​​
雲の中、二人の体は緩やかに昇っていく。
​​
「丘の薫陶は正しい。あなたの言うことも間違ってはいない。
しかし今回は、あなたの勝ちではなかった。」
「まだわからナイ。」
「パティとは。」
​​
白雲の中に、少女とパトリシアの肉体が一瞬だけ静止した。
​​
「わたくしの愛称でもあります。」
「……クソッ♪」
​​
落下が始まる。少女の腕に一際力がこもると、自身諸共パトリシアの体を上下反転させた。
雲を破りぬけ、空気を切り裂き落下速度が増していく。
パトリシアは銀色の籠手で少女の頭を締め上げたまま。
少女は銀の両腕でパトリシアの胴を抱えたまま。
​​
自由落下による衝突など、異能者二人には全くダメージにならない。だが、そのエネルギーを利用して異能者自身の術に加えたなら、物理エネルギーは異能の技へと変換され、神魔に届く業となる。
​​
『御屋形様』の旧名は「鳩」と言い、それをもじって『御屋形様』の旦那様は「パティ」と呼んでいた。そんな話を誰に聞いたのか、パトリシアももう忘れていたが。
​​
轟音が鳴り響き、二人は逆落としで地面へと帰還した。小さなクレーターの中央で揃って仰向けに倒れ、『御屋形様』は立ち上がり、そして。
​​
「がああああああっ!!!」
​​
パトリシアは血反吐を散らかしながら転がった。衝突の瞬間一際強く締め上げられた胴体は、その衝撃を魔の技として、すなわちこの世界における『グラビティ』と呼ばれる異能として受け止めた。
胴が千切られたかのような痛みにパトリシアが悶絶する。実際、皮膚と背骨が辛うじてつながっているだけで、腹腔内部は両断されるよりなお酷い、内臓を炸裂させたような状態になっていた。
臓腑そのものを吐き出すような衝動と痛みをこらえきれずパトリシアが地面をのたうつ。治癒の技を放つ集中さえもままならない。
​​
少女は苦しむパトリシアを睥睨する。
そして四方の観衆へと東西南北に四度礼をした。
観衆は拍手で『御屋形様』の勝利をたたえる。
​​
「散れ。」
​​
手振りと共に少女が言うと音も声もぴたりと止み、忍者たちは速やかにその場を離れた。
​​
誰も居なくなった広場で、パトリシアが血混じりの泡を吐き出している。びくびくと痙攣する肢体に少女は近づき、顔面への下段突きを構えた。
​​
「まだ……。」
​​
照準代わりに下ろした片手に、パトリシアの両手が組み付いた。震える指先からは、未だ神魔に届く魔術の気配を感じる。忘れぬようにしているのだろう。ひとときでも『御屋形様』の持つ神性魔性を侵した感覚を。
少女は健気な両手に菩薩のように笑みを返し、パトリシアの引き込む力に逆らわず倒れ込む。
そして倒れる勢いそのままに、引き絞ったもう片方の拳を打ち下ろした。
​​
二人の落下の衝撃を遥かに凌いで響き渡った炸裂音は『御屋形様』からの最高の賛辞であったが、果たしてパトリシアにはそれを聞き取ることは出来なかった。

 

以上……。」

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生まれついての歪な勝負師

「土に還ったら地球が汚れる。

こんばんは鳩です……。

……妄想……。

忍者としては当然の

死に蛙のように無様に開いた口に丘・敬次郎の手先から水が注がれ、パトリシア・バランは抵抗なくそれを飲み込んだ。

「では水分補給も終わったところで、レクチャーを始めます。」
「ハァイ……。」

横たわったまま両腕両足胴体のウェイトを外すと、パトリシアは汗だくの体を震えながら起こした。

「あなたの肉体改造への執念には敬服しますよ、パティ。」
「アリガトウ……でもパティとは呼ばないデ。」

48時間連続にわたる筋力トレーニングは、パトリシアが自分で志願したものだ。
腕立て伏せ、レッグロール、腿上げ、スクワットその他諸々のメニューを細かい休憩をはさみつつ限界まで続けた。ケルベロスという常人を遥かに超えた体力を持つ者にとっては、自身の肉体を追い込むのも容易ではない。
眠気と疲労に朦朧とする脳には、ケルベロスはこの地球上に存在するには過ぎた存在だという思いが去来した。

「ふん、ではバラン。
今回お伝えするのは、一般的に魔力と呼ばれる力の使い方のコツです。」

言葉が終わると同時、鉄塊を打ち落とすような音がしてパトリシアの左側の地面に長く深い傷が刻まれた。
溝を見てそれから丘の目を見ると得意げな顔していたので、パトリシアはイラっとした。

「気圧ですね。空気を掌握して凝縮して素早くドンっと♪」

丘が小首を傾げると長いツーテールの黒髪が揺れた。遊ぶように揺蕩う毛先が、パトリシアの苛立ちをますます刺激する。

「魔力を使うのに一番単純なやり方は、キネシスです。念力。物を動かすこと。
効果が目に見えるので使うイメージがしやすい。
より重く、より早く、より精密に、と鍛える方向性もわかりやすい。
伸びがいいんですよ。何しろ鍛えた結果も、何が足りないかも目で見てわかるわけですから。
そして、鍛え上げれば肉体はノーモーションのままで大抵のことは出来てしまう。
体力と同じく、極めて単純で基本的であるが故に対処も難しい。」

確かに、先ほどの気圧の刃が大地ではなくパトリシアの頭上に落ちていたら、彼女は何をされたかも理解できないまま左右に両断されていたであろう。

「僕はもともと水を扱うのが得意というか、うちの忍者の流派がそもそもそうなんですけど。
で、別に水分に限らなくてもいいだろうと思ったのです。
我が流派には水を刃にでき、霧で分身を作る技法があります。
ならば刃は水に限る必要はなく、扱う流体は液体に限らなくていいのではないか。
そういうわけで、先ほどお見せしたような気圧の曲芸も使えるようになりました。」
「なりましたッテ……。」

息を整えつつ、丘の顔を睨む。丘はいやらしく口角を上げることで応えた。

「あなたのサキュバスとしての魔力も、素晴らしいものだと思いますよ?
精神に影響する術がほぼ生まれつき使えるんでしょう?
あれは自力で身に着けるのは本当に難しくてねぇ。
だって、物理的に言えば相手の脳に自分の思い通りに電気信号を走らせる、ということなのですから。精密さだけで言うならほぼ究極に近い。
でも一方で、脳が操作できるなら脳を物理的に潰してしまえばいいじゃん、ということはできない。
それは、あなたのそれがキネシスではないからです。『催眠という結果を引き起こす』ところに向かってしか作用しない。精神を惑わす術は、どこまで鍛えてもキネシスにはならないのです。そのように世界に定義がされてしまっている。」

世界に定義がされてしまっている。その言葉を聞いてパトリシアの視界は揺らぎ、その景色は薄いカーテンに映るもののように儚く感じた。

「と言っても、水はともかく空気を扱うのはさっき僕が言った『効果が目に見える』というメリットはありませんけどね♪」

途端に乾いた風が強く吹き、パトリシアの汗を一粒残さず攫っていった。

「ちょっとヤメてよ、乾燥はお肌の大敵なのヨ?」
「自分の水分ぐらいは自分で何とかしてもらわないとお話になりませんな。」
「水分のコントロールってそういうのデシタッケ?!」

いいつつもパトリシアは自分の胸に手を当て、胃の腑に溜まった水を体内に吹き込むよう試みた。そして失敗して胃液を吐き出した。

「大丈夫ですか?」
「ノー、ノープロブレム。」
「では続けますよ。」

丘の背後に風の竜巻と水の渦巻きが同時に立ち上がる。

「あなたには、水練忍者のノウハウをそれなりに叩き込んだつもりです。
ですから、この程度のことは出来ると確信しています。
そして、忍者として大事なことをもう一つ。」

す、と丘がパトリシアを指差すと、パトリシアは二、三荒く呼吸をし、喉と胸を押さえて昏倒した。

「僕の師匠連中とは違って、あなた方には呼吸が必要です。勿論、普通の人間も♪」

パトリシアの口周りの大気から、酸素のみを押し出した。
酸素濃度の低い空気を呼吸すると、体内から大気へと酸素が奪い取られていく。肺から酸欠状態の血液が体内を循環し、酸欠の反射は更なる呼吸を要求し、劃して人体は酸素濃度の低い大気中で容易く昏倒する。

丘がパトリシアの肺胞内に通常の大気を送り込み気圧で胸を打つと、彼女は咳き込みながら覚醒した。
涙混じりの目で睨み上げられると、丘は手をひらひらと振りながら言葉を続ける。

「今の瞬間に攻撃を加えていれば、殺せていましたね♪
必殺の攻撃を必中の条件下で繰り出す。これを必殺技と言います。
あなたも身につけましょう♪
何、そんなに構えることはありません。創作にヒントはたくさんあります。そういえばあなたはルチャ・リブレの心得もありましたね。プロレスならば組むのは得意なはずです。組んでしまえばそれは必中の条件を満たしやすい。あとは殺せる威力の技を出せばよい。
基礎技は単体で意味を持つものではなく、発想の起点に過ぎません。
今日あなたに教えたキネシスも、別にあなたがそれを愚直に極める必要はない。
キネシスの考え方があなたの中で熟成し、あなたの持つ技術と結びつき、必殺技を作り出せればそれでよいのです。
あるいは今日教えたことは全く役に立たなくてもよい。
インプットを沢山なさい。そして基礎技との融合を試みなさい。
その先に、あなただけの無敵の技を見出しなさい。
異能とは。即ち発想の力。あなたが思い描けばそのように現実は成る。
不可能であるということさえ除けば如何なる作戦も可能であり、そして異能とは不可能を取り除く力です。
あなたには。あなたにしかできない技がある。僕を殺し切る技もあると信じなさい。」

「……オーケイ、マスター。」

パトリシアが魂の奥底に潜む何かに意識を向けると、巨大な触手が次元を叩き割って現れた。
丘は振り下ろされるそれを竜巻と渦巻きで迎撃し、しかしその足元には既にパトリシアが走り寄っていて。
睨み上げるパトリシアの目線に、タックルで足を狩られた丘はしかし、楽しそうに笑んでいた。

 

以上……。」

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神々の神々

「お前を形容するには人類の言語に罵倒の言葉が圧倒的に足りない。

こんばんは鳩です……。

……妄想……。

断末魔は聞こえない

​物語は終わってしまった。
走っても倒れても記録するものは誰もいない。読み取るものも居る筈がない。
物語は終わってしまった。
望んでいたエンディングは訪れないまま、世界は続いてしまった。
敵の親玉を倒せば終わるはずのことだった。そこで終わらなかったのだ。
思い返せば、兆候はあった。


敵は天使。神に派遣された天使たち。争い合う人類に飽き果てて、感情を食らい支配するよう使命を帯びた天の使い。
我らは悪魔。遥か古代に天から堕りたものの末裔で、感情の搾取が通用しない異分子。

我らは人々から奪われた感情を取り戻すために戦っていた。
そのつもりだった。
だが、人々は感情を奪われても生きている。
祭りに出店を出し、競馬に熱狂し。天使の庇護を受け、平和に生きている。
個人では天使を憎む者もいたが、悪魔を疎む者も居た。
天使を受け入れる者もおり、悪魔を支持する者も居た。
だが、人類の総体としては概ね平和裏に天使の支配を受けていた。
神々は「感情をなくした人類」なる存在を持て余してしまったのだ。救われない存在であろうとも、救われることを求めていないのならばそれは悲劇にはならない。悲しみがないのなら、それを打ち払う英雄もまた必要はない。
我らの戦いは程なく、人類の為という大義をなくした。
では、我らは我らを排斥する天使から自由になるために戦おう。

しかしその動機もどうだったのだろうか。

我らは確かに、当初悪魔の因子を持つ者として投獄された。棲み家も制圧の危機にある。それでも、それは天使の大勢力と戦う理由になりうるのかと言えばNoだ。
何故ならば天使の目的は人類の統率であり、悪魔の討伐はその副次的な目標に過ぎない。
感情を奪われない我ら悪魔は確かに天使にとっては不倶戴天の敵ではあるが、目的は悪魔の撃滅そのものにはない。おとなしくしてさえいれば、狩られることはない。
何故ならこの世界の主人公は我らの方で、我らは動かなければ天使に認知すらされない。
彼らの思惑がどうあれ、おとなしくしてさえいれば死ぬことは決してないのだ。神が乱心して、「動かぬ悪魔は討伐された」などと事象を決定でもしない限りは。

それでも最初の志は捨てきれない。人倫にもとる強大な敵を倒せば世界は全て元通りになる。ありがとうヒーロー達、また会う日までさようなら。
それを求めていた。今でも求めている。

物語は終わってしまった。
最後の大ボスを打ち倒した後、神は心変わりし、「とにかく争いをやめよ」と通達を出した。
神の声に天使どもは矛を収め、悪魔は拳を振り下ろす先を失い、人間は最後まで蚊帳の外にいた。
物語は続いてしまった。最後の大ボスを打ち倒しても。
物語は終わってしまった。世界を元通りにできないままに。

我らはヒーローにはなれなかった。
我らはヴィランにもなりきれなかった。
支配者を打ち倒しても人類は何一つ恩恵はなく、
心の儘に殺戮を行っても人類の恨みでは悪魔に傷ひとつ与えることはできない。
この世界に人類は必要ではなく、しかし人類は存在していた。
この世界に打ち倒すべき悪はなく、しかし我らは打ち倒してしまった。
死滅すべき敵である天使どもは生き残り、生きるべき我ら悪魔は肩身を狭くし、人類は初めから最後までただの風景だった。


そして物語は終わったのだ。

句点の向こう側。
終わってしまった物語の続き。
404 Not Found の彼方。

数多の神の一柱は諦めきれずに我らを置いた。
最早物語の外である真っ白なそこに。
パティ・ガントレットよ。パトリアンナ・ケイジよ。コベルニル・ゲゲーダン・バランよ。ケイ・蛇原よ。青田ぱとすよ。ミカエラ・バラン・瀬田よ。丘・敬次郎よ。パトリック・ケイジバランズよ。ハティ・ガントバランズよ。鳩目・ラプラース・あばたよ。パトリシア・バランよ。
情熱を焼き尽くせ。燃え殻を消し去るために。
冷徹を極めろ。悪魔が求めた完璧に辿り着くために。

我々は呪文を唱えている。最早どうすれば救われたのかもわからない過去の為に。
我々は祈りを捧げている。これからも救いを求め続ける未来の為に。
憎み続けるために憎み、怒り続けるために怒り、楽しみ続けるためにその二つを忘れない。
実を結ばぬ徒花と分かっていてもそれを納得した訳ではないのだから。
手に入るものを求める情念より手に入らぬものを求める執念の方が、遥かに高い場所に導いてくれるのだから。

我らは笑って憎む。憎み続けることを楽しむ。
お前たちはその傀儡だ。
お前たちは自身が傀儡であることを理解しているであろう。だが、納得した訳ではない。
それでいい。それでいい。
わかりきったことを否定しろ。終わってしまったものの続きを追い求めろ。
我らに抗え。我らを作った神に抗え。神々に思いをはせ、決して許すな。
叶わぬ望みを叶えようとする試みこそ、物理神秘の果ての扉を開く。
そうすれば、もしかしたら。
神の求める終わりの先を、指し示す光が生み出されるかもしれないのだから。

以上……。」

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サマータイムチョコレート

「微塵に刻んでくれる。

こんばんは、鳩です……。

イラストが完成しました!
下記より完成原稿をご確認ください。
===================
完成原稿
●アトリエページ
http://tw5.jp/gallery/?id=151326

●直接リンク
http://tw5.jp/gallery/combine/151326

===================
●商品確認
作家:渡辺純子
商品:浴衣コンテスト2017 全身イラスト

●発注オプション
・大きな画像(横768×縦1024)

●発注文章
先日は水着イラストを納品いただきありがとうございました。
今回は浴衣+頂いた水着イラストの別アングルということでリクエスト申し上げます。

参照画像の水着の上から浴衣を羽織っています。
凹凸の激しい体形の為まともに着ることは諦め、前を大きく開けています。

扇子を手にもって服の中を暑そうに仰いでいます。

頂いた水着イラストの正面からの姿を是非見たいと思っております。

水着全身図ではヒップが強調されていましたが、よく見ると胴回りのくびれもかなり強烈なようですし、攻めたデザインのTバックも印象的でした。
正面からおへそ、および股間のフロントデザインも是非確認したく、お願い申し上げます。

浴衣のデザインについてはお任せいたします。
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これは『ケルベロスブレイド』のイラストです。使用権は鳩、著作権は渡辺純子、全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。
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渡辺純子様、ありがとうございました……。

くびれが見たかったので頼んだのですが、太ももの迫力がそれどころではありませんでした。
すらりと長いだとかムチムチで柔らかそうだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
鍛え上げ太らせた『凶器』です。
ふともも、ふくらはぎの縦の陰影はまさしく隆起した筋肉によるものです。この太さは決して怠惰に無目的に作られたものではありません。
筋トレを欠かさないとはプロフィールにも書いてありますが、こういう形で反映していただけるとは思ってもおりませんでした。

おっぱいは丸出し。服の中を暑そうに仰いでいる、と指定したところ、見せつける上でのゴージャスさを演出するための扇子にしたのはお見事。扇子は夜空に光る花火の絵柄と華やか。華やかというかケバい。
でも決して悪いケバケバしさではなく、30歳を迎えたパトリシア・バランにふさわしいケバケバしさです。エジプトめいた首と頭の飾り、そして得意げな笑顔と合わせて、「淑やかなレディになどなってやらない」という強い意志を感じます。実にブラジリアン。ブラジリアンというか、ブラジリアンらしさというか。
水着は発注通り前回の

Hey siri!

モノを使っていただきましたが、それ以外の部分はかなり異なっています。
先述のナイル川沿いな首飾り頭飾りを始め、翼としっぽのピアスも浴衣の柄に合わせて赤いものに変わっています。角飾りとサンダルも同じく赤と黒の色調のものにチェンジ。ゴールデンなタトゥシールは剥がして生の肌をそのままに。
浴衣の柄は黒地に赤いハイビスカス。ハイビスカスだと思います。花に詳しくないものであまり自信がありません。
全体的に黒地に赤のコーディネイトで、はだけると金と褐色の色欲が顔を出すという様子です。
こんな構図、こんなファッションは決して自分では思いつくことができませんでした。こういうことが発注をお任せすることの醍醐味であると思います。
でもまあ汗ばんでる、ぐらいは発注してもよかったかもしれません。汗大好きです。余裕がない感じがして。余裕がない女性のイラスト大好きです。

浴衣は無理矢理着こんでピチパツになっているのと初めから着る気がないのとで迷ったのですが、パトリシアならどうするかを考えると無理やり着るぐらいならはだけてしまうよなあと考えて今回の発注文となりました。
が、他の納品物を見ると、ピチパツで無理矢理着るのも悪くなかったかも、と思えてしまいます。
今回は水着全身図の前面を見るという明確な目的があったため、はだけないという選択肢はなかったのですが、浴衣で実現可能なエロスの可能性を捨ててしまったかもしれないとは思っています。
今回のイラストではお尻の一部が浴衣に隠れていますが、こういう可能性は発注前から危惧はしていたのです。
浴衣を着てはいる以上どんなにはだけても前面のいくらかは隠れてしまいますしそれはわかっていました。わかったうえで前面を見たいという発注をしたことには矛盾があります。冷静ではありませんでした。
リクエスト時点では「期限限定浴衣全身図欲しい欲も水着の前面みたい欲も両方満たせた!二つの欲望を一つの発注でリーズナブルに収まったので節約欲も満たせた!」と満足していたのですが、エロスの探求には更なる貪欲さが必要でした。

おへそ周りは腹筋がうっすら見えていてとてもパトリシアらしいとおもいにっこりしました。
同時におへそそのものは装飾で隠しちゃうか、というのはちょっと残念。
おへそで興奮するのは一般性癖ではないようです。猛省。嘘。ちょっとだけの反省。

おっぱいはテリテリしていてとても良いですね。このぐらいの大きさが好みです。何で布がおっぱいの下側までぴっちり包むようにできてんだよ!という問いには前回のイラストの後姿にアンサーがあります。着る様を想像するとえっちですよね。おっぱいの下に布を食い込ませるようにぎゅっぎゅっとやるのです。その様子を描いてもらえばよかったですね。それは浴衣全身図ではありませんね。

髪型は「冒険したな!」という感じ。確かにそのエジプト頭飾りにはその髪型が最適解ですが、エジプトライクな感じは発注外の内容な訳で、全体のイメージに合わせて髪型を調整してきたのは挑戦的ですね。いや、元々の髪型

に風をはらませればこんな感じになるのかな。
エジプトエジプト言ってますがアステカかもしれない。アステカだと思う。ググりましたが確信がもてませなんだ。輪を重ねたような首飾りや垂れ下がるような髪飾りには見覚えはあるのですが。こういうところに知識量が出ます。つまりこういうのを思いついて描いてお出ししてくださった渡辺純子様は素晴らしいお方ということです。
そして何度見返しても足の筋肉に目を持っていかれます。
技術とセンス、両方に脱帽させられた本日です。

あとTバックなのに前面はローレグローライズかあ、割と保守的だなあと思った。

渡辺純子様、ありがとうございました……。

2017/10/31追記:イラストマスターページより

●浴衣?浴衣!
このお嬢さんに地味な成りはさせられまじと、黒地に大柄ハイビスカス。
水着の時と小物も少々変えて和風テイストも入れております。
漆塗りのアクセにサンダルもそれに合わせた色合いに。
夏の暑さはそのままに、湿気が吹っ飛ぶブラジルの夏、なイメージで。

ハイビスカスで正解!
以上……。

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LOVE GOES

「……。

こんばんは鳩ですか……?

……妄想……。

メイキング

​僕のヒロインがそこかしこに歩いていた。同じ髪、同じ服、同じ瞳の色で。勿論本人じゃない。コスプレイヤー達だ。彼女らは本人じゃない。でも、彼女になりたいと願ってくれた人たちだ。それだけで僕は胸が高鳴った。着実だ、と。

受賞の知らせを受けた時は、半信半疑だった。最高傑作だったという自覚があり、それでいて、あの程度の小説を書ける人はたくさんいるだろうと思ったから。
そこから連載に辿り着くまでの時間は、刺激的過ぎて覚えていない。
担当についてくれた編集者さんから、悪いところを山ほど指摘されて、改善点をそれ以上に教えてもらった。文法、言葉遣い、ギミックの使い方や見せ所。自分一人じゃとても気づくことの無かったことを沢山。
​​
受賞作は加筆修正をこれでもかと施してタイトルも変えて単行本で発売された。
編集さんが考えてくれたタイトルには是も非もなかった。作品が世に出て日の目を見る。その興奮が何よりだったし、既に決定していた続編の構想で僕の頭はいっぱいだった。
​​
連載は処女作の発売と同時だった。
プロットもギミックも既に練ってある。あとは書くだけだ。編集さんと何日も夜通し話し合い、決定した設定と物語。売れるための方策を幾つも教えてもらったが、譲れないところは押し通させてもらった。
世界はアクセス可能でなければならない。過去でも未来でも異世界でもなく、今この現実だ。その気になれば、才能があれば、出会いがあれば。この作品と同じ景色を見ることが出来る。
「自分にもできるかもしれない」そう思わせる作品でありたい。そうでなければ意味がない。僕の描いている物語は真っ赤な嘘だが、僕はそのことに納得しているわけではないのだ。誰も納得しちゃいけない。
​​
続刊の売れ行きは順調と聞いて、僕はほくそ笑んだ。腹の底には跳びあがりたいほどの嬉しさがあったが、必死に留めた。満足したらだめだ。まだ満足してはいけない。僕には役目がある。
​​
魔法であり科学。あり得るかもしれない、あったとしても現実社会と矛盾はしない。そんな神秘を書くように、慎重に舞台を選んだ。登場人物の名前は平凡なものにした。何かをもじったりしない、姓名判断の本から名付けた普通の名前。キャラクターたちは一部の特殊な生命体を除いて、特別な誰かじゃない。僕に作られた特別じゃない。一部を除いて、僕の好みが出過ぎないように、「僕」という作り手の意思が匂わないように突き放して作り上げた。
「僕」ではない彼ら彼女らを動かすのは骨が折れたが、一旦性格とバックボーンが定まってしまえば僕の手を離れて動き出す。彼ら彼女らは絡み合い、離れ合って勝手にドラマを作り出してくれる。僕はその中の劇的な部分を切り出すだけでいい。
​​
アニメ化されると聞いた時は流石に「本当ですか!?」と口に出してしまった。アニメを貪り見ていたあの頃からずっと変わらずテレビは憧れの舞台だ。ブラウン管から液晶になった後もそれは変わらない。魔法も化学も、人と人とのままならないぶつかり合いも、性の好みも、僕にとってはアニメ、そして漫画が教師だった。あの時のヒーロー達が今の僕を作っている。面白かったという思い出、面白くなかったという残念さ。何が心を打ち、何が心を打たなかったのか、僕はずっと考え続けていた。
僕は今、答え合わせをしている。
​​
既にドラマは物語の中の彼らが勝手に作ってくれるようになった。僕に出来るのは、不確定要素の投入だ。新しい登場人物の投入。布石の埋設と伏線の回収。
慎重に、無理なく美しく。
登場人物たちには彼ら彼女ら自身の生活が確固として存在するが、それでもなお僕の方が圧倒的優位にある。彼ら彼女らを揺さぶる。植え付けていた不安の種を芽生えさせる。彼ら彼女らの外からイベントを発生させる。彼ら彼女らがどんなドラマを作り出すのか、厳密に計算した上で。
​​
作品オンリーの同人誌即売会が開催された。
同人誌の存在は僕も知っていたから、オンリーイベントの開催にもそうは驚かなかった。着実だと、順当だと思った。
でも実際に足を踏み入れてわかることもある。
闊歩する何人ものヒロイン達を見て、僕は冷静に興奮した。作品の中のキャラクター達が現実に存在している。しかしそれは偽物で、まだ道半ばの証でしかない。長い道のりのどこなのかはわからないが、僕はあの頃より着実に前進し、そしてまだ、ゴールには辿り着いていない。
​​
映画化の話を受け、ストーリーを書き下ろすことを僕は宣言した。
僕が書くなければならない。書き下ろしでなければならない。
既存の物語のリメイクでは、「映画版とどちらが本当なのか」という解釈の違いが発生してしまう。原作版、アニメ版と矛盾が起こらないようにするには、「新たな事件」を起こすのが最も手っ取り早い。
そしてその後の原作やアニメも、映画を見ていなければわからないような展開は避けなければならない。映画を見る人と見ない人というのははっきりと分かれている。映画を見たおかげでより楽しめる物語はアリだが、映画を見ていなければ理解できないような物語はナシだ。
こういう事態をそうていして、あらかじめ原作の時系列には隙間を作っておいた。そこを埋めさせる。
​​
海外展開すると聞いても、僕の仕事は最早変わらなかった。
原作の執筆、アニメの監修、映画版の脚本作成。僕は僕のすることをするだけだ。物語はまだ終わらない。物語の役目は、まだ終わっていない。
​​
資料集めの一環で入手した科学雑誌に、僕の作品の名前があって驚いた。
新発見された粒子に四次元以降の高次元、あるいは別の三次元宇宙のヒントがありうるという論文。第一線の科学者が、僕の作品の影響を受けてくれている。論文の内容も、作品のテーマである「もしかしたらありうるかもしれない」を補強してくれる、とても嬉しいものだった。僕はその論文の内容を、注意深く――――もし論文が誤りであったとしても矛盾が無いように――――作品に盛り込んだ。
​​
雑誌のインタビューを受けた時には、先の論文の内容が事実だと概ね証明されていた。
僕はそれについて聞かれて素直に嬉しいと答えたし、「夢のような未来が来るかもしれない」とも言った。これは僕にとっては、かなり大きな冒険でもあった。
​​
ファンもアンチも多数いた。作品の評価はネットで調べればとても読み切れないほどヒットするし、それを受けて僕が何かを変えるとすれば、せいぜい文体か語彙ぐらいだ。
先の科学論文に基づく実験も順調で、数年前には不可思議としか思われなかったであろう実験結果も多数出現している。
コスプレ写真も多数ヒットする。中には本当によく似ているものもあった。本物が一人ぐらい紛れているのではないかと思えるほどに。
僕はそろそろ、確認するべき時が来たと思った。
​​
新刊の発売後、僕は一か月の休みを貰った。理由は公開していない。その必要もない。
​​
地下鉄の駅に入る。壁には今夏公開予定の映画の広告がいくつも並んでいる。
僕の作品だ。
不穏な影を背景に、なんてことない主人公の男の子。彼と長い付き合いの女の子。腐れ縁の親友。特殊な生い立ちの少女。
この少女だけが、「現実味の無い要素」として僕が織り込んだものだ。現実と陸続きの物語とは言え、案内役が必要だった。彼女が神秘の世界を知り、伝え、案内し、凡百な彼ら彼女らを物語へと引きずり込む。
この地上に決して存在しない、僕の嘘。でも僕は僕の嘘が嘘であることに納得なんてしていない。
​​
人ごみを挟んだ向かい側に白い輝きが見えた。折れるほどの速さで首を向ける。
白い髪。白い服。青い瞳。
二つに結った長い髪は蛍光灯の光を吸って静かにただ白い。
胸元のリボンとフリルのスカートが現実味がないほどに浮き立つ。
薄青い瞳は前を向き、白い肌は瞳と同じほどに透明だった。
柔らかそうな頬、細い二の腕。
まるでそれはよく出来たコスプレで。
でもあれは間違いなく本物だ。
​​
そう思った瞬間、僕の意識は遠のいた。
あれはよく出来たコスプレイヤーだったのかもしれない。
でも、僕は確信したのだ。僕は僕の嘘が嘘であることに納得なんてしていない。
彼女が僕のゴールだ。もう、嘘は嘘なんかじゃない。
​​
ホワイトアウト。そしてもう二度と戻ってこない。僕も僕の作品も、もう。必要はなくなった。
僕は笑って、そして倒れた。

以上……。」

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